(36)とある龍のお話【2】
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〈カシアス視点〉
我とマーレは、目にも止まらぬ速さで、木々をくぐり抜け山々を駆け抜ける。
あの後、早速マーレの群れへと往くことになった。転移で向かうには、マーレの魔力が回復しておらぬゆえ、駆けてゆくことにした。我とマーレであれば、瞬く間に到着するであろう。
いくつかの山を越え、マーレの群れのいる森へたどり着いた。なるほど、フェンリルの郷である。森は神聖力に満ちていた。しかし…
「ここがお主の群れのいる森か?なにやら神聖力に翳りがあるようだが」
「…おそらく、先代が身罷られ、神聖力が落ち始めた矢先に、異母弟が呪い返しを受け、追い打ちをかけたのでしょう。新たな長が不在なのも神聖力を回復出来ぬ理由です」
そう言うと、マーレはゆっくりと歩みを進めた。
『ウォォーン』『ウォォーン』
あちこちから遠吠えが聞こえる。
「やっと、わたくしの存在に気がついたようです。まったく、長が不在であるだけでこの体たらく…嘆かわしい」
マーレはグルゥと眉間にシワを寄せた。
しばらくすると、我らの前に複数のホワイトフェンリルとシルバーフェンリルが現れた。
「マーレ様!!ご無事でございましたか!」
1頭のシルバーフェンリルが、こちらに近づいてくる。
「アッシェよ!止まりなさい!わたくしは群れを離れた身。歓待される謂れはないのです。ここへは新たな長に力を与えにやってきただけです」
マーレがそう言うと、フェンリル達が口々に『ウォーン』『ウォーン』と悲し気に吠えていた。
「マーレ様、その龍は一体?」
アッシェと呼ばれたシルバーフェンリルが我に気がついた様だ。
「神龍どのは、わたくしの呪いを返し、癒やしてくださった恩のある方です」
「なんとっ!」『ウォーン』『ウォーン』
…話せるものと、そうで無いものがおるようだが、いちいち吠えられると、うるそうて叶わんな。
「あの者は、牢で死にました。習わしに従い、川に流しました」
「そうですか…」
「マーレ様はあの者に呪われ、やむを得ず群れを離れた事は、皆も承知しております。先代に劣らぬ神聖力と魔力をお持ちのマーレ様が長に就いていただければ、群れも安泰です」
アッシェとやらが、懇願するように言う。
「なりません。如何に理由があろうとも、断りもなく群れを離れるのは禁忌。まして長になろうとするものが掟を破るなどあってはならぬのです」
「しかし…」
「掟は何よりも守らねばならぬもの。アッシェ。次の長は貴方なのです。長になろう者が、その様な考えでどうするのです。さぁ!儀式を始めます。向かいますよ」
マーレは群れを促すと、我に向き直り、「しばらくここでお待ちください。あそこに小さな洞穴がございます。ゆっくりするには狭いですが、数刻お待ちいただくにはご不便ないかと」
「よいよい。しかし、悠久の時を生きるフェンリルが死ぬなど、先代に何があったのだ」
「神龍どの。我らフェンリルは龍と違って群れで生きています。死ぬ原因など幾らでもあるのですよ。詳しい話は戻ってから致しましょう。必ず戻りますゆえ、しばしお待ちください」
「ああ、気にするな。数刻など我には一瞬である。お主とは人族の街を旅する約束だ。楽しみに待とうぞ」
「ふふふ。それでしたら、急がねばなりませんね」
マーレはそう笑うと、颯爽と駆けていった。
さて、マーレの言う洞穴へ向かうとしよう。確かに少々狭いな。完全体では入れぬ。まぁ、この姿のまま眠るとしよう。
「もし、もし。神龍どの」
鈴を転がす声に目が覚める。
「ん?マーレか?今目を瞑った所であるぞ」
目を開けると、マーレが佇んでいた。
「ふふふ。まったく神龍どのには叶いませんね。数刻と言いましたが、数日掛かってしまったのです。謝らねばと思っておりましたのに」
「そうか。我には一瞬。数刻も数日も同じであるぞ。して、儀式とやらは済んだのか?」
「ええ。引き留めなど色々とございましたが、納得して儀式済ませることができました」
「よし、ならばゆこう」
洞穴からでて、マーレとの旅が始まった。
できるだけ、群れから離れたいとマーレが言うので、山々を越え、海を越えて違う大陸へとやって来た。人族の街道が見えた所で変化し、歩いて街道を往く。
「その姿ですから、カシアスと呼びましょう。カシアス、わたくし達はどういう関係にみえますかしら?」
「そうだな。エルフの夫婦で良かろう」
「それは良い考えです。エルフであれば、人の営みに疎くても問題がありませんね。では、耳を尖らせましょう」
マーレも我も耳を尖らせる。
「鑑定ができる者がいるやもしれません」
「では、隠蔽で我らがエルフであると偽装しよう」
我らにかかれば、人族の鑑定を欺くなど造作もない。
「ふふふ。これでわたくし達は夫婦ですね。旦那様」
エルフの姿のマーレに微笑まれ、なぜか頭の奥がカッと熱くなった。
「そ、そうであるな」
「カシアス、その話し方では、人族は怪しむやもしれません」
「何が、問題があるだろうか?」
「もう少し砕けた話し方を。わたくしもですわね」
微笑むマーレに目が離せなくなっていた。
それから 各地を旅してから、昔のコレルと言う街にたどり着き、しばらく冒険者として身を立てた。
凄腕エルフ夫婦の金級冒険者として、活躍した。ある時過去に類を見ない規模のスタンピートが起きた。我らも冒険者として、魔獣の討伐に駆り出された。
「マーレよ。これは…」
「ええ、カシアス。魔王が生まれてしまったようね」
魔王は数百年から数千年に一度、特に濃い魔力溜まりから生まれる。そこから瘴気を放ち、数万の魔物や魔獣を生み出す。
聖獣や神獣が魔王の糧になった場合、俺でも手に負えぬモノが生まれる事がある。
「…今回の魔王は、聖域の近くに生まれたようだな」
「この瘴気…私達の手にも余るかもしれないわ」
魔物たちとの戦いは数カ月続いた。各地からフェンリルや若い龍、その他の聖獣、神獣も戦いに参加した。お互い大半の仲間を失ったところで、魔王が現れた。
魔王と相対する時、人族の姿のままでは戦うことができず、やむを得ず、本来の姿に戻った。
俺とマーレで三日三晩魔王と戦い、最後に俺が放ったブレスで、魔王は塵と消えた。
俺もマーレも命がけで戦った。人族の気持ちは理解できぬと山を下りたのに、いつしか人族は守りたい、守らねばならぬものになっていた。
本来の姿を晒した俺達を人族は忌避するのでは無いかと思っていたが、それは杞憂だった。涙を流し、俺達の無事を喜び、魔王の打倒を感謝してくれた。
しばらく街の復興に手を貸した後、マーレは俺に別れを告げた。
「いくつかの群れの長が死に、たくさんのフェンリルがはぐれてしまったわ。長の儀式を終えぬままに。フェンリルははぐれては生きられない。長の力を持つ私が彼らを導かねばならないの」
俺は龍だ。フェンリルの群れに入る事はできない。マーレを留める理由は見つからなかった。しかし、龍にしたらほんの短い時を過ごしただけだったが、マーレと過ごした日々はかけがえのないものだった。深く愛していた。
マーレと別れてから、どうするか悩んだ。もう俺は眠るだけの龍に戻ることはできなかった。龍である俺を受け入れてくれた、短命だが深い愛と情けを知る人族から離れることができなかったのだ。
しばらく、金級冒険者として過ごし、今に至るという訳だ。まさか、マーレがこんなに近くに居たなんて…。




