(35)とある龍のお話【1】
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〈カシアス視点〉
ズバンッ!!
尻尾一振りで、何やら喚いていた羽虫共を吹っ飛ばす。
ここも見つかってしまったか。我は静かに眠っていたいのだ。羽虫どもは、『邪竜討伐!』だの『これでドラゴンスレーヤーだ!』などと叫びながら我に纏わり付く。
ここで眠りを邪魔した羽虫ども以外に殺めた覚えもないし、何故邪竜などと言われねばならぬ。不快であるが、怒りで羽虫どもの巣を襲う程でもない。
羽虫が鬱陶しくなれば、また別の寝所を探さねばならぬ。ああ、面倒だ。ため息混じりの鼻息で、土埃が舞い上がった。
新しい寝所を探すと、切り立った高山の洞穴を見つけた。中に魔獣が居たが、我が近づくと恐れをなして逃げ出した。
それから数日、いや数年…もしかすると数百年経っていたかもしれないが、眠っていたのでよくわからん。羽虫もやって来ず、快適に眠ることが出来た。
ところがある日、我と同じく神聖な魔力であるにもかかわらず、今にも消え入りそうな気配を感じた。幼龍でも迷い込んだかと思ったが、そうではなかった。久しぶりにまぶたを開き、その魔力の方を見やる。
洞穴の入り口付近に、血塗れのフェンリルが横たわっていた。浅い息をつきながら、だらりと舌を垂らしている。
死にかけのフェンリルが何故こんな所に。いつもの羽虫と違って、フェンリルは神獣。無闇に殺める訳にもいかぬ。しかし、このままここで死んでしまわれては、せっかくの心地よい寝所が台無しだ。
渋々、フェンリルに回復魔法をかける。何やら呪いがかかっていたようだが、我の回復魔法の前には切り傷も同じ。次第に、浅い呼吸もスースーと深い呼吸に変わり、眠りについたようだ。
フェンリルも眠ったようだし、我も眠るか。しかし、他者と寝所を共にするなど、初めてだ。数千年生きている我である。多少の睦事がなかったとは言わぬ。しかし、共に眠る事はなかった。他種族の雌であるが、なかなかに悪くない。そんな事を思いながら、眠りについた。
「もし、もし。神龍どの」
鈴を鳴らすような声がして目を覚ます。まぶたを開くと、美しい白金色のフェンリルが佇んでいた。
「お主は…」
「神龍どの。わたくしをお助けいただき、感謝いたします」
そう言って、フェンリルは深く頭を下げた。
「なに、寝所にフェンリルの遺骸があっては落ち着かぬからな」フォッフォフォと我の笑う息で、白金色の毛が揺れる。
「して、なにやら呪いがかかっておった様だが、寝物語に話してはくれぬか」
「はい…」
フェンリルはそう言って、我の横に腰掛けた。
「フェンリルの群れの長が代替わりするか、死すると、シルバーフェンリルのなかで最も神聖力と魔力の高い者がプラチナフェンリルとなり、自然と長となります」
そう言うフェンリルの体は、白金色に輝いている。
「では、お主は長であるか?」
「ええ…本来であれば。わたくしの異母弟がわたくしに次ぐ力を持っておりました。異母弟はわたくしがプラチナフェンリルに進化する前に殺めようとしたようです」
「…失敗しておるではないか」
「ふふふ。神龍どののお陰でございます」
「しかし、フェンリルであれば、呪いなど受けることはないであろう?」
「異母弟は恐ろしい呪いを行使したようです。同族を殺め、その血を使った禁忌の呪いです。その呪いは、フェンリルでは解呪することは叶いません。こうしていられるのも、真に、神龍どののお陰でございます」
フェンリルは再び立ち上がり、頭を垂れた。
「では、群れに戻るのか?」
「…一度戻らねばなりません。しかし、呪いを受けたとはいえ、群れを離れたわたくしが、長を務めるわけには行かぬでしょう」
「お主を呪った、異母弟とやらはどうするかの?」
「恐らく、異母弟は生きておらぬでしょう。生きていたとしても、呪い返しを受け、同族を呪ったことは一目瞭然。群れの仲間に拘束されております」
我が解呪したのだ。生きておらぬか。
「群れを離れて、お主はどうするのだ」
「…そうですね。どうしましょうか。人に化けて人族の生活でもしてみましょうか」
フェンリルはふふふと笑う。
「何故人族に?」
「わたくしたちフェンリルは、群れをなして生きています。はぐれることはありません。それが普通で当たり前のこと。しかし、人族は群れているものもいれば、群れから離れる者もおります。それは特別なことではなく、普通の事。自由なのです。ところが、自分たち以外の理解できぬものは全て敵で、排除せねばならぬと言う考えが、その自由な生き方に矛盾していて、理解できません。だからこそ、人族に紛れて人として生きてみれば、理解できるかもしれないと思ったのです。はぐれてしまえばフェンリルとして生きることはできません。ですが、群れに縛られず、自由を得たとも考えられます。だったら、不思議な人族になってみようかと」
ふむ。考えたことも無かった。人族など、ただの煩い羽虫と思っておったが、そう考えれば興味も湧く。
「お主は面白い事を考えるの。我も人族には色々と不思議に思うことがあったわ」
「どういう事が不思議に思うのです?」
「羽虫どもは、我ら龍族をひと括りにしてしまいよる。若い暴れたがりの龍が人族を襲ったとて、我には責のない話。ところが、我を邪龍と言って、討伐しにやってくる。己の力量も測れぬものがやってくるのだ。他者にちょっかいをかける龍なぞ、血の気の多い若い龍で、古龍に進化する前にほとんど命を落とす。古龍に進化できる龍は、我のように他者と交わるのも面倒くさがる、よく言えば温厚な悪く言えば生きることにも死ぬことにも興味が持てぬ、無害な龍なのだ。しかし、何千年、何万年、寿命があるのか無いのかも分からぬくらい生きれば、人智の及ばぬ力を得る。人族がそれに挑もうなど、理解が出来ぬのだ」
「ふふふ。確かに、人族は己の力量以上の者にも立ち向かおうとします。わたくしたちフェンリルは自分たちの群れ以外を守ることはありません。しかし、人族は自分となんの縁の無い者を助ける為に、自分の命を賭して、向かってくることがあるのです。そんな、理解しがたい人族になってみようかと思います」
そう言って笑うフェンリルがなぜか眩しく、思わず言ってしまった。
「我も同行してもよいか?」
「神龍どのも?」
フェンリルが驚いて目を見開く。
「お主の話を聞いておってたら、我も人族に興味が湧いた。長い寿命のほんの一時、人族に紛れるのも一興であろ?」
「…はい。では、旅のお供、よろしくお願いします。わたくしは『マーレ』と申します」
「マーレか。我は…名など無いな」
「それは困りましたね。では、わたくしに人族に名乗る名前を考えさせてくださいな」
「いいだろう」
我は変化の魔法で、人族に化けてみた。長い黒髪の男だ。
「まぁ、神龍どの。美しい男子にございますね。では」
マーレも変化する。美しい白金色の艷やかな長い髪をなびかせる。美女であった。
「お主も、人族にはもったいない美女であるな」
「うふふ。光栄にございます。神龍どの、遠い昔、一度だけわたくしが交流をもった人族がおります。その者の名を取って、『カシアス』と言うのはいかがでしょう?その者はもちろん、とうの昔に亡くなっております。人族にしては、道理の分かる強者でございました」
「カシアスか。うむ。気に入った。我がこの姿の時はカシアスと名乗ろうぞ」
我らは再び元の姿に戻り、共にフェンリルの群れまで向かうことにした。我は体長を小さくしてだが。




