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食堂の扉を開けると既に席についていた叔父と弟に朝の挨拶をする。
「おはようございます。セイリオス叔父様、アレス」
「おはようございます。姉上」
「おはようオフィーリア。昨晩はちゃんと眠れたか?」
「はい、昨晩も問題なく眠れました」
私の返事に叔父であるセイリオス=ブライスは頷くと近くにいた給仕へ声をかけた。
火事にあってから暫くはその時の記憶が夢となり毎晩のように魘され、上手に睡眠が取れなかったが、今では問題ない。
叔父はちゃんと睡眠が取れない私を心配し、なぜか暫くの期間一緒に添い寝してくれるようになった。
朝、目覚める度に叔父の美しい顔が目の前にあると、別な意味で居た堪れなくなったのが懐かしい。
まぁ、1年ほどで落ち着いたので、それ以降は別々に寝ているのだが毎朝必ず私を心配してくれる優しい叔父である。
三人で朝食を取りながら7年経っても見た目が殆ど変わらない美丈夫の叔父を見て少しだけ申し訳ない気持ちが芽生えてしまう。
私とアレスを引き取り保護者になってくれた叔父は、現在35歳、未だに独身。私達に幸せな将来が約束されるまでは妻を娶る気はないと周りにも公言している。
セイリオスは私の義母であるアリス=フィッカーの年の離れた弟で大変な資産家である。
まだ学生時代に友人と一緒に立ち上げた商会が大当たりし、あっと言う間に大繁盛。
その後も順調に経営は進み、今ではこの国で10本の指に入るほどの大商会の筆頭だ。
実はこの大成功の裏では私のアドバイスも一役買っている。
前世の記憶から今世には無いけど「あったら便利なのに……」と思うアイディア商品をさり気無く叔父との会話に盛り込み、そのアイディアでヒントを得た叔父が開発や販売をする。
生活用品から美容品まで多岐に渡るアイディアを小出しにして伝えていただけなのだが、叔父は私のアイディアで儲けた分は私の取り分だからと言ってアイディア料として金銭を支払ってくれており、これにより私名義の資産は増え、実は私も資産家の端っこに仲間入りするくらいの財産があったりする。
叔父は両親を亡くした私達を引き取り育てる為に、この広大な土地に広い庭がある屋敷に住み、執事や奉公人を雇いいれている。
元々はどこかのお貴族様が住んでいた屋敷だったのが、叔父曰く「格安」だったので購入したそうだ。
義母と叔父の両親は既に隠居生活をしているが、こちらもちょっとした商いをして大変繁盛していたようで、その後を引き継ぎつつも友人と商会を立ち上げて更に大きくしたのだから、元々商才がある家系なのだろう。
まぁ、恵まれた容姿も利用していたようだけど……この辺りの話を聞くといつも誤魔化されるので当たらずとも遠からずだと思っている。
ちらりと斜め前に座る弟を見る。
あの時に負った火傷の痕は殆ど消えており、探さないとわからない程度にまで完治している。
義母と叔父によく似た銀髪、青い目の美少年の顔に傷跡が残らなくて良かったと本当に安堵する。
知らない人が見たら本当の親子だと勘違いするほど似ている叔父と弟……
彼らとは違う容姿をした私は、ほんの少しだけ寂しさを感じてしまう。
弟のアレスとは半分だけ血が繋がっているが、叔父とはまったく血の繋がりがない。
なぜなら、私を生んだ母親は3歳のときに流行り病でこの世を去ったから。
その後、母を恋しがる私を不憫に思った父が乳母として雇い入れたのが叔父の姉であるアリスだった。
そして数年後、そのまま後妻として入ったアリスの間に生まれたのがアレス。
私の可愛い弟。
「フィー? 大丈夫か?」
「は、はい? 何か仰いましたか叔父様?」
ぼーっとしていたせいだろう弟と叔父が心配そうにこちらを見ている。
「姉上、体調が悪いのでは?」
「そうだな、食事もあまり進んでいないようだし」
どうやら、食事をする手が止まっていたようだ。
心配する二人に慌てて笑顔を向ける。
いけない、ちょっと回想に浸りすぎてしまったわ。
「大丈夫ですわ。今日は行儀作法の先生がいらっしゃるので、出されていた課題がちゃん終っていたかと考えていただけですから」
そう伝えてニッコリと微笑むことで、その場はやり過ごした。
朝食後、商会に行く叔父を弟と二人で見送る為、エントランスへ並んで立つ。
「今日は少し遅くなるかもしれないから、俺の帰宅を待たなくて良い」
「承知いたしましたセイリオス叔父様」
「アレスも明日には寄宿学校へ戻るのだから準備をすると良い。次に帰ってくるのは年末か?」
「はい、何もなければそうなると思います」
弟の返答に叔父は少しだけ寂しそうに微笑む。
「なぁ、アレス。寄宿学校じゃなくても、ここから通える学校で良くないか?」
「叔父上、その話は何度もしたはずです」
「いや、でも……まだ10歳なのに寄宿学校なんて……」
久しぶりに始まった……
8歳になったら寄宿学校へ入りたいと申し出たアレスに叔父は物凄くショックを受け大反対。
まだ幼いと言える可愛い甥っ子が自宅から通える学校ではなく、ここから少し離れた寄宿学校へ行く事に、叔父と弟は毎日話し合いと言う名の喧嘩……いえ、ディスカッションをしていた。
結局、可愛い弟に根負けした叔父が許可を出し、寄宿学校へ通うことになったが、家から出る当日の朝も揉めていたな……と思い出す。
「オフィーリア! お前もアレスが居ないと寂しいだろ?」
聞く耳を持たない弟にお手上げの叔父が私を巻き込む作戦に出たようだ。
「叔父様……確かにアレスが居ないのは寂しいです」
「そうだろ! ほらフィーだって寂しいって言ってるぞ!」
我が意を得たりと叔父がウンウンと頷く。
「ですが、叔父様。私は弟のアレスの意思を自分の我侭で邪魔するなんて……」
「……フィー」
「姉上」
「アレスにはアレスの考えがあります。寄宿学校でしか得られないことを頑張って学ぼうとしている弟を、自分が寂しいからと引き止めるなんて……」
ここで少し寂しそうに微笑みながら俯く。
「アレスが居ない叔父様の寂しさを私が埋められないから……でしょうか?」
俯いて見えない位置で瞬きを我慢し、瞳に涙を潤ませていた私は、ここだ! というタイミングで叔父を上目遣いで見上げる。
「っ! フィー……あぁ、泣くな! そ、そんな事はない! お、俺はオフィーリアが居てくれれば寂しくなんかないぞ!」
少し吃りながら焦った叔父は私を抱きしめた。
叔父の肩越しに弟を見れば笑い声が漏れないよう片手で口を覆い、肩を震わせている。
「旦那様、そろそろ参りませんと……遅れてしまいますが」
執事のトーマスがこれまた良いタイミングで声をかけてくれた。
叔父は名残惜しそうに私を解放し「俺はフィーが居れば……云々」と言いながら執事に背中を押され玄関から出て行った。
「姉上、相変わらず叔父上の扱いが……お上手で……」
「それ以上言うと、今後は援護しないわよ」
「……さすが姉上、ありがとうございました」
笑顔で牽制し自分の部屋へ戻ろうと振り返れば、傍付きのエマが杖を差し出してくれる。
私は首を振って杖を断ると、ゆっくりとした足取りで自室へ戻った。
足が少し不自由な私は1階に自室を与えられている。
南向きの大きな窓があり庭へと出られるようになっているが、私はリハビリを兼ね遠回りをするように玄関から出るので私が使うことは殆どない。
ここは昼まで外出中の若干1名が第二の玄関のように利用している。
私はソファーに座ると小さく溜息を吐く。
11歳の時負った怪我は足にも少し障害を残しているので、左足の動きが多少制限されてしまう。
なるべく移動する時は杖無しで歩くようにしているのだが、前世生きていた世界とは違い、今世の世界では医療レベルは劣っている。
その代わり、この世界の人達には魔力があり、魔法士と呼ばれる人達が居る。
魔法士と言っても私が前世で知っているのとは違い、大きな火炎魔法や風魔法を使う類ではない。
主に多いのは石工魔法士と呼ばれる人達で、魔石に魔力と必要な付加を付けることができる。
この魔石は様々な場所で使われており、魔力が少ない人達には欠かせないものだ。
次に多いのは治癒魔法士で、怪我をした部分の治りを早くするくらいである。
決して無くなった腕を生やすとか重傷者の傷を一瞬で治すなんてことはできない。
最後が精霊魔法士で、精霊の力を借りて手助けしてもらい、失せ物探しや、人探し、相手の嘘を見抜くなどなど多岐にわたる事ができるのが精霊魔法士らしい。
らしいと言うのは精霊魔法士は少なく、残念ながら私は出合ったことがないので、人の話や書物のみで知り得ているからである。
治癒魔法士には怪我をした時から定期的にお世話になっていて、あれだけの怪我を負ったにも関わらず日常生活がここまで出来るようになったのは、治癒魔法士のお陰だ。
でも、体調を崩しやすいのよね。
自分の体温調節が上手にできない後遺症などもあり、常に気をつけていないと直ぐ熱が出てしまう。
特に季節の変わり目には、傍付きのエマとカミラが神経質になるが、ここ1年ほどは急に熱を出すこともなくなったので、久しぶりに外へ行ってみたい。
ただし叔父様の許可が必要なので、まずはそこからかな……
もう一度小さく息をついた私は、間も無く来る作法の家庭教師から出された課題の確認と予習をするためにテーブルに出されていた教本を手に取った。
拙い文章を最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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