(37)白狼と古龍の誓い
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「まさか、マーレがこんなに近くに居たなんて…」
ギルマスは火を見つめながらふぅっと溜息を吐いた。
「長になるくらい魔力が強いなら、気配とか魔力とかでわかったんじゃないの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「フェンリルが居る渓谷付近は、神域があることで神聖力が濃い。それに加えて、神域に近づけないように、結界が張られている。結界内にいて、更に付近の神聖力の為に、マーレの魔力を感じることができなかったんだろう」
そう言って、お茶を一口飲むと、自嘲気味に笑った。
「マーレの方は、俺が居ることは分かっていただろうな」
自分は知らなかったのに、相手は知ってたって、なんか悲しいよね…でも…
「フェンリルの長は、群れから離れることは出来ないんでしょう?それでも、愛する人の近くに居たかったって事じゃないのかしら?」
マリアが私が口にしなかった事を、あっさり言ってしまった。
「そう…なのだろうか…?」
ギルマスは、思いを巡らせるように独りごちた。
「…古龍よ。今の話しで合点がいった」
わたし達の後ろで横になっていたシルバーフェンリルが、静かに話しだした。
「魔王との戦いの後、我らフェンリル達は、長を失い途方にくれておった。そこへマーレ様が現れたのだ。色々な群れからはぐれたフェンリルを纏め、新たな群れを作ってくださった。行き場の無かったフェンリル達の生きる道を与えてくださったのだ。はぐれたフェンリルを集めるため、しばらく旅をした。50頭程の群れになったとき、はぐれているフェンリルは確認出来ないとして、落ち着いたのだ。そして、神聖力があり、神域を展開できそうな場所を探すことになった。そこで、魔王が発生したコレルの森付近が浄化され、神聖力が濃いことがわかった。群れの中では、そこに移動すべきだと、当時のシルバーフェンリル達と話しておった。しかし…」
シルバーフェンリルは、むふーと鼻息を吐き、上げていた頭を伏せた。
「長である、マーレ様は、今のエステラの近くにある、この渓谷をねぐらにすると、宣言なされたのだ。確かに、山の瀑布から神聖な水が流れおつるこの場所は、神聖力が濃かったが、コレルの森程ではなかったのだ。多少の反対はあったものの、結局は長の決定を覆す程ではなく、ここに定住する事となった。神域を展開し、結界を張り我らが住み着くと、あっという間にコレルの森を凌ぐ神聖力の濃度となった。結果的に何の不自由もなかったので、反対しておった者たちも異を唱えるとは無くなったのだ。長がここに拘る理由がわからなかったのだが、腑に落ちた。長も強い雄を求める雌であった事に、寧ろ安心したわ。長は番を求めようとせなんだからの」
「…なに?!」
シルバーフェンリルの言葉に、ギルマスは目を見開く。
「ここにねぐらを決めてから300年、長は一人も番を作ることはなかった。強い魔力と神聖力を持つ長の子なれば、次代の長になれるだろうに、決して番うことはなかったのだ。我も番候補に上がったものよ。ファッファッファ」
シルバーフェンリルは愉快そうに笑った。こんな時に不謹慎かもしれないが、懐かしそうに笑うシルバーフェンリルに、場が少し和んだ。その笑いを咎めるものは居なかった。
「…古龍よ。この穢れを払い、長を救い出したら、長の事を頼んで良いだろうか」
シルバーフェンリルは立ち上がり、ギルマスに向き直る。
「…俺に?」
「お主の話を聞けば、長は昔掟を破った者として、長の座を譲ったと言う。なれば、今回の神域に悪魔の侵入を許したとして、また、長の座を辞するだろう。今の群れを考えれば、次代の長は我だ。長は自らの群れを出、魔王を打ち破り、新たな群れを率いてきた。挙句に、穢れに晒されるなど…。もう、自由にさせてやりたいのだ。長を…長の心を救ってやってほしい。長は我の母の様な、時に姉のような存在なのだ。ゆえにわかるのだ。長の幸せは、恐らく群れにはない。我は、長の教えを守り、必ず立派に群れを率いると、長に約束する」
シルバーフェンリルの言葉は、長の座を簒奪しようとするものじゃなく、心からマーレを慈しんでの言葉だと伝わってきた。
「…約束しよう。マーレが再び俺の前に立ったなら、マーレが幸せになる手伝いをする。そして、見守ることを」
ギルマスは、シルバーフェンリルを見つめて頷く。
「宜しく頼む」
シルバーフェンリルは、深く頭を垂れた。
その後、わたしが神域に入ったあとの事が話し合われた。
「神域に入ったら何があるか分からねぇし、警戒しろよ」
ザックが気遣わしげに、わたしを見る。
「…くっ。お一人で行かせるなんて」
普段は無表情のエルラインが、珍しく感情を表に出している。
「頑張って神域を浄化するわ」
「神域が浄化されるのを防ごうと、悪魔の手下が集まってくるかもしれん。残された俺達も神域の付近で警戒を怠ってはならん」
ギルマスの言葉に、みんなは頷く。
日が落ち始めた。わたし達はさっきの場所までは戻ってきた。
「瘴気が落ち着いてるです」
さっきまで、長を中心に渦巻いていた瘴気が今は見られない。
「みんなで長の近くまで行きましょう」
わたしの言葉に頷くと、みんなでゆっくり長に近づいた。
相変わらず、長は真っ黒に穢され、瘴気を纏っている。
「浄化」
少しは楽になるみたいだし、しゃがんで長に浄化を掛ける。
『…来たか。残された力を振り絞り、穢れを少し抑えた。エンシェントエルフよ。神域を開く。お主が入れば扉は閉ざされ、浄化がなされるまで出ることは叶わぬ。それでもゆくか?』
さっきよりははっきりした声と口調で、長の声が頭に響く。
「行くわ」
もとより、そのつもりだ。
『…承知した。我らの郷を頼む…』
不意に濃い魔力を感じ、頭を上げると、長の体の横に、楕円形の魔力の揺らぎが現れた。
「これが神域への扉ね」
わたしは立ち上がり、揺らぎへ近づく。
「ご主人様、お帰りをお待ちしております」
エルラインが頭を下げる。
「美味しいお茶を用意しておいて」
わたしは笑いながら、手を降る。
「絶対に帰ってこいよ!」「ここは任せて!」「ユーミざぁん!ずびっ」「ユーミさんなら、大丈夫だな!」「…マーレを頼む」「神域を守ってくれ」『ウォォーン』『ウォォーン』
「いってきます!」
エルラインを始め、白狼の牙とギルマス、フェンリル達に見送られて、わたしは神域へと踏み込んだ。




