096 商人ギルド
「へー、君たちが噂のアイドルってやつ?」
「はいっ! 世界初のアイドルユニットですっ!」
「ほうほう、見てみたいと思ってたんだ〜」
「ルッツさん、知らずにさらってきたのね……」
「うん。なんか困ってたっぽかったからね」
「そうですか……」
呑気にそんなことを言うが、確かに私も彼女たちの姿を見ただけなら、噂のアイドルとは思わないだろう。
今の彼女達は、気配を必死に隠すようにと、グレーの長いマントと、その中に見える服装もまた、地味一辺倒の生成りの服だ。
丸く大きな帽子を深々と被り、顔も見えないようにとこっそり動いていたことを、彼女らの記憶から私は読み取っていた。
けれど、その帽子が脱げてしまって、彼女らは集団に取り囲まれ、そしてバレたからにはと、アイドルとして群衆と接していたようだ。内心ではほとほと困り果てていたようだけれど。
いまだに硬直して動かないキュウさんの代わりに、考えなしの弟を叱るべきかとも考えたが、そんなことをしている場合でもないようだ。
「ともかく、あの人だかりをなんとかしないと。
こっちに来たって気付かれたら面倒なことになるわ」
「そうだねぇ……。どうしよっか?」
「考えてなかったのね……。
はぁ、仕方ないわ。私がなんとかするから、三人は馬車の中へ」
「はいっ! ありがとうございますっ!
ほら、二人ともはやくっ!」
ざわめく視線の先の集団は、どうやらお目当てのアイドルたちがこちらへと来たのを見逃さなかった一人によって、混乱しながらも集団ごとこちらへと移動してくる。
そうなれば取り囲まれ、次に動けなくなるのは私たちだ。
そんな人間の心理を操ることは、幻術士の私にとって最も得意とするところである。
『みなさーん! 今日は集まってくれてありがとー! とっても楽しかったよー!』
その響く声は、頭上、石造りの建物の屋上から響いてくる。
見上げた人々の見るものは、三人のアイドルがキラキラと眩しい笑顔で手を振る姿だ。
先ほどの姿とは違い、三人は眩くきらめく白いフリルに、それぞれのイメージカラーのリボンをあしらった衣装姿。
隠すことなく見せつけるような短いスカートから出る、すらりとした足に男性ファンは釘付けのようだ。
『それじゃ、今日のゲリラライヴはここまでっ! またねっ!!』
その声とともに、屋上の人かげは煙を噴いて消え失せる。後に残されたのは、赤黄青の花びらの雪だ。
忽然と消えたアイドルに群衆はぼうぜんとしながらも、せっかくだからとその花びらを手に入れんと、競うように舞い降りる色とりどりの舞う雪に手を伸ばす。
どうやらそれぞれに推しの色があるらしく、あの色が欲しいと血眼になる様子は、私の相手の想いが見える目には少しばかり疲れを催させた。
「さ、今のうちにギルドへ向かいましょう」
「えぇ。しかし、大胆な魔法を使いましたね」
「あ、キュウさん復帰したのね。あれはそうね、ファンたちの望む、アイドルの最後の挨拶よ」
「あなたにとっては、夢中になっている人ほど操りやすいということですか」
「ひどい言われようね。否定はしないけれど」
こそこそと出発の指示を出すと、同じように小声で皮肉混じりの私の魔法への寸評が入る。
けれど、彼はどうやら、私の魔法に関してはあまり大きな声では言わない方がいいと、理解してくれているようだ。
再びゆっくりと馬車が動き始めると、いまだ花びらを拾い集める群衆を横目に、ハンさんは呆れた様子で言う。
「しっかしアイドルってのは、あんなに必死になるようなもんなのか?」
「どうかしら? 私はあんまり興味がないわ。
けどそうね、もしルッツさんがアイドルだったら、そう考えてみたらどうかしら?」
「ほう……、そうなりゃあいつら全員ぶっ飛ばしてでも……」
「やめなさい。あなたも、ハンに変な想像させるようなこと言わないでください」
「そうね。冗談にならなさそうだし」
クスクスと笑えば、キュウさんも少し顔を綻ばせる。ちゃんと冗談が通じる相手ではあるようだ。
けれど、ハンさんは割と本気だったのか、もしくはアイドル姿のルッツさんを想像したのか、表情が変わることはない。そして当のルッツさんも、話題に登っていても興味がなければどうでも良さそうな顔だ。
まぁ、二人がどんな恐ろしい想像をしていてもかまわないのだけど、私にとっては三人ともが、全員私に思考を読ませないということが、何よりも恐ろしい。
「それはともかく、商人ギルドが見えてきましたよ」
キュウさんの指差す先を見れば、そこには石造りで四階建ての大きな建物が見える。
一部が円柱状になっていて、その部分だけ展望室があるかの如く、五階部分があり、周囲を見渡せるようなガラス張りの構造になっていた。
「ずいぶん立派ね。この街はどこも石造りで立派だけど、木造ばかりのセルバ村とは大違いね」
「商家が多いですからな。倉庫も多く、耐火性を求めれば、石造りになりますな」
ギルド前に止まれば、ハシミさんがマティナの手を引いて馬車から降りてきた。
そして解説が始まる。この人、結構解説好きなようね。
「街の周囲を囲む石壁も倉庫の外壁でしてな、物流を支える施設の一部となっておるのですよ」
「街自体が効率を求めた造りになっているのね」
「それはギルドの建物もですな。ほら、あの展望塔のような場所、あれは業務部長の部屋でしてな。
運河を見渡せるように、ガラス張りになっているのですよ」
「運河を見渡せるように?」
「そう。船の往来数を見て、その日の業務量を測ることができる、そういう意図ですな」
「目的は違えど、火の見櫓のような役割なのね」
「街側に向いてる屋上は入れますのでな、行ってみるとよいですよ」
「……。そうね、そうしましょうか」
思考を読まずともわかるマティナの期待する目に、私はそんな暇はないという言葉を飲み込んだ。
「それじゃ、アイドルの三人はここでお別れだね」
「はいっ! ありがとうございました!」
「そういえば、あなたたちは商人ギルドが関わってるんだったわね」
「そうなんです。なので、ギルドに入っちゃえば、また囲まれるなんてことはないと思います」
「有名人というのも大変ですな……」
「いえいえ! やりたくてやってることなので!
それでは、失礼しますっ!」
ハキハキと、そして晴れ渡った空のように気持ちいい笑顔で言うのは、確かナントカの赤担当のアキィさんだ。
それに続くように他の二人も静かに礼をして、彼女に続いてギルドへと入ろうとする。
けれど一人、青担当のマキィさんはふと振り返り、私の隣に立つハシミさんをじっと見つめる……。
「マキ、どうしたの?」
アキィさんの言葉に、ばっと彼女は駆け寄ってくる。
「あのっ……。えっと……」
彼女はことばを詰まらせる。そして、苦々しい顔で視線をハシミから外し、暗い顔をした。
「ごめんなさい、なんでもないです……」
さっと身を翻し、そして二人の元へと帰ってゆく。
何を言いたかったのか、何を言えなかったのか。そしてその奥にある、根の深い想いさえも、私には見えていた。
「あの子たち、異世界人ね」
けれど私には、ハシミにだけ聞こえるよう小さな声でそう言ってやることが精一杯だ。その先は、彼女の問題だから。
チラリと私を見たハシミもまた、今はそのことを詳しく聞こうとはしなかった。
今はそのときではない。少なくとも、周囲に人が多くいる今は。
「では、一仕事いたしますかな」
まるで何もなかったかのように、ハシミはその言葉とともに、馬車の荷台の荷物を取り出し始める。それはセルバ村からの注文書の束だ。
私とマティナも手伝い、村じゅうから集めた発注書をギルドへと運び入れる。
結局、薬師サルスのものだけでなく、セルバ村全体から必要物資の発注書を私たちは受けたのだった。
それは道中をなんのついでもなく移動するのは無駄だったし、なにより盗賊や魔物の件で、商人達の移動が減っている、セルバ間の伝達の復旧は急務だからだ。
この中には、セルバ村の冒険者支部長アイリーからの魔物討伐のお知らせ、そして警備強化を知らせる書類も含まれていた。これでやっと、彼女の仕事もひと段落ついただろう。
「我々はしばらく仕事がありますので、お二人は少しの間休んでおいてください」
キュウさんはそう言ってギルドの応接室へと入っていった。
彼らもまた、冒険者ギルドの関係者として、そして実際に魔物の討伐依頼を受けたものとして、現状の説明などをしないといけないらしい。
本来なら彼らでなく、セルバ村の冒険者が使いとして来るだけで済む話を、こうして寄り道したことで彼らがする事になったそうだ。
まぁ、それもこれも依頼扱いで報酬が出るし、彼らにとっては、ちょっとした小遣い稼ぎになって良かったのかもしれないけれど。
その上、私も欲しいと思っていた魔道具のハサミも、そういった仕事をしている間に街の魔道具店から取り寄せてくれるらしい。
人の多い街をマティナを連れて歩かなくて済むのだから、私にとっては至れりつくせりだ。
「それじゃ、展望室に行ってみましょうか」
「うんっ!」
展望室を案内する看板に誘われ、私たちはぐるぐると渦を描く螺旋階段を登り始めた。
手を繋ぐ先のマティナは、階段を面倒とも思わず、楽しそうに一段一段跳ねるように登っている。
ぶんぶんとリズムをとる腕が、楽しみだというこの子の気持ちを、見える魔力以上に私に伝えていた。
階段を登る途中、私は一人の男とすれ違う。
その姿を見た時、私の心臓の鼓動は、一瞬止まったかと錯覚した。
けれど何も知らない、何も気づいていないという素振りで、私は小さく会釈をしてすれ違う。相手もまた会釈を返し、ただただすれ違う……。
振り向き私たちを見るその姿に気付かぬよう、私は階段を登り続けた。
「わー! すごーい! みてみてー!」
「ちょっと待ってマティナ、危ないわ」
階段を登り切った先、外の景色の見える小さな丸い窓を見つけたマティナは、私の手を振り解いて駆け寄った。
そして振り返り、手招きしながら弾む声で私を呼ぶのだ。
マティナの身長だと少し背伸びが必要な窓を、しゃがんで一緒に覗けば、青い空の下、浮かぶ雲と競うように白く輝く、石造りの街並みが眼下に広がる。
道を行き交う馬車や人も、輝く活気ある魔力を放ち、この街自体が元気に駆け回る子供のように、活発だと私に印象付けた。
「ねぇねぇ! こっちの扉から屋上に出れるんだって!」
「ふふっ、行きたいのね? いいわ、行きましょう。
ほら、危ないかもしれないから、手を繋ぎましょうね」
「うんっ!」
もう一度てを繋ぎ直し、屋上へと続く扉を開ける。
一歩踏み出せば、川沿いを流れる風がローブの裾をはためかせた。少し強いその風は、マティナの被るフードを脱がせ、その赤く輝く三つ編みの髪をふわりと揺らした。
「マティナ、寒くない?」
「大丈夫!」
「そう。少し座りましょうか」
屋上は、その外周に沿うように木製の手すりが設けられ、そのさらに内側に、座ることができるように、同じくベンチが設けられていた。
座ってゆっくりと街並みを見渡せるようにという配慮だろう。
足をぶらぶらさせながら座り、街並みを眺めたり、浮かぶ雲を見上げるマティナは、飽きることなど知らなさそうだ。
こうやってずっと優しい時が流れ続ければ、そう願いながら、私は楽しげな妹を見つめていた。
そんな私の想いを砕くように、厄介ごとというのは向こうからやって来るものだ。
そっと開けられた扉から、私はその人物の魔力を読み取っていた。
次回は12/4(金)更新予定です。




