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第七話 メーガス先生の魔術教室

 思い出すうちに、文章を書き留めるチョークが止まる。

 現実に戻ってくれば、講堂を借りて、都市防衛隊の候補生である魔術師達を前に、講義の最中だった。結局の所、僕はこの都市に滞在するために、教鞭を執った。

「この問題が解けた者は挙手して」

 講堂を見回すと、真面目に受けている者、頑張りたいが知識が追いつかなくて難しい顔をする者、疲れた体を休ませるためにイヤイヤ受けただけのやる気がない者、完全に寝ている者と色々わかれていた。

 しかし、誰一人として手は上げていなかった。皮肉の一つも漏らしたくなる。

「どうやら気づかないうちに、君たちに身体拘束の魔術をかけてしまったみたいだね」

 正装の目隠し布の上から額を掻く生徒の姿がチラホラ。実際に目に能力が宿った者だけではなく、力の弱い者もかっこつけて覆うから、教室には表情が読めない生徒がひしめきあっていた。

 手をパンパンと勢いよく鳴らして、少なくとも寝てるヤツは体をビクッとさせて起こす事に成功する。

「さぁ拘束は解けたぞ。完璧な答えじゃなくて良い、思いついた事を言ってみよう、最後列右の君」

 指さすと、慌てて立ち上がる。

「え〜と、魔術は感情を触媒にするので……この問題のような、相手の感情を操作するような敵が現れた場合……魔術が上手く発動できなくなるから……だから……ええと……感情に振り回されないよう、リラッ〜クスして起伏を無くさせる、モンクみたいな修行する?とかですか?」

 溜息を吐く。

「回復役を担う白魔術師なら正解だ。攻撃が主たる黒魔術師でも、まぁ半分ぐらい間違いではないが、順番に問題がある。先にその修行をした結果、感情の起伏がなくなった時、君はどうやって再度、攻撃魔術のために強い感情を湧き起こすつもりだ?」

 僕は、講義用の魔生石を掲げて講義室を見渡す。

「基本中の基本だぞ。魔生石は、普段はこのように、ただの石の姿をしているが、僕たちの感情に触れると、このように」

 石を握りしめて、過去の嫌な記憶を思い出すと、真っ赤な炎が立ち上る。これは僕の怒りだ。僕の炎は、自分を生み出した世界を呪う、その怒りで出来ている。

「僕ら魔術師は、こうやって感情を着火剤にして、魔生石から力を引きずり出す。そして想像で形を与える事で魔術として使っているわけだ。そこまでは、わかってるな」

 力なく、講義室のほうぼうから「はい」という声が聞こえてくる。

「魔術師によっては石が無くても魔術を使えるが、それは自分の生命力を使用してるから危険だという事も、もちろんわかってるはずだ。必ず、魔生石のパワーを使って魔術は使用すること。装備の点検は怠らず、忘れず」

 僕は背中の方に浮かせて追従させているメイスをチラッと見てから、生徒たちに向きを変える。

「そして有効活用だ。もし感情や想像力を乱すような相手が現れた時は……」

 メイスをとって、ブンッと振り回すと風圧で最前列の席の生徒のローブが浮かび上がる。

「物理攻撃に限る」

 驚きに声を上げたり、顔を顰める者、様々な反応が返ってくる。ようやく授業らしくなってきた。

「戦闘に出る魔術師なら、魔術の訓練だけしてれば良いという考えは捨てろ。確かに、君等は魔術のスペシャリストだが、その前にこの要塞都市を防衛する戦士だ。心が乱れて、術が展開できない時には、自分の身一つで戦う、という選択肢も忘れてはいけない」

 メイスを背中に戻しながら、生徒たちを見る。

「君たちみたいに、ある程度魔術を学問として極めた者達にとっては信じがたいかもしれない。だが、実戦では反射が何より大事な武器になる。物理攻撃の練習は、君たちを裏切らない。そのうち敵に相対した時、攻撃魔術も反射で撃てるようになる。例え、相手が君たちにとって大事な人の姿を取ってたとしても」

 魔生石を握り込んで「たゆたう露よ 朧を結び 現われよ 姿を結べ 我の思うままに」と呪文を唱える。

 すると、大気の露が集まって渦を作り出す。

 呪文は、人間と魔力の共通認識の基盤でしかない。無くても単純な術なら発動できるが、複雑であればあるほど、何をしようとしているか、世界に、魔生石の中に眠る力に理解させなければならない。

 今、並べたのは古来から、この呪文なら上手くいくと記録されているモノだ。僕なら、もっと短い呪文でも生成できるが、授業でやる事ではない。

 そうして、渦が段々と僕が頭に浮かべた人物の姿になり、その場に立ち上がると生徒たちが驚く。

 この都市、オルディナーブの魔術ギルド支部長の姿をとらせたからだ。彼らの上司に当たるのだから、だらけた様子を見られるのは偽物とわかってても気まずいのだろう。背筋が伸びる。

「魔王戦史をちゃんと履修していれば、わかると思うが……今は第二波だ。第一波の天地動乱が後、種子が世界中にばら撒かれ、創出された魔物によって、人々の不安や恐怖の感情が増加させられている。その戦略的意図を答えられる者は?」

 教室を見渡すと、ようやく手が上がってきたので「はい、そこの君」と呼びかける。

「恐怖とかぁ、不安っていう感情が、魔王や魔王に属する魔物達のエネルギー源となる、からでぇす。彼らは純粋魔力で出来ている生物で……我々のように食事とかじゃ、形を保てないから、我々の感情を搾取しようとして、攻撃してきていまぁす」

「教科書どおりだな。よろしい、座って。そんなわけで、国々は多くの人間が不安や恐怖に駆られないように要塞を建て、騎士や魔術師で人々を驚異から守ってるし、おかげで君たちは平時ではありえないほど高給で仕事にありつけてる。魔王が居ない時期の末端魔術師の俸禄なんて悲惨なものだからな」

 ブラックジョークに、クスクスと笑い声が上がる。事実そうなのだから仕方ない。仕事が多い割に、黒魔術師の扱いたるや酷いものなのだから。

「で、第三波の話だ。今日の授業で出た課題の趣旨はココにある。僕たちが尽力しても、恐怖や不安は消えない。モンスター達は感情の回収係だ。彼らを経由して、種子から魔王に感情は送られ、より勢力を強めると、次は実効支配の段階に入る」

 黒板にチョークを踊らせて、書きつける。

「君たちが第二波で戦ってる、モンスター。ああいった、知性の低いモンスター達を統率して、軍勢として進行させるために、高度の知能を伴ったモンスターが出てくる。これが第三波、魔王の軍勢による侵攻だ」

 四天王、その配下の高位魔族、それらの魔術のレベル、戦闘能力を書き連ねていくごとに、教室から不安そうな吐息が漏れ聞こえて、手を止める。

「まぁ、彼らと君達が交戦しなくて済むように、勇者が急いで魔王を封じに行ってるんだが……覚えておくだけ損はないだろう」

 この程度で不安になられては、勇者について行くなんて無理だろうな、と思いながら、支部長の幻影を動かす。

「彼らは幻術を使う、知性をもって人々を欺き、お互いの憎しみを煽り立て、殺し合いをさせようとする」

 支部長の形をした幻影は、最前列に座っている魔術師の前にやってくる。

「だから、魔王封印は軍隊では行かない。人間が多ければ、幻惑し、殺し合いに発展させてくるから。そこから恐怖や不安が増えて、逆に魔王を強化してしまうからね。だから勇者のような選ばれた人間が、少数精鋭で封印に赴く」

 支部長の幻影は、持っていた杖を振りかぶって目の前の生徒に殴りかかろうとする。

「うわっ」

 魔術師は両手で頭を覆って防御態勢を取るが、しょせん霞で作った幻影だ。すうっと腕の間をすり抜けて、そのまま支部長の幻影は霧散する。

「今、なぜ攻撃では無く防衛を選んだ?」

 質問すると、最前列の生徒は恐る恐る「だって……」と不平を漏らす。

「相手は支部長ですよ……そんな、尊敬する人を攻撃するなんて」

 僕は嘆息する。

「これが最も初歩的な感情操作だ。攻撃し辛い相手に擬態して、相手を動揺させる。実戦なら、今ごろ君は脳天割られて死んでるな」

 幻影が通り抜けた後の、冷え冷えとした肌に触れながら、生徒はブルッと肩を震わせる。

 いかに白魔法で再生する技術が進んでいようと、頭部の破壊は致命的だ。そこまでされたら蘇生は不可能。僧侶や祭司にできるのは葬式の祈祷ぐらいのものだろう。

「相手の記憶を読むモンスターもいるんだ、その時は君らの大事な人に化ける。そして言葉でお前らを翻弄する。絶対に返事はするなよ。魔力の強い魔物の言葉は、それだけで詠唱と同じ効果がある。下手に返事すると、契約とみなされて拘束されるぞ」

 そうしてメイスをフルスイングで綺麗な軌道を描きながら振って見せてやる。これぐらいの威力であれば、特別強化されてないモンスターの骨ぐらいは砕ける。

「弱いうちは強い魔術を使うことに拘るな、まず反射で攻撃する癖をつけろ。最初は物理でいいから繰り返し練習するように」

 そう注意すると、生徒の一人が「待ってください」と声を張り上げる。

「それで、間違えて仲間を攻撃しちゃったらどうするんです?」

 僕は、ブレイブ達を思い出す。

「熟練の戦士なら仲間の攻撃ぐらいで死なない。第一、支部長殿にしても、君程度の攻撃でやられるものか。避けるか、多少は食らっても再生の白魔術でなんとかする」

 まぁ、果敢にやりすぎると、回復役が過労から白目剥いて失神する事はあるが。

「戦闘中に、全員が繊細な判断を続けるのは不可能だ。極力そうならないように作戦は立てるが、フレンドリーファイア(同士討ち)もある程度、許容せざるをえない。とにかく町の外、特に交易路以外を行く時は考える前に攻撃する癖をつけるべきだな。そうして慣れた頃に、ようやくリラックスする修行だな。それでようやく攻撃しながら、感情を制御して、調整できるようになる」

 森を抜けて国境を超えた事がなさそうな、何人かの魔術師はゾッとした様子で隣の魔術師とヒソヒソと話し合う。

「まぁ、だから最初の答えも半分間違いではない。心を制御する修行の前に、心が動く前に反射で攻撃できるようになれ。それが、まず第一にモンスターが溢れる外界で君等の身を守る手立てになる」

 僕は魔生石を掲げる。

 そうして、思い出す。首を締め付けられた、あの時の苦しみ、恐怖、絶望、過去、そこから湧き上がった強い感情。

 瞬間、魔生石は巨大な炎を立ち上らせ、ドラゴンの姿を象り、魔術師たちに吠える。

 驚いて悲鳴を上げて逃げ出す魔術師、腰が抜けて動けなくなる魔術師、反射的に魔術を僕の炎に向けてぶつけて攻撃してくる魔術師。

 もちろん、僕はタリスマン(護符)で常に防壁を張っているので、動揺しながら繰り出された攻撃ぐらい、軽く弾く。

 そして、講義室からは出られないように、入室した時点で魔術で閉じてある。壁にぶつかった生徒たちが驚きながら、僕に振り返る。

「今、攻撃しなかった奴は何を聞いてたんだ?講義が終わったら中庭で魔杖の素振りを百回してから帰れ」

 炎のドラゴンを消すと、阿鼻叫喚だった教室の混乱も収まる。

「攻撃した奴らは、とりあえず合格だ。しかし、まだ弱い。僕を壁に吹っ飛ばすぐらいの気概は見せて欲しかったな」

 とっさに魔術を使った最前列の魔術師は「無茶を言う……」とその場にへたり込む。

「とっさにあの火力の魔術を詠唱なしで出すなんて……!一体、どんな感情を燃料にすれば出来るというんです!?」

 そりゃもちろん、生まれを呪い、世界を呪い、全てを燃やし尽くしたいと思うほどの殺意だ。

 などと、生徒の前で言う訳にはいかない。

「一番手っ取り早いのは怒りだ。どの感情より、怒りの発火速度は早い。そして、どんな危機的状況でも想起できる。だから、君達はこれから起きる、どんな恐ろしい理不尽も、魔王軍の蹂躙にも恐怖してはならない」

 この街に忍び寄っている第三波を前に、のんびりしている生徒たちの顔を一望してから「怒りだ」と繰り返す。

「まずは怒れ。敵を倒すために、怒りを燃やし続けろ。怒りが君たちを強くする。それから、怒りを制御しろ。冷静に、どうしたら怒りを発散できるのか、その手段を考えるんだ。それが魔術の形になる」

 都市の中心にある神殿の鐘の音が鳴り響き、時間を知らせる。

 授業を終わりにして良い時刻になったので、僕は教材を置くと、教室を閉ざしていた術を解除する。

 怯え、扉に寄りかかっていた魔術師が「ひえっ」と声を上げながら、廊下に転がるのを横目に、残った生徒に宣言する。

「それでは、課題だ。君たちの、自分が最も強い感情を抱いていると思われるエピソードと、それがなぜ強いのかについて分析したレポートを来週までに書いてくるように。苦手を克服しようとして動いた感情のレポートでも良い。ただし、講師の読む速度を考慮して話を用紙二枚程度に収める事、以上!」

 講義室から「えぇ〜」と悲鳴が上がる。

「あのチビの授業キツすぎ〜」

「ほんとムカつく、呪いも効かないし、前の講師のがイケメンっぽくて優しかった」

 教室の隅で、コソコソと囁く生徒の声が聞こえたので、覆い越し顔を向けて睨みつける。

 小柄だと、こういった事ですぐに馬鹿にされるのが嫌なのだ。見せしめに、一人ぐらい壁にふっ飛ばしてやろうか?

「聞こえてるぞ、遮音魔術ぐらい使え」

 流石に、弱い相手に攻撃するのは大人げないので、我慢だ。嫌味の一つだけ残して教室を後にする大人げぐらい持ってる。

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