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第三話 魔壁要塞都市オルディナーブ

 僕はブレイブの宣言通り、次の街、魔壁要塞都市オルディナーブで正式にパーティから追放され、旅立つのを見送った。

 もちろん街の中では魔術師の正装である。目元も覆っていた。

 この保守的な街で、男が女物の服を着て、どのようなそしりを受けるか、想像出来ないほど、僕の常識はズレてない。

 アレは、人間の一人も居ないような魔境を通るから、解放された気持ちでしてた死に化粧に、死に装束だ。生き残る可能性が高い、街中では着ない。

 ハッキリ言って魔術師の正装はクソダサい。黒いローブで陰気なイメージが強調される。僕の地毛は真っ黒なので、コレを着て目元を隠すと境界線があやふやになってしまう。

 僕が闇から現れると、青白い口元だけ浮き上がって幽霊のように見えるらしい。

 学院でも夜中に僕と出会うと、絹を裂くように『ヒィッおばけェッ!』と悲鳴を上げる生徒がまぁまぁいた。

 失礼なやつらだった!僕は寝不足と日照不足なだけだし、しっかり三食摂取してモリモリ元気に生きてるってのに!

 まぁ、この正装のメリットもわかる。魔術師たるもの、色んな薬物を使ったり、生贄の血を絞り出したり、加工したりするんで、薄い色の服がすぐ汚れてしまうものだ。だから汚れが目立たないようにって事なのは分かるんだけど、オシャレの欠片もない。

 オルディナーブの魔術ギルド支部長、白髪がローブの隙間から覗ける、しわがれ声の老人、は深く理由を聞かなかった。

「まさか、我が国最強の魔術師である貴方様が勇者のパーティから離れるなんて……」

 嫌味の一つも言われるかと思ったが、そんな事は無かった。恐らく、支部長が、僕と同じ学院の出身で学閥が同じだからだろう。

「しかし、此度は歴代勇者の中でも最速でございました。あの丘を、この時期までに超えて来られたのは、あの勇者が初めて。きっと、まもなく魔王は倒され、世界に平和が戻るでしょう」

 パーティを外れた事を、責め立てられる事も覚悟をしていた。しかし、学派こそ違えど、仲間意識が高いのか、単に学識ゆえに人がいいのか、丁寧にもてなされた。

 だが、そんな態度も嬉しくなかった。ブレイブは、それも加味して次の街でパーティから出ていくよう、お願いしたのかと思うと、より一層落ち込んだ。

 つまる所、追い出そうと考えたのは、あの時初めてではなく、暫く長い事考えに考えた結果からだという意味になるからだ。

 彼らが旅立つ前の夜、いつもどおり書いていた日記を閉じるブレイブ。彼に会いに行った時、僕はまだ半信半疑だった。

 男の物のローブを着て会えば、考え直してくれる。そういう単純な問題なんじゃないかとさえ、思っていた。

『ほら、こうやって男らしくしてれば、元どおり、なぁ今までみたいに、やり直せるだろう?』

 なんで僕が、別れ話で別れたくなくて縋る方みたいな台詞言わなきゃいけないのか、怒りはあったが耐えた。だと言うのに、あの野郎……。

『炭は薪には戻らない、メーガス。君のためだ』

 なに良いこと言った雰囲気作ってんだコイツ、と思いながら目を見開いて睨むしかできなかった。

 小柄で童顔で女顔、嫌だなぁと思っていた自分の姿が今は、より一層憎らしい。

 ブレイブは僕に膨らんだ包を渡す。

『なんだコレ……』

『君はパーティのために力を尽くしてくれた。これ以上、無理はしないで欲しい。これで、安全なルートを通って国へ帰ってくれ』

 手切れ金という訳だった。あまりにも惨めで『こんなもの!』と地面に叩きつけた。

 しかし、ブレイブは諦めなかった。

『受け取ってくれ、メーガス。頼むよ、相棒』

 土がついたソレを持ち上げて、ブレイブが真剣な目つきで、そう言うのだ。

 結局、僕には受け取る選択肢しかなかった。

 けれど、使う気にはなれなかった。使ったら、負けてしまったような気がして、できなかった。

 別に、勇者のパーティじゃなくても僕は有用だし必要なかった。

 どこ行ったって引く手あまたの最強の魔術師なんだから。

 その都度、稼いで、その金で王都に戻れば良いんだ。

「魔術が使えなくなったわけではありませんので、都市の防衛を補佐いたします」

 回想から今に戻って、よそ行き用のすました口調で言うと、支部長の横の男が咳をする。

「必要ありません、この都市の防衛機構は完璧で……」

 プライドの高そうな面倒臭い顔をしていた。支部長は「補佐官」と嗜めて、言葉を止めさせる。

「貴方の実績は存じ上げておりますし、ありがたい申し出です」

 そう一旦、柔らかい言葉に包んでから支部長は続ける。

「ですが、無理はなさらず。しばらくは休息をとってください、住まいはギルドの方で用意いたしますゆえ。どうか、王都から伝わる魔術の講義を若者達にしていただければと思います」

 柔らかめの口調で言ってるが、つまるところ実戦とか細々した作業より、後進教育に力を入れてくれという意味である。

 こういうのが嫌で王都を出てきたのに、またコレか。

 僕は、まだ若いし、実戦で活躍して功績を上げたいというのに、周囲がこれぐらいでと留めようとする。

 とはいえ用意された部屋で、タダ飯に甘んじられるほど腐ってはない。この旅で新たに得た魔術をまとめようとした。

 したけれど、すぐに思考は、勇者パーティの方に引きずられる。そんなに簡単に立ち直れない。

「クソッ……馬鹿野郎共が、あんな程度の低い魔術師を連れて行きやがって、あんなやつ、僕の代わりになるはずがない」

 このオルディナーブは、かつて風光明媚な山間の都市であった。

 しかし、魔王が覇権を握ってから十年、現在ではアンシア、レーベ、オルテスクの三国同盟の防衛戦線を守るための要塞都市へと変貌を遂げていた。

 ドンッ

 机の上に置かれた紅茶に波紋が浮かび上がり、遅れて山岳級の龍の呻き声が聞こえた。

 破裂音が鳴り、夜闇に染められていた窓の外が光る。

 魔王軍からの襲撃だろう。

 お茶を持って、窓際に行くと、魔法使い達が撃ち出した攻撃魔法が見える。

 空を覆う程、巨大な龍の体を、まるでスパンコールで飾りつけるように、砲撃魔法が光る。

 空に、軌跡を残しながら飛び交う姿は、祭りの日の花火のように美しい。

 同盟国の重要拠点の一つである。であるからして、各国からそれなりに強者共が送り込まれているようだった。

 特に、防衛都市への兵站供給、及び補給の安全を確保するために、魔術による技術的補佐は欠かさせない。

 それでいて、前線に位置する都市であるからして、それなりに腕のある魔術師でなければ、一歩壁の外に出たら死ぬ程度には危険な場所だ。

「避難してください!早く!建物の中に入って!」

 そう誘導する兵士達に従って、市民が建物の中に逃げ込む。

 難民になりたくない、行き場がない元々都市に住んでいた人々が、まだ残って、生活しているのだ。仕方ないだろう。

 魔王を倒した後、国に戻ってみたら、別の民族に領土を乗っ取られていた。

 なんていう過去を持つ国もある。これほど危険な土地でも、住民が離れられない気持ちは察せられる。

「あっ」

 打ち上がった魔砲撃の一つが跳ね返される。城壁にいた魔法使いの一人が破裂。汚い花火になって城壁に赤い跡を残した。

「ッたく、誰だよ、あの程度の練度で前線に配備したやつ」

 思わず、武器を取って応戦に行こうと部屋を出る。

 部屋に灯りを灯している、魔生石から生まれた魔力。灯りの蓋を閉じて、通っていた魔力を止め、完全に暗くしてから部屋を出る。

 あの程度の龍であれば、僕一人でも、多少の無茶をすれば倒す事ができるだろう。

 しかし、扉に手をかけようとした所で「いけません!」と声をかけられる。

 補佐官だった。意地の悪そうな顔つきで、僕を睨む。

「今、外に出てはいけませんよ」

「でも、窓から見たかぎり、押し負けてます。何か手助けを」

 そう言うと、補佐官は、馬鹿にしたように肩をすくめて、首を横に振る。

「力を溜め終われば勝てます。防衛都市を侮りなさるな」

 その言葉と共に、灯りが一斉に消える。

「窓の外をご覧ください。最新鋭の、我々の奥義を」

 補佐官に促されて、窓から外を見る。

 都市の中央、魔動神殿が一際強く、光った。

 次の瞬間、巨大な稲妻が空に向かって打ち上げられる。

 稲妻が巨大な龍を貫き、次の瞬間、龍の体が爆発四散した。

 都市の維持機構に使われている魔力を攻撃砲台に変換補填したのだ。

 確かに、支部長や補佐官の言う通り、要塞都市としての機能は十分と言えるだろう。

 窓の外では、魔術防壁に打ち上げられた龍の肉片が、血の一滴も街に入れぬまま、ずるずると防壁の外滑り落ちていく姿が見えていた。

 数刻遅れて、チカチカッと灯りが復旧する。

「この都市に、貴方より強い魔術師は居ません。ですが、貴方のような特別な才能が無くとも、やって行けるよう、皆、鍛えられています」

 補佐官は、誇らしげな笑みを浮かべると頷いて、扉とは逆方向を指さす。

「心配なさらずとも、貴方の代わりにウチの者が勇者殿をサポート致します。きっと魔王封印の役に立ちます」

 補佐官に追い返され、部屋に戻って、机に向かい直すと思い出す。

 支部長の推薦でパーティに加わった、屈強な魔術師のことを。

 ブレイブは、僕の代わりにソイツを選んだのである。

 あんなヤツ!あんなヤツ!!!

 確かに鍛錬された肉体、練り込まれた魔力から出力される魔法はパワーがあった。前線に送り出されるに申し分ない魔術師。

 でもコントロールが滅茶苦茶悪かったじゃないか!

 試験用に並べた丸太を五個中一つ外したのである。攻撃は十発分も許容したのに。僕なら五発で全部命中させられるのに!

 そりゃ、軍と共に都市防衛戦で賑わせる分には良いけど、あの少数精鋭のパーティでは絶対にカバーしきれずに、予定の進行より遅延するに決まってる。

 僕の火力と精密射撃性能なら、そんな事は起き得なかったのに、予定より早く魔王の根城に潜入できるはずだったのに……!

「クソ……!」

 思わず書きかけのメモを握りつぶして、ゴミ箱に捨てる。

 こんな筈じゃなかった。僕は勇者と共に、華々しく、この世界を救う英雄になるはずだったのだ。


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