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097 私がわたし

 大きな茶色い猛禽類が空を飛び、それをみたマティナは柵の方へと駆け出す。

そして「おいで」と手を差し出すが、鳥はこちらに見向きもせず飛び去った。


 マティナは、馬車での移動中ルッツさんがやったように、鳥を手に止らせてみたかったのだろう。

でも小鳥ならともかく、そんな大きな鳥は、指どころか、今のマティナでは腕でも支えられないだろう。

むしろ、頭をがっしりと掴まれ、そのまま攫われたって不思議じゃないくらいの大きさの差がある。




 そんな姿に微笑ましく思いながらも、私は背後に迫る人物の魔力に意識を向けていた。

敵意はない。そして、私がどのような能力を持つのか、それも知らぬ人物だ。

だからこそ、私は何も気付かぬふりを続けていた。



「お姉ちゃ……」



 私に振り返り、声をかけようとしたマテイナの表情が曇る。同時に、その人物の影が私に重なった。

ここまで来て、()()()()()()()()()()()()()のだ。階段ですれ違った、あの男に。



「失礼、驚かせてしまいましたね」


「どちら様?」



 振り向いた先には、子ぎれいに身なりを整えた男が、凛とした佇まいで立っていた。

陽の光にその白さを際立たせるワイシャツと、黒のベストが、彼の懐事情と社会的立場の高さを示しているようで、見方によっては嫌味な身なりだろう。


 けれど、私は彼のことを知っているし、その朗らかな営業用の笑顔の裏に、実際は緊張のあまり倒れてしまいそうなことさえも、私には見えているのだ。



「私、商人ギルド所属の、コジモと申します。

 アイドルユニットのプロデューサーをさせていただいておりまして、うちの子たちがあなたたちにお世話になったと聞き、お礼を申し上げたくてやって参りました」


「あら、そうなの。わざわざご丁寧にありがとう。

 でも、私じゃなくて一緒にいた冒険者が助けたのだけどね」


「えぇ、彼らとうちの子たちが親しげにしていたので、この件を聞いたのですよ。

 あなたにだけ何も言わずにというのは、失礼かと思いまして」


「そうだったの」


「この度は、誠にありがとうございました」



 彼は滑らかな動きで深々と頭を下げれば、優雅さを感じさせる所作で立ち直り、再びその営業スマイルを私に向ける。

そして持っていた小さなカバンから、木目の美しい長方形の木の箱を取り出し、私に差し出してきた。



「お礼といってはなんですが、こちらをあなたに……」


「そんな、悪いわ。私は何もしてないもの」


「いえ、あなたが必要と言ってらしたものですよ」


「私が……?」


「はい。どうぞ開けてみてください」



 そっと蓋を開ければ、そこには銀色に光を反射させる、見事なハサミが入っていた。

当然ながら、私は中身を分かっていたのだが……。


 ()()()()()()()、大袈裟すぎる反応だったように思う。普通の人のフリ、うまくできているか心配になってきた。



「もしかして、お願いしていた魔道具のハサミ?」


「はい。そちらを、お礼の品とさせていただけますでしょうか」


「でもそんな……」


「お気になさらず。こう言っては誤解を与えかねませんが、あなた方の助けた彼女らは、私にしてみれば商品なのです。

 商品を守っていただいた方に相応の礼をするのは、商人であれば当然といえますでしょう?」


「人を商品だなんて……」


「ええ、もちろん。彼女らはモノでもなければ、奴隷でもありません。私も人間として見てはいます。

 けれど、商人という立場であれば、商品ということです」


「あぁ……、そういう意味ね」



 少し困った顔で、彼は私に少し焦り気味に言い訳した。

そして同時に、()()()()()()と理解したようだ。




 すっと営業用の笑顔が緩み、私の目をじっと見る。

いまだに理解しても、それでもなお、彼は私を見定めようとしているのだ。



「あの、何か?」


「おっと、失礼しました。あなたが少し……、知り合いに似ていたものですから」


「そうだったの。そんなに似ているのかしら?」


「えぇ、それはもちろん……。瓜二つと言っていいほどに」


「そう……。その方とは、しばらく会えていないの?」


「……。彼女は、亡くなったと聞きました」


「ごめんなさい、そうとは知らずに……」


「いえ、こちらこそ申し訳ない。ただ、どうしても信じられなくて……。

 つい最近話を聞き、詳細もわからないのです。だからまだ実感もなく……」


「あの、そのお知り合いって……」


「婚約者です」



 彼は暗い顔を隠すようにうつむく。

そしてそのまま肩を落とし、力なく私の座るベンチと並ぶ、もう一つのベンチへと腰を下ろした。



「それはお気の毒に……。あの、相手のご家族はなんと?

 ご家族なら詳しい話を知っているのでしょう?」



 彼は言葉の代わりに、ふるふると力なく首を振った。



「魔法での旗通信で一報が入っただけで、おそらく相手方もまだ情報が来ていないと思います」



 旗通信とは、中継局の山ややぐらにて旗を振り、それによって情報をやり取りする方法だ。

大抵は商人が相場を伝えるためのものであり、魔導士が暗号魔法を旗で通信することで、短い文章、せいぜい数十文字程度をやり取りするのがやっとのものだ。

そして、その手間などから重要な情報しか送られることはなく、一般の人々が触れることもない通信方法だ。


 たしかミズキはその様子を、「まるで昔の映画に出てくる電報みたいだ」などと言っていた。

彼らの元いた世界では、もっと大量の情報を瞬時に、あらゆるところに送受信できるらしいが、こちらでは最速の方法がこの程度なので、彼が驚いていたのをよく覚えている。




 つまり、最速ながら手間のかかる方法にも関わらず、私のことは各街の魔導士ギルドに伝達されているわけだ。だからこそ、セルバ村の薬師サルスも、私の事を把握していたのだろう。

しかしそれは、貴族令嬢の死亡というだけでは普通は使われることはない。それ以上の重要なことがあると、暗に示している。


 その「重要なこと」は、おそらくまだ伝わっていないようだけど、それも時間の問題だろう。

もしくは、ギルドが秘匿する方法で、すでに伝えられている可能性も考えられる。

できる限り、私のことがどう伝わっているかを、彼から聞いておくほうが良いだろう。



「旗通信? 聞いた話だと、短い文しか送れないそうね。詳しい話は何も?」


「えぇ。ですので、すぐにでも聞きに行きたいのですが……」


「何か問題でも?」


「今、私はこの街から動けないのです……」



 そうだ、確かアイドルは足止めされていると言っていた。

つまり、足止めされているのは、アイドルの管理をしている彼もまた同じなのだ。



「それはどうして?」


「先程の話とも関わってくるのですが……。

 あなたもご存知の通り、私の管理しているアイドルという存在は、周囲に人だかりを作ってしまうものなのです。

 街を移動するには彼女らの警護、そして実際に販売する、彼女らの歌や姿を写した魔道具の警護も必要なのです。

 それらを冒険者に依頼するにしても、一般的なランクの冒険者では厳しいと、相手方のギルドから言われてしまっているのです」


「そういうこと……。そうね、相手の言い分も分かるわ。

 いくら冒険者ギルドが保険としてお金を取っているといっても、万一の損害を考えると、補償できないような依頼は受けられないわよね。

 それが被害を防げない可能性の高くなる、分不相応なランクの人に依頼するなら、なおさらね……」


「えぇ。魔道具もそれ相応に高価ですし、数も多く商隊も大きくなります。

 最低でもランク35以上が十数人は必要と言われ、相手方に用意できないと断られたのです」


「あの、私は冒険者ギルドのランクについては詳しくないのだけど……」


「それは失礼しました。ランクは最高で50まであるのです。その中で35以上ですからね……。

 一番多いランクが、真ん中の25あたりですので、上位陣が大量に必要、ということです」


「それは厳しいわね……。金銭的にも」


「そこは心配してないですよ。彼女らにそれだけの価値があるのですから、それだけ稼ぐことくらいはできますから」


「……。冒険者ギルドに詳しくないのは自覚していたけれど、商人の金銭感覚も分かってなかったと思い知らされたわ」



 苦笑いする私に、彼も釣られるように笑う。

私が()()()()()()()()()()()()()()今でさえも、質素倹約精神は、いまだに私の中にくすぶり続けている。




「こんな話をしてしまって申し訳ない」


「いえ、いいのよ。聞くくらいなら、私にもできるわ」


「少し、聞いてもらえて気持ちが楽になりました」


「そうね。ある人が言ってたのだけど、上に立つ人は弱音を吐けなくて大変だって。

 だから、あなたも抱え込もうとせずに、話せそうな相手なら話したほうがいいと思うわ。

 もちろん、仕事の上での秘密なんかは、その限りじゃないけれど」


「えぇ、そうですね。……。やっぱりあなたは、どこか彼女に似ています。

 私に大事な事を教えてくれる、そういうところとかが……」


「教えるだなんて……。ただの受け売りよ」


「それでも、ですよ」



 微笑む彼に、私は微笑み返す。

彼はもう疑ってなどいない。けれど、危ないところだった。誰にも、()()()()()()()()は、気付かれてはならないのだから。

次回は12/7(月)更新予定です。

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