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第一話 骸達の廃丘《デス・ボーン・バレー》

「もう限界だ……メーガス(魔術師)!頼む……次の街で俺たちのパーティから抜けてくれ」

 ブレイブ(勇者)の言葉は、僕にとって寝耳に水すぎて「はぁ?」と間が抜けた声を漏らすことしかできなかった。

 一拍置いてから、ようやく思考が追いつく。

「ぼ、僕は、僕は、あの王立魔術協会も認めた、国で一番の黒魔術師だぞ!?最大火力、最高技術を誇る、この、この僕以上に勇者たる君のいるパーテイに相応しい黒魔術師がいるとでも!?」

 動揺と屈辱で声が震える。これまでもパーティに尽くしてきた。それなのに、こんな仕打ち。

「わかってる、君以上の黒魔術師が居ないことは。君が誇り高い人である事も……」

 ブレイブは、打ち付けた頭をさすりながら、立ち上がる。

 先程まで一瞬意識が飛んでいたのが、戻ってきたばかりとは思えない俊敏さだった。

「なら!何故だ!?」

 僕よりも頭何個か分、背が高いブレイブの背中に、自らの背中を押しつけながら叫ぶ。

 こんな話をしているのに、何故密着しなければならないか?

 それは、ココが不浄たる骸達の廃丘(デス・ボーン・バレー)だからだ。

 次の街に辿り着く最短経路にして、万人が時間をかけて避ける魔境。

 背中を取られたら、命も失う場所。

 回収されず、打ち捨てられた旅人たち。その呪われた屍骸は山となり、合間から血に飢えたモンスターが湧き上がる。

 いの一番に飛び出したのは血吸兎(ブラッディーラビー)だ。

 見た目は兎にも似ているため油断しやすいが、正体は獰猛、肩甲骨から縦に裂けた口、腕から足は翼へと変貌する。

 残忍な異形の牙は、骨まで噛み砕いて飲み込もうと、僕らへと飛び上がってくる。

「こん……にゃろ!」

 僕は魔杖の代わりにしている、メイスを振り上げて、ソレらを渾身の力で薙ぎ払う。

「爆ぜよ!」

 メイスが触れた部分から魔力を流し込めば、血吸兎が「ゴギャッ」と鳴き声を上げて、破裂する。

 しかし、それで終わりにはならない、屍の向こうには、それでも絶えず大量の怪物達の目が睨みつけてきていたからだ。

 横目でブレイブの方を見れば、反対方向から飛び上がってきたのは狂針鳥(ニードルード)

 赤ん坊の頭に羽と針がついた異形、そして気が狂うような鳴き声!鋼鉄の針に覆われた怪物鳥に、ブレイブは灰髪の頭を振りながら、渾身の力で聖剣の鞘を叩きつける。

 そうして狂針鳥の身を守る、針の山を折り砕き、隙間に覗いた肌をめがけて剣を突きたて、切り裂きながら叫んだ。

「それは……君が連携を乱すからだ」

「嘘だ!僕が何をしたっていうんだ!」

 僕の問いかけに、ブレイブが答えるより前に、遠方から声がかかる。

「まだ道は開けないのか!」

 盾を構えたドラグーン(竜騎兵)が、巨大な泥蛞蝓(マッドスライム)を押しのけながら叫ぶ。

 川のように隊列を成して、群がってきたそれは、ドラグーンの盾をシュウシュウッと酸で溶かし、自らの質量で押し潰し、飲み込もうと進む。

「いくら私と、この子でも、押し止めるのに限界がある!」

 ドラグーンは、美麗な顔を歪ませ、長い金髪を汗の浮いた首筋に貼り付けながら唸る。

 盾の隙間から「ガァっ!」と勢いよく狙いを定めて白銀に光る槍を突き刺す。

 すると、眼前の泥蛞蝓の体液が抜け落ちたように、その場でドロドロと力を無くして流れる。しかし、すぐに、その後に続いた仲間が汚泥を啜り、自らの体積に変えて襲いかかってくるのだ。

 ドラグーンの騎乗する小型のドラゴンは、良く踏ん張って、耐えていた。だが、泥蛞蝓に迫られる恐怖は、今にも主人への忠義を超えて、逃げる選択を後ろ足に乗せかけていた。

 僕は、そんな様子に焦りながら叫んだ。

「今やってる!!けど、ブレイブが妙な事を言うから……!僕に、次の街でパーティを抜けろ、なんて!なぁ、ドラグーンからも、何か言ってくれ!」

 メイスの柄に組み込まれた、細かな面を並べ替え、術式を組み変える。魔力を込め、術のを発動させるための作業を適確に行いながら、そう叫ぶ。

 動揺したって、少しの作業の遅れもない。ただの軽口だ。この状況で、それだけできている。だから、きっとドラグーンも擁護してくれ。その声が聞こえてくると思った。

 何を馬鹿な事を言ってる、頭がおかしくなったのかブレイブ!と。

 しかし、聞こえてきたのは正反対の答えだった。

「それが良いだろう……ブレイブの言葉に従う」

 驚きに「えっ」と手が止まりかけた。そんな馬鹿なドラグーン!ドラゴンの背中に乗せてくれたり、弟みたいに可愛がってくれたじゃないか!

 そこに、更に敵が襲いかかってくる。

 屍操蟻(ゾンビアント)は、爪の先ほどの小さな蟲だ。しかし、そいつは屍骸に大量に取り付いて、死体を乗っ取るのだ。

 穴という穴から蟲を溢れさせながら、その屍は、新しい宿主を求めて襲いかかってくる。

 おぞましい姿に全身が痒くなって、燃やし尽くしたい衝動にかられる。思わず、メイスを構えようとすると、背後のブレイブが背中を回して、僕の代わりに屍操蟻を切り伏せる。

「こっちの敵は俺達で処理するから、メーガス、自分の作業に集中しろ」

 一番、集中が乱れそうな事を言っておいて、コイツ……!

 そう思いながらも、言われたとおり、術式を編む手は止めない。止めたら死ぬからだ。勝手に体が動くように、この冒険でなった。

 だが、屍操蟻は形を崩すだけで死んでない。ブレイブの腕を這い上がって体内に入ろうとしている。一度でも中に入られたら内臓を食い破られて死んでしまう!

 どうする?

 横目で見ているとブレイブが叫ぶ。

「テイマー!ひきつけたぞ!」

 数多の言語を操り、魔物や精霊を召喚し、操る召操術師。

「&'$'#%%$'&'><?*_}>L<>*{%$#~~」

 人間の喉から出るとは思えぬ音で声を上げると、テイマーの褐色肌に刻まれた刺青の一つが光る。

 緑色の藻のような髪の間から、テイマーのかけた眼鏡が光ると、座っていた土がうねった。

「ミーのサンド・オブ・デスを食らうが良いネ!」

 数多の言語を学習しすぎて言語が狂い気味で間抜けに聞こえる。しかし、その攻撃は苛烈だ。

 テイマーが触れた所から渦巻が撒いて、細かな塵や蟲を引き込んでいく。

 僕やブレイブも踏ん張らなければならないほど、恐ろしい吸引力。黒い渦の奥に一体何を召喚したのか、僕にも認知できない。

 屍操蟻は、次々と「キーキー!」と不快な音を立てて、地面に渦巻く地獄に吸い込まれていく。

 僕は作業を続けながらホッとする。そうだ、こういう危機にも、僕らは連携して上手くやってきた。

 何がどうして、ブレイブがこんな判断をするようになったかわからないが、知性的で判断力の高いテイマーなら。

「テイマーは反対してくれるよな!?ブレイブが僕を次の街でパーティから外そうとしてるのなんて」

 その言葉に、テイマーは「あええ……」と言葉に鳴らない声を漏らしながら、眼鏡を直す。

 そうして気まずそうに、術の展開を維持したまま、項垂れて言った。

「それはミーも、ブレイブのジャッジが正しいと思うヨ」

「え!?」

 突然の裏切りに、信じられない目で見てしまう。嘘だろ、僕らは術文学を愛する同志として、それなりに会話も弾んで上手く言ってたはずだ。

 門外不出の秘術書を一緒に見せてくれたりしたのは、友情の証じゃなかったのか!?

 しかし、動揺している場合じゃない。刻一刻と全方位にモンスターに囲まれている。早く突破路を作らないと!それができるのは僕だけ。

 僕は最高の黒魔術師、やれる!できる!こんな所で死なない!メイスに魔術を込めて、発動まで後少し!

 しかし、その手前で指が突然固まる。

 なぜ!?刻一刻と危機が迫ってる、この状況で!?緊張からではない、そんなヤワな精神で、こんな所までやってこれるほど冒険は甘くない。

 額に浮かんだ汗が垂れ落ちる、地面に落ちて雫になるだけ、その筈だった液体が、中空で形を歪ませて広がる。

 そうして、その液体を引っ掛けた細い、透明な糸が浮かび上がる。

「ああ、クソッ 幽糸蜘蛛(レスパイダー)だ!」

 頭を振って、汗を手元に振り落とすと、腕を這い上がる、完全擬態したコブシ大の迷彩透明な形が浮かび上がる。

「キキキィー」

 硝子を爪で引っ掻くような不愉快な鳴き声を上げながら、幽糸蜘蛛は見えない幽糸を僕の手に食い込ませる。

「ッあ……!」

 指に糸が食い込んで血が滲む、このままでは切断されるだろう。こうやって相手を弱らせて捕食するモンスターなのだ。

「誰かっ」

 魔力で焼き殺そうとした、けれど今使えば、準備していた分の力が散ってパァになる。

 助けを求めるように周囲に目を向ける。

 だが、ドラグーンは泥蛞蝓の大群を抑え込むのにいっぱいで来られる状況じゃない。テイマーはウジャウジャと湧く、屍操蟻の大群を飲み込ませるのに必死だ。技を維持するのに脂汗が止まらない。

 ブレイブは、すぐに気がついてモンスターに突き刺していた剣を引き抜いて「今たすけ……」と言いかけた。

 その横から自分の二倍は大きさのある泥蛞蝓に襲われるまでは。

「ドラグーン!」

 切り捨てながら、ブレイブは叫んで振り返る。

「やれるだけやってる!」

 その視線の先には、脇から抜けてくる泥蛞蝓を刺して、ドラゴンを守るように払いながら、尚も多くの泥蛞蝓を押し止める続けるドラグーンの姿があった。

 限界を超えたのだ。それでも、なお耐えているのは矜持からか。

 藻掻きながら、なんとかブレイブはコチラに向かって来ようとするが、冷や汗が止まらない。

 もう糸が肉に食い込み、骨に到達していた。強烈な痛みと共に、この後、自分がまともに魔術が使えるのか、不安が襲ってくる。

 もうダメか、こんな所に足を踏み入れるべきじゃなかったのか?そう思った時だった。

「フンヌッ!」

 暑苦しい筋肉から発せられそうな声と共に、拳が飛んできて幽糸蜘蛛を吹っ飛ばす。

 幽糸蜘蛛は、その拳に触れた途端、サラサラと白い砂に分解され、その強靭な糸と共に風に引き飛ばされて消える。

 鍛え抜かれた、拳の先を見ると、そこにいたのは見知った顔だった。

「モンク!」

 銀に輝く、神の聖遺物が埋め込まれた聖拳を掲げながら、モンクは叫ぶ。 

「拙者の復活!!」

 男の中の男というに相応しい、暑苦しいほどの筋肉で堂々と仁王立ちしていた。しかし、その濃ゆい顔に鼻血が垂れていた事だけが、残念にして締りのない象徴だった。

 ドラグーンが怒声を浴びせる。

「早々に気絶したくせに、かっこつけるんじゃない!!誰が隊列を乱したと思ってるんだ!」

 そう、このデスバレーを進むにあたって、こんな混沌とした状況になったのは、何を隠そう、このモンクだった。

「拙者に連日、治癒をさせるからだろ!?」

 このパーティで回復魔法が使えるのは、モンクただ一人しか居ない。

 おかげで連日、疲労困憊。最後は鼻血を出して失神したのだ。倒れる際、丘中に響き渡る大きな音を立てて。

 そして、先程まで僕らの足元で守られていた。

 全く、毎度、大変なトラブルメーカーである。

「モンスターと戦闘までしとるんだぞ!こんな酷使されている回復役(ヒーラー)は他におらん!」

 モンクは、そう叫びながら、飛び寄ってくる血吸兎を拳で吹き飛ばそうとした。

 しかし、寸前で、ブレイブがナイフを投げて倒して、その拳を止める。

「モンク、モンスターは良い!メーガスの治癒を最優先!」

 泥蛞蝓に利き腕とは反対の腕をやられ、ブスブスと肉が焼ける音と悪臭を放つ。そんな状態でも、ブレイブの表情は少しも揺らがない。

 無事な方の腕で、新たに襲いかかってくるモンスターを切り倒しながら「早く!」と指示を出す。

 モンクはその言葉に、慌てて、僕の元にやってきて、大きくてゴツゴツとした手で包み込み、治癒魔法を展開する。

「骨は神より満たされた石!血は赤き太陽の雫、肉は業を纏う土塊、魂が標となり、汝の姿をこの地に還す」

 モンクの手のひらより発せられた小さな稲妻がビリリッと皮膚を走る。

「ッぐぅ……!」

 稲妻が傷口に触れる度に、目が覚めるような痛みと共に、傷口が塞がっていく。

「耐えてくれメーガス、指の神経が繋がらねば二度と思うように動かなくなるからのう」

 ヒビの入った骨はくっつき。

 肌を伝った血が逆流しながら、肉がミチミチッと音を立てて、筋肉同士が結びついて結合する。

 そうして、肌が繋がれば、もう傷跡も残らない。

「痛み……は、耐えられる!コレぐらい……!屈辱に比べれば……!」

 大陸広しといえど、この速度、この精度で修復回復できるのは、目の前のモンクぐらいのものだろう。

 この技術力、精度、安定性は目をみはるものがある。

 分野は違えど、学ぶことも多く、師として尊敬すらしていた。

 モンクも、その気持ちを汲んでくれたのか、専門外の僕に、弟子のようにアレコレと時間をかけて、教授してくれていた。

 だからこそ、敵陣真っ只中で倒れた所で、見捨てることなんてできなかった。

「いや、このパーティの全員が、大陸一の人材だ。捨て置けるわけがない、そうだろうモンク!?」

「どうした、メーガス!?痛みで思考が乱れてるのか?」

 突然大声を出したので、驚いたのだろう、治療中の手を引っ込めないように押さえながら僕を見る。僕は慌てて首を横に降った。

「違う……ブレイブが、次の街で僕に抜けろ、なんて言うから、ア゛ッ……クソッ!」

 最後の親指がくっついた衝撃と痛みで、思わず下品な言葉が漏れる。

「きっとブレイブも痛みで頭がおかしくなったんだ、僕の指はもう動くから、早くあっちを治療してくれ」

 指を開いて、握って、動作を確認するとモンクにそう頼む。

 しかし、モンクは微妙な顔つきをする。

「モンク……?」

「拙者、傷は治す……だが、正しい判断を変える事はできん。すまん、メーガス」

 そんな、まさか、モンクまで?

 なぜだ……僕の一体何がいけない?

 今、この瞬間だって、最大、最高の技を練って、誰にもできない、突破ロを開こうとしているのに?

 煩悶している間にも、魔力の装填が完了する。

 メイスの先、大きな赤い魔生石がパワーを得て、視認できるモヤ状にまでなった魔力を纏い、質量増加を示す。

「んっクッ……!」

 重量が重くなったメイスに、思わず足がよろけて照準が後ろに倒れそうになる。

 慌てて、体勢を立て直そうとするより前に、メイスが前面に押し戻される。

 後ろを振り返ると、そこにはブレイブがいた。

 顔の半分を酸に焼かれて、酷い状態だったが、それでも利き手で、僕のメイスを支えていた。

 その隣でモンクが「無茶をするな、ブレイブ!」と声をかけながら、顔を治癒しようとする。

 だが、その前にブレイブが制して「顔は後でいい、足から頼む」と指示を出す。

 よく見れば、足も酸で焼けていた。敵を倒しながら、引きずってココまで来ていたのだ。

 ボロボロだった。それでも、瞳は前を見ていた。

 悔しいが、ブレイブには勝てない。この男は、痛みも恐怖もものともしない。常に前を見ている。

 そして、こんな危機的状況でも決して間違えないし、必ず僕らを正解に導くのだ。

 だが、同時に、この男が心配でならなかった。目を離した隙に死んでしまいそうに思えた。

 彼は勇者で、神の加護があるのだから、そんな筈ないのに!

「なぜ、僕を置いてくなんて言うんだ、ブレイブ……!」

 ブレイブは、メイスを支えたまま、酸で焼けて濁ってない方の、青い瞳で僕を見下ろした。

「それは……君が美しいから」

「え?」

 ブレイブの瞳に映る僕は、美しいドレープの入った女物の薄桃色のワンピースにも見える、スリット入りのローブを身にまとっていた。動きやすいように中には勿論ドロワーズを履いているが、それがスカートにボリュームを持たせて貧相な体を豊満に見せる。ミルクティー色のカツラは、肩より少し上のボブヘアスタイル。桃色の口紅を塗り、春の花のような色を瞼に乗せていた。

 はたから見たら、女と間違われてもおかしくはない。

 僕は、恐らくこの場にいる、どの男よりも美しい男だろう。

 そうありたいと願ったから、そのような姿になるよう尽力してきた。

 だが、それがどうしてパーティから追放される理由になる?

「メーガス、準備!」

 考える暇はない。僕は言われたとおり、始めるために地面に膝をつけて肩にメイスを乗せる。

 それを確認すると、ブレイブは良く通る声を上げる。

「ドラグーン!射線から離れろ!」

 その声と共に、ドラグーンが引き締めていた手綱を緩める。

 途端に、地面で踏ん張っていたドラゴンが、大地を蹴り上げて空高く飛び上がる。

 堰き止められていた泥蛞蝓達が津波のように山となり押し寄せてくる。

 この波に飲み込まれれば肉は酸で解け、骨も残るまい。

 後、少しで地獄の門は開かれる。

「メーガス、今だ!」

 だが、僕が開かせない。ブレイブの声と共に、僕は詠唱した。

盟約はここに満ちた(パワー装填完了) 我は灼獄の下僕(権限開放) 獄火の主よ(攻撃種別選択) 御業を示し給え!(最大火力放射開始)

 まず衝撃波が血吸兎、及び中型、小型の敵を吹き飛ばした。

 攻撃本体の圧力・温度・密度の全てが巨大すぎて、到達する前に周囲の大気が押し出され、その圧力だけで軽量の敵は転倒した。

 しかし、体を起こす事は二度と無い。

 遅れてやってきた、攻撃本体、真っ直ぐに伸びた、白い柱に焼き尽くされるからだ。

 それは、本来は炎であった。

 しかし、練り上げられ、圧力をかけられ、一点に凝縮された、それは、ある時を境に、揺らぐことがなくなった。

 そして、色は落ちて眩しいほどの白に、温度は極限まで高まり、触れたものを消し炭にする程へと成り果てた。

 切られては再生し、人を蝕む泥蛞蝓は、その白い柱を飲み込もうと立ち向かう。

 ジュッ

 そんな音が聞こえたと思った。その瞬間に、泥蛞蝓の体は焼き尽くされ、蒸発。

 津波のように押し寄せていた大群は炎の海へと青色に変色して崩れ落ち、周囲の木々も燃え上がり、消し炭になって、風に舞い上がる。

 それは一瞬にして大軍を、都市さえも無に還す、一騎当千の魔術であった。

 そして、これこそが、僕を国で一番の黒魔術師と認めさせた、僕が極めた奥義の一つ【灼獄】であった。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 長い放射が止まると、丘を抜けた向こう側、街までの道のりが、舗装された道路のように焼け跡になって広がっていた。

 先程まで鬱蒼と茂っていた木々も、はびこっていたモンスターも見当たらない。

 恐らく、この焼け野が原の道には焦げた匂いが充満しているのだろう。

 しかし僕には、匂いはわからない。

 ツツーと鼻を流れる、生ぬるい感触。鼻血が出たのがわかると、もう鉄の匂いしかしない。

 手の甲で拭うと案の定、赤い血がつく。服に落ちる前で良かった。

 この大技を使うと、必ず疲れから出てしまう。一日に二度は使えない。

 良くて、モンクのように気絶、最悪血管が切れて死んでもおかしくない。

 敵が視界から消えて、ドッと疲れが襲ってきて、よろける。

 頭の奥がドクドク言って疲れた……しばらく休みたい。

 そう思った時だった。

「&'$'$(>+<+P"#!(''&$RG!'&'><?*_}>L#%%<>*{%$#~~」

  テイマーの奇声が上がる。

  目を向けると、何かの託宣を受けたかのように手を合わせて顔を歪めていた。

「マイガー!創魔の種子、再活性開始!想定より早い!パーフェクト再現まで残り1792秒ぉ!」

 その言葉の通り、顔を上げると、焼け焦げた筈の木々がドロドロと臭気を放つ、体液を落としながら、元の形を探るように、形を変えていく。

 そう、無駄なのだ。

 後ろを振り返ると、過去に声を押し殺して通り越した丘の頂上から、どす黒い光が漏れ出ている。

 その中心には、巨大な赤黒い瞳が爛々と輝いて空を見つめているのだろう。

 瞳孔の形をした沼から、数々のモンスターを生み出し続けながら。

 例え、都市を焼き切る程の魔術を持ってしても、モンスターは倒しきれない。

 魔王が世界に巻き散らかした、創魔の種子から無限に生まれ、捕食し、死んで、再生し続けるからだ。

 そして、その種子の一つ一つを取り除くほど、世界に力の余剰はない。

 その前に、種子にエネルギーを送り込んでいる魔王を倒し、ソレらを枯らす事でしか、世界は救われない。

「間に合うな」

 ブレイブの言葉が、僕らにかけられる。振り向けば、モンクによって修復してもらった手足の動作を確認しながら、まだ動いている方の目で周囲を見渡していた。

 経路の確認をしているのだろう。

 モンクが手を翳して、顔の傷を修復してようやく、濁って今にも落ちそうだった瞳が、元の青色を取り戻す。

「進路に侵入してきた敵を排除しながら、丘の外れまで出る」

 かけられた言葉は確認ではなく、確定事項だった。

 ブレイブは間違わない。

 背後からモンスター達の怒号が響く。腐食した森が、手を引き合うように、僕が開けた道を塞ごうとしていた。

「全員走れ。俺から離れるな」

 先陣を切って、ブレイブが走り出す。僕らは、体に染み付いた反射で付き従う。

 後ろから、段々と迫ってくるモンスター、丘の全てが僕らを襲い、殺そうと猛威を振るう。

 走っても、走っても、なかなか終わりが来ない。

 思わず呼吸の合間に舌打ちが漏れる。

 少しでも離れたら死を意味する行軍、必死で足を動かしているが、明らかに他の四人より僕の方が息の乱れが激しい。

 フィジカルが弱いわけじゃない。ただ小柄で歩幅も小さいから、遅れを取りやすいのだ。悔しい。

 頭いくつか分も下にある、自分の背が憎い

 それでも、体力強化の魔術でもって、ついて行ってるのだ。

 足手まといになどなっていない、なのに。

 走ってブレイブの隣に並ぶと、思わず怒鳴りつけた。

「美しいから追い出すってどういう事だ!?」

 ブレイブは、息一つ乱さずに答える。

「君が魅力的で、他のメンバーとの連携に問題が生じているからだ」

「はぁっ?」

 僕が素っ頓狂な声を上げている間に、左右から耳翼狗(フライングヘル)が飛びかかってくる。

 大きな翼の耳で飛び上がり、食らいついて肉を削ぐ、その魔狗の速度と精度、跳躍力は凄まじい。

 ブレイブは、即座に聖剣を抜いて、開いた狗の口から真っ二つに切り落とす。

 僕は、メイスを振り被ると、開かれた耳翼狗の口に突っ込んで叫んだ。

「み、りょく、てきで、何が悪い!クソッタレ!」

 呪文にもならない、ただの罵詈雑言に魔力を込める。その憎悪のパワーに反応して、耳翼狗の頭が爆ぜて肉片が飛び散った。

 話しの続きをしようと、横を見るが、もうブレイブはいない。

「はっ……はぁっ……ゼッ……」

 走りながら魔術を使ったせいで、体力強化の魔術が解けかけていた。

 遅れをとった足は、集団から離れていきそうになる。

 クソッ走りながら呑気にお喋りなんてするんじゃなかった。

 頃合いを見て、もう一度、体力強化の魔術をかけなおさなければ。

 そう思いながら走っていると、影が近づいてくる。

 目をやると、そこにいたのはモンクだった。

「あ〜メーガス?辛いなら拙者が背中に背負うぞ?」

 ニカッと笑いながら背中を向けてくれるが、さすがに汗だくの背中に密着するのは、ちょっと抵抗がある。

 どう答えるべきか迷ってると、反対側から別の影が挟み込んでくる。

「モンクはさっきまで、倒れてたでしょ!ここはミーの精霊と相乗りしてけばイーね!」

 いつの間にか召喚していた、両耳が車輪になった巨人の頭骨、なんの精霊?魔物?魔神かわからない、に乗ってテイマーが並ぶ。

 いや、乗れたら楽かもしれないが、その乗り物、どこを掴めば良いかわからないし、二人分乗せて大丈夫か?

 魔力が途切れたら、二人で振り落とされないか?

 そんな事を考えていると、更に上から影が落ちてくる。

「私のドラゴンが一番早い!さぁ、メーガス、私のドラゴンに乗りなさい」

 そうは言うものの、ドラグーンを乗せている雌ドラゴンは、なぜか僕に対してあたりがキツイ。

 細めた瞳孔が、今にも噛みつこうとせんばかりに、僕を睨んでいる。

「いや、僕は魔術で身体強化するから、皆気にしないで……」

 どう考えてもハッキリ断っている。僕の言い方が可怪しいのでなければ、誰が聞いてもその筈だ。

 なのに、ソレは今回も始まってしまった。

「オー!インクレディブル色欲筋肉ダルマ!出し抜くスピードナンバーワンね!一番最初に倒れたんだから、大人しくロンリーで走るが良いヨー!」

「なんじゃと、このヒョロ長!お前なんぞ、召喚できなければ、ついてもこれん貧弱のくせに!」

「お二人共邪魔ですよ!メーガスが、私のドラゴンに乗り移れないでしょう?」

 断っているのに、何で乗るていで喧嘩し始めるんだ?これは僕が悪いのか?

 みんな優しくしてくれて嬉しい。僕の人生では、今までありえなかった。

 この格好をして、美しくなるのを楽しむようになってから一変したのだ。

 しかし、それは同時に、ありがた迷惑という概念を僕に初めて認識させもした。

「いや、だから僕は自分で……」

「大体、拙僧はテイマー!貴様のようなやり口は好かん!本を見せるとかなんとか姑息な手を使って、ベタベタと肩に触れて距離が近いんじゃ!」

 モンクは飛び出してきた血吸兎を拳で殴り飛ばしながら、テイマーにメンチを切る。

「はぁ〜パードゥン?それを言うならモンクだって、白魔術を教えるとかってぇメーガスの手をニギニギしてましたガ〜!?」

 テイマーは、更に飛び出してきた耳翼狗に「ヨッ」と額を叩いて、跳ね上げらせると、正体不明の車輪で轢き殺す。

「せ、拙僧のは手だけだ……!そんな、はしたない事は……一番はドラグーンだろう」

「メイビー確かに、後ろに乗せてあげるって、ギュッとハグさせてるもんね〜〜〜!」

「なっ私のは、ドラゴンから落ちたら危ないから不可抗力でしょう!」

 ドラグーンは前方に現れた泥蛞蝓を上空から槍で突いて、脇に投げ飛ばしながら怒鳴る。

「じゃあ拙者も乗せてみろ!一度もドラゴンの後ろになどと誘った事無いくせに、このスケコマシ!」

「ユーだって、背負ってやろうとか言った事ないじゃん。無駄筋肉」

 何だか訳わからない喧嘩に発展して、白熱していく。その間にも、他の敵がワラワラ湧いてくる。

 魔法でふっとばしながら、頭の中のカウント、後652秒。ペースが遅れている。丘を抜けるまで、こんな事で喧嘩している場合じゃないのに!

 そう考えていると、突然、脇から気配もなく何かが入り込んで、胴体が持ち上げられ、体が宙に浮く。

「あがっ」

 混乱して、一瞬メイスを構える。しかし、よく知った感触に動きを止めて、横を見る。

 近くにあったのは、ブレイブの顔だった。

 気がつけば僕は、まるで樽か荷物のように、ブレイブの肩に抱えられていた。

 ブレイブは、僕一人とメイス分の重量など感じてないような、涼しい顔で走りながら、小声で言った。

「こういう事だ、メーガス」

 そうして、後ろでモメていた三人に振り返ると、鋭い眼光で睨み上げる。

「メーガスは俺が抱えていく。君等は45秒の遅れを取り返せ、全力疾走!」

 その言葉に、全員の背筋が伸びて、走る速度が上がる。

 後少しで、丘の出口。それが見えてくる中、ブレイブは言った。

「次の街で抜けてくれ、メーガス。心からお願いする」

 それは、ブレイブとの長い付き合いで僕に言った、数少ないお願いだった。



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