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新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
拗ねてしまった私の機嫌を直そうと、カミラがバスケットに入っている別なお菓子を出してくれたので有り難く頂戴する。
ちょっと食べ過ぎな気もするが、やけ食いだわ。
暫くすると、屋敷の方からエマが走ってくるのが見えた。
「フィー様~!」
「エマったら、あんな大声出して!」
だいぶ離れたところから、こちらに向かって手を振りながら大声を出すエマにカミラが怒るが、私は彼女の慌てた表情に気づく。
「何かあったのかしら?」
私達の元まで駆けて来たエマが伝えてきた内容に、その場の全員で慌てて屋敷へと戻ることになった。
屋敷に戻ると執事のトーマスが少し困った顔をして近寄って来る。
「お嬢様。先ほど治癒魔法士の方がお見えになられ、応接室でお待ちでございます」
「えぇ、エマから聞いたわ」
予定の来訪時間よりも随分と早い。
「お早いお着きでしたので、お嬢様にもご予定があり、暫くお待ちくださいとお伝えしてあります」
「ありがとうトーマス」
普段であれば来訪に備えて部屋の準備を行い、着替えも済ませてお迎えするのだが……
「指定してある時間を無視してお見えになられたのは魔法士様です。適当な理由でお帰り頂きましょう」
普段の仕事モードに戻ったアデルは、言葉遣いと見た目の美しさ、そして無表情が更に冷たい印象を与える。
トーマスが「如何致しますか?」と視線で聞いてくるので、私は一瞬迷ったが、このまま魔法士と会うことにした。
「そうね……魔法士様にお会いするわ」
「リア様!」
「畏まりました」
不満顔のアデルとは対照にトーマスが頷き前を歩き始める。
まだ何か言いたそうにしていたアデルは私が歩き出すと慌ててエスコート役を引き受けるべく腕を差し出してくれた。
応接室の扉をトーマスが叩くと、中から小さく「はい」と声が聞こえた。
執事が開いてくれた扉から室内に足を踏み入れると、ソファーから魔法士のローブを着た人物が立ち上がる。
「お待たせしました。治癒魔法士の方ですね。わたくしがオフィーリアです」
挨拶をする間に全体を確認する。
長身に綺麗なバターブロンドの髪。長髪を項の辺りで一つに纏め、瞳はヘーゼル。
「こちらこそ、お時間より早く到着してしまい申し訳ございませんでした。私は治癒魔法士のクイン=エバンスと申します」
クインは申し訳なさそうに頭を下げる。
パッと見た感じは綺麗な顔立ちの美人さんだった。
長身でスラリとした見た目、少し低めな声は聞き取りやすく、前世で見たことのある宝ジェンヌを彷彿とさせた。
「いえ、こちらこそお忙しいなかありがとうございます」
私がアデルに介添えして貰いながらソファーに座るとクインも腰を下ろした。
「遅れるよりはと思ったのですが、時間を読み違えてしまいまして……」
「まぁ、そうでしたか」
少し恥かしそうに俯いたクインに悪い印象はない。
「それにしても、とても大きなお屋敷ですね」
「元々は貴族が所有していたそうですわ」
「そうですか……ブライス様ほどの方であれば、このお屋敷も納得ですね。この国で一番の商家と言えばブライス様のお名前が上がるくらいですから。私も今回こちらへ参るのに洋服を一新しようとしたくらいです」
「一新されたのですか?」
「いえ……よくよく考えればローブを羽織っているのですから一新しても見せる機会がないことに気づいたので……ははっ」
苦笑するクインに警戒心が薄れていく。
「では、普段着で?」
「いえ、家にある一番上等な服を着て来ました! とは言ってもたかが知れていますが……」
「そんな事ありませんわ。着るもので人を判断するような人間はブライス家にはおりませんので、ご安心ください。それに治癒魔法士と言う立派なご職業に就いている方ですもの……でも、お気遣いくださり、ありがとうございます」
「き、恐縮です!」
クインは顔を赤らめて俯いたが、何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「あの、お嬢様?」
「はい?」
「早速ですが、お嬢様がよろしければ始めたいのですが……」
確かに……
クインが人の良さそうな雰囲気だったので、ついつい話しに夢中になってしまった。
お忙しいのだから早く終らせたいわよね……
それにしても、今まで会ったことのある魔法士に比べて腰が低いな。
基本的に魔法士達は国の管理下にあり、正式な手順を踏まないと治療してくれないし、立場的には敬うような存在だ。
殆どの魔法士はそんな事は関係なく接してくれるが、なかには勘違いして横柄な魔法士もいる。
返事をしない私を訝しんだクインが何か言おうと口を開いたが、言葉が出てこないのかモゴモゴとさせている。
私は小さく深呼吸をしてトーマスへ視線を向ける。
彼はそれだけで小さく頷いてくれた。
「……わかりました」
私が頷くとトーマスとアデルは素早く応接室の燭台へ火を入れていき、最後に部屋中のカーテンをしっかりと閉めた。
「あの……まさか…このお部屋で? お嬢様の自室ではなく?」
クインはキョロキョロと辺りを見回して戸惑っている。
私も普段であれば自室で治療をしてもらうのだが、初対面の人間を自室に招き入れることに抵抗があったし、準備も間に合わなかった。
アデルは最初から怪しいから会うな、帰ってもらえと言うし……
でも、今後も治癒魔法士にはお世話になるしかない立場としては、こちらの勝手な憶測だけで門前払いしてしまうのは後々何かしらの禍根を残すかもしれないので、できれば避けておきたいのよね。
予め二人には応接室で治療を受けることを伝えておいたし、彼等のことだから不測の事態に備えて準備万端整えてくれるはず。
トーマスが部屋から退室し、入れ替わりにエマとカミラが入室する。
アデルはエマに何かを耳打ちするとトーマスに続いて部屋から出て行った。
恐らく、油断するなとか魔法士の行動に注意しろとか言ったに違いない。
「急なご来訪でしたので自室が散らかっておりますの。本日はこちらでお願い致します」
「応接室で行うとは思わなかった……」
「何か問題がありますか?」
「いえ……そういう訳では……」
侍女が二人入室して来たことで逡巡していたクインも覚悟を決めたようだ。
「では、お傍に寄ることをお許し頂けますか?」
私が頷くと、クインは対面のソファーから立ち上がった。
一人がけのソファーに座る私の斜め前にエマが椅子を置き、クインがそこへ座る。
エマは邪魔にならないよう私の斜め左後ろ、カミラは右側へ立つ。
「お手を拝借しても?」
「えぇ……構いませんよ。エマ、お願い」
エマが私の左手首にあるボタンを外し、肘の上まで捲り上げた。
引き攣れた皮膚が覆う私の左腕が現れると、クインの息を飲む音が小さく聞こる。
「これは……」
痛ましそうに眉根を寄せて痕を見つめるクインに思わず苦笑してしまう。
「魔法士様達のおかげで、これでも随分と良くなりましたの」
「……そうですか。では私も精一杯治療させて頂きます」
クインに向けて左手を差し出せば、私の手を両手で包み込むように優しく握りこみ、神様に祈りを捧げるような姿勢で目を閉じた。
程なくして握っているクインの手から私の方へ不思議な力が流れ込んでくるのがわかる。
それはとても暖かく、徐々に二の腕、上半身と広がり体全体がポカポカとしてきた。
普段の治療と変わらないので、安心して任せていたのだが、少しするとポカポカとした暖かさだったものが、夏の日差しのような熱を持ってきた。
クインが何かしたのかと見つめるが、最初の時から変わらぬ姿勢で目を瞑って集中しているので、気のせいかと思い直し、暫く様子を見ることにしたのだが……
突然左手から一気に全身へと急激な熱が走って異変に気づく。
「ぁっ……」
私は咄嗟に左腕を引き抜こうとしたが、なぜか体が強張って動かない。
「フィー様?」
顔を顰めた私に気づいたエマが覗き込む。
「……くっ……」
なぜか声も出なくて、必死にエマに目線で訴えかけた。
「っ! その手を離しなさい!」
「ぐぁあっ!」
目を瞑っていたクインは身構えることもできずに、エマの16文キックを顔面に受け、そして受身も取れないまま壁際まで吹っ飛んで行き、動かなくなった。
「オフィーリア様!?」
エマの声を聞きつけた執事のトーマスとアデル、他の家令数名が飛び込んでくる。
「これは……」
トーマスは一瞬で室内の状況を把握すると素早く家令に指示を出した。
全身を巡る熱が引かず、ぐったりとソファーに凭れる。
呼吸が苦しくて意識が朦朧とするなか、前に回りこんだカミラが私の顔を見て目を瞠る。
熱で顔が赤いのか、額に触れるカミラの手が冷たくて気持ちいい。
「フィーお嬢様、熱がっ!」
「カ……ミラ」
「直ぐに医師を呼べ!」
アデルが指示を出すと足の早い家令が慌てて応接室を飛び出て行く。
ソファーに座っていた私をアデルが抱き上げカウチへ運び寝かせてくれた。
エマとカミラが体制を整え、少しだけ衣服を緩めてくれたので呼吸が楽になる。
「フィー様、お水を…」
グラスからゆっくりと水を飲み干すと、だいぶ体の熱も収まってきたようだ。
拘束されたクインが家令に担がれ、アデルも一緒に部屋から出て行く姿が映り制止しようと口を開く。
「ぁ、まって……」
クインに問い質したくて引き止めようとしたが、エマとカミラが首を振る。
「いけません。今は御体を休めないと……」
「もう……大丈夫」
「「ダメです!」」
「……はぃ」
般若のような顔で怒る二人が怖くて、その場は諦めることにした。
「姉上は大丈夫なのか!?」
少しして弟のアレスが応接室へ駆け込んできた。
カウチに横たわる私を見たアレスの顔が泣きそうに歪むのを見て胸が痛む。
「アレス……」
「姉上!」
エマとカミラがアレスに場所を譲る。
彼のまだ小さい手が私の手をギュッと握った。
「どこか痛みますか?」
「ううん……大丈夫」
「……姉上」
「わかってる。心配かけてごめんね」
今にも泣きそうな弟へ精一杯微笑んでみるが、彼を安心させられるだけの効力は殆ど無いだろう。
未だにバタバタと騒がしい屋敷内の音が聞こえてくる。
この様子だと伝令を受けた叔父のセイリオスも急ぎ帰って来るのが予想できる。
これは大事になってしまったなぁ……
私は溜息をつくと目を閉じた。
拙い文章を最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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