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第二話 勇者と魔術師

ブレイブ(勇者)?僕は、役職ではなく、名前を聞いたつもりだったんだけれど?』

 初めて僕とブレイブが出会ったのは神殿での叙任式であった。

 二十年前に降りた魔王顕界の託宣、そうして魔王が現れてから一年も遅れて、ようやく勇者が完成した。

 その知らせと共に、彼と共に魔王封印の旅に出るメンバーが集められたのだ。

 僕は、魔術学院を主席で卒業し、誰もに認められて推薦された。

 魔術師の目は、呪いで人を惑わす事が出来るため、式典では見えないように隠すのが礼儀。魔術学院の博士として、正装である、肩には様々な勲章がついた上等の黒いローブ、を目深に、目元には網目の荒い、バッテンが描かれた目隠しを装備して参列していた。

 しかし、いくら僕が優秀でも、難関があった。

 勇者の承認である。

 それだけは、他の誰もできない。たとえ帝王であろうと法王であろうと、無理だ。

 勇者が魔王を封印する、この儀式に口を挟む権限は誰にもない。

 勇者はパーティのメンバーを自ら決めるのである。

 だから、その叙任式は顔合わせのようなものだった。

 勇者のために用意された武勇の玉座に座る、彼。その前に強者達が並び、名乗り上げる。

 僕の前にもベラベラと自分の功績を並べ立てるやつらが沢山いた。

 馬鹿馬鹿しい、と思った。そんな言葉が何の役に立つっていうんだ。

 そもそも、勇者だからなんだってんだ?偉そうに待ち構えやがって。

 こっちは死物狂いで、学んで鍛えて、ここまでやってきたんだ。

 それもこれも、出世して権力をモノにするためである。伝統だとか、目の前の男に対する敬意なんてない。

 ぼんやりと日記帳のようなモノに書きつけながら『はぁ』とか『へぇ』と相づち打って聞いてないで、挨拶の一つでもしたらどうだってんだ。

 そういう気持ちで、僕は自分の順番になった時、聞いたのだ。

『お名前は?』

 今までずっと話しかけられ続けて、頭が飽和してたのか?ボンヤリしてた奴の青い目がパチリと見開く。

 冴えない風貌だった。くすんだ灰色の髪、ソバカスだらけのぼんやりした顔。

 よくいる田舎の気のいい農夫といった容貌で、実際、勇者じゃなきゃそういう人生を送っていたんじゃないだろうか?

『ブレイブ……』

 小さくボンヤリとした答えに、思わず首を傾げて、僕は最初の疑問を述べたのだ。

『あ……その、俺は生まれた時から勇者になるって決まってたみたいで……だから、みんなが使うような親しみを込めた名前って、特に持ってないんだ、ゴメン』

 何も悪くないのに、人の良さそうな笑みを浮かべて、頭を下げて謝る。

『その代わり、戦いでは誰にも負けないから。安心して世界の命運を預けて欲しい。俺は生まれた時から、ずーっとこの日のために、剣と戦いに全てを捧げてきたんだからさ!』

 快活に胸を叩いて笑う。その姿を、彼を育てたのであろう、周囲の厳つい剣士や戦士……預言者達が誇らしげに微笑んで見守る。

 それを見た時、僕はこう思った。

 胸くそ悪ィ。僕が心の底から嫌いな人間しかいない。

 この世界では、魔王顕界の予言と共に、神が救国の勇者をもたらし、その子がどこに生まれたか預言者達に囁くらしい。

 そうして勇者に選ばれた赤ん坊が「勇者の島」に連れて行かれてる所までしか、世間一般には知らされていない。

 預言を受けた者達の手によって、どのような経過を辿って勇者になるかまでは、僕も知らなかった。

 今、目の前に来て初めてわかった。

 純粋無垢にして清廉潔白、質実剛健にして百戦錬磨の戦士。

 穏やかに座っているだけのように見えて、一切の隙を感じない。

 叙任式で授けられた聖剣を構えてこそ居ない。しかし傍らに置いた手は、僕が質問して驚いた瞬間、指先を触れさせていた。

 襲いかかったら、切っ先が一瞬で喉元に突きつけられていただろう。

 生まれた時から、こうなるように作ったのだ。大人たちが寄ってたかって、彼を『ブレイブ』にした。

 自分たちが救われるために。

『ところで、君は?君はなんていう名前なの?』

 今まで、腑抜けた相槌しか打っていなかったブレイブが、初めて質問をしたので、僕は笑う。

メーガス(魔術師)

『え?』

『お前がブレイブ(勇者)と名乗るなら、僕はメーガスだ。この世界で最強の魔術師であり、この名を名乗るに相応しい人間は、この僕を置いて他に居ないからな』

 パンッと手を鳴らすと唱えた。

かの檻の名は鋼(魔術防壁種特定) 我が兆しは微小なる櫛(侵入経路確保) 乙女のように流れよ(防壁破壊) 狭間より我が手に至れ(武器を手元に召喚)

 手元に武器を出現させる。警備の魔法防壁を超えて、宿に置いておいた荷物を空間転移(ワープ)させたのだ。

 並んでる間、暇で暇で、神殿の魔法防壁の解析をしておいた。

 並んでるだけで、もう体と頭脳がなまって仕方なかった。だから、やることは決まっていた。

 ガシッと手元に落ちてきたのは、妖精の飛翔粉を龍鱗鉄に混ぜて作られたメイスである。僕の身長より長いポールの先に、重量級の真っ赤な魔生石が埋め込まれている。

 この石に込められたエネルギーを燃料に、一山を灰にできるほどの火炎を生成する事もできるが。

 重量にモノを言わせてメイスを振り下ろすと、金属音が響き渡る。

 僕の魔術で軽く振り回しているように見えるが、熟練の戦士であろうと壁にふっ飛ばされるぐらいの力を入れた。

 しかし、ブレイブは片手を振り上げると、剣の鞘で、石が埋まった金属の塊を受ける。

 すかさず柄を捻り、彫り込まれたパネルをズラして、魔術式を発動する。

 パワーの出力を上げ、重量級モンスターの頭蓋骨を粉砕できるほどの圧力をかけた。しかし、それでも勇者ブレイブはビクともしない。

燃えよ!燃えよ!(魔力充填)  汝は尊き巌、炎の涙!(対象の焼却開始)

 詠唱すると魔生石が燃え上がり、剣を伝ってブレイブに襲いかかる。

 しかし、ブレイブは微塵も震えず、動かず、重なり合った武器の隙間から僕を覗くと詠唱した。

『鎮まれ』

 単純な一言で、ブレイブには充分だった。

 神より授けられた祝福が、一瞬にして密度の高い魔力を霧散させる。

 魔力無効化、これが勇者たる人間に与えられた、単純にして最大の武器であった。

 僕が放った強力な火炎攻撃も、勇者の手にかかれば瞬く間に、チリチリと細かい火の粉に還元される。そうして最後は風に飛ばされ、消え去る。

 呆気に取られていた周囲の人間が、遅れて『何をして……』『つまみ出せ!』『許されぬ!』と怒号を上げる中、ブレイブは空いた手で『止まって』と制する。

『彼は強い、やりあったら貴方達は死にますよ』

 ちゃんと力量を見極める能力はあるらしい。まぁ、そうでなければ、こんな真似はしなかった。愛想笑いと共に、この場を離れただろう。

 飾り立てられてるだけの愚か者に従いたくはなかった。何より、そんなやつに倒せるほど、魔王はヤワではないだろう。

『それに敵意はない……でしょう?メーガス』

 僕はフンッと鼻を鳴らして、メイスを引く。

 僕はブレイブを気に入った。

 この男は強い。それでいて、その強さでもって僕を支配しようとするような傲慢さが瞳になかった。

 誰かを支える旅なんて、正直気が乗らないと思っていたが、この男なら隣に並べるだろうと思った。

『おべっか野郎共の話なんて全部聞いても、時間を無駄にするだけだ。おい、全員中庭に出ろ』

 叙任式で賑わってた候補者達を一斉にギロリと睨みつける。

『僕に膝をつかせた強い奴だけが、勇者のパーティに入れば良い』

 その提案に、ブレイブは思わず声を漏らす。

『メーガス、誰も君に勝てなかったらどうするんだ?』

『そしたら僕とお前、二人だけで魔王を倒しに行って、二人でカッコよく凱旋する。問題あるか?相棒』

 決定事項を述べる。

 もし、驕り高ぶった王者のような人間が鎮座していたら、そんな事は言わなかっただろう。

 この無垢というには、空っぽすぎる、けれど強い瞳を持つ男だから思ったのだ。

 この男が勇者を終えた後、どんな人間になるのか見てみたい。

 僕の言葉に、ブレイブは目を見開いて驚いた後『は……あはははっははははは』子供のように大口を開けて、腹を抱えて笑った。

『君は最高だな、メーガス!』

 ブレイブは、立ち上がると式典用の堅苦しい華美な上着を脱いだ。そうして凝り固まった全身をほぐすように『うーん』と両手を上げて伸びをする。

『俺も悩んでたんだ。みんな色々言ってくれて嬉しいけど、誰にすべきか、ピンと来てなかった……だから』

 ブレイブが、磨き抜かれたピカピカの石床に上着と日記帳を落とすと、亀裂が走る。どれだけ重い上着だったのか、想像もしたくない。

 それだけのものを背負っても、あの素早さで不意打ちに対応できる。剣聖の名に相応しい勇者であった。

『その試験、俺も加えて貰おうか?相棒』

 ブレイブは、剣をしっかり鞘に固定して、抜けないようにしてから、候補者達に微笑みかけた。

『俺かメーガスの膝を土につけられた者から、未来の英雄を選ぶ。出自も属性も関係ない、手段も自由だ。誰でも良い、かかって来い』

 この叙任式は、今では史上最悪の闘技叙任式と呼ばれているらしい。まぁ実際乱闘をして、神殿の一部をボロボロにしたので、仕方ないだろう。

 そうして勝ち残ったのが、ドラグーン、モンク、テイマーの三人であった。

 僕がメーガスと名乗り出た事から、他の皆もブレイブに敬意を払って名を名乗らなかった。ただ自らの役職を名乗った。お互いに敬意を持って上手くやれてた。

 それがどうして今、僕はこんな安全な部屋で黒魔術の講習用の資料など書く羽目になっているのだ?

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