087 治療と魔法
サルスのいう外の騒ぎ、それはこの村へと魔物の大群が押し寄せてきた事件だ。
けれどそれは、冒険者たちの活躍によって退けられ、今回の襲撃も村は彼らによって守られた。
だが、それは完全無傷の勝利とはいかないのが、世の常である。
私はサルスに渡された、体力増強剤と銘打った薬を何本か持ち、軽症者を担当していた。
しかしその薬は、実際には高濃度魔力水であり、魔力の効能によって傷の治りを早めるものだ。
治ると願えば、治る。それは魔術師の、炎が出ると願えば、炎を出せるのと同じ現象といえる。
魔力の消耗で、その過程がうまく働かない者に対して、私の目でもって診ることで対処しろというのが、サルスの言葉にしなかった真意である。
といっても、軽症者にそのような治療は必要なく、止血の処置や、骨折した者には当て木と包帯で固定してやるなど、いたって一般的な対処だけで十分であった。
担当していた人たちの手当を終え、私は他に手伝えることがないかと、あたりを見回していた。
その時、幸運にも無傷で帰ってきた冒険者たちがしていた話を、私の耳は捉えたのだ。
「アイツも運がないな。去年結婚したばかりで、もうすぐ子供も生まれるらしいじゃないか。
これから踏ん張りどころって時に、利き腕をやられるとは……」
「しかし、あの神官も言ってたが、命が助かっただけマシな状況だったらしい。
むしろ、運が良かった方なんじゃないか?」
「そうかもしれんが……」
「ちょっといいかしら。その人、どういう状況なの?」
「んあ? あ、お前は熊の魔道士様じゃねえか」
「熊の……、まぁいいわ。その人、腕をやられたの?」
「ああ、獣型の魔物に噛まれてな。食いちぎられたわけじゃないが、動かないそうだ」
「……。私の担当してた人は手当てが終わったから、その人の所へ案内してもらえるかしら」
「治療ならもう終わってるぞ?」
「一応、診ておきたいの。何か手伝えるかもしれないから」
「そうか、ありがとな。こっちだ」
二人の冒険者に連れられ、患者の元へと向かう。
そこには、右腕を包帯でグルグル巻きにされた、まだ若い男が一人、ベッドに寝かされていた。
幸いなことに、話通り腕は付いていた。けれど、そこから彼の魔力は滲まない。
まさに物理的に付いているだけの、人形の腕のようなものだった。
私の目は包帯をとる必要はない。その上からも、処置をしたハシミの魔力の痕跡から、どのような状態であるかを事細かに、そして術者の意図まで読み取れるのだ。
縫合はされており、消毒、止血も問題ない。
それでもなお、それは形だけを留めたに過ぎず、このままでは二度と自らの意思で動かすことは叶わないだろう。
私はまず、弱り切っている彼の魔力の回復を促すため、小さな瓶に入ったサルスの薬を差し出した。
「これを飲んで」
「なんだ? 薬か? なら他の奴に回してくれ」
「飲みなさい。これは命令よ」
「あ? なんだって俺に……」
なかなか受け取ろうとしない彼に、無理やり蓋を開けて口の中に流し込んでやった。
突然の事に驚きながらも、彼はその無色透明の液体をごくりと飲み込んだ。
「もったいねぇ、他に使う奴いなかったのか?
いや、いなくたって次のために置いておけば……」
「今、あなたに必要よ。あなた、重症じゃない」
「あん? 俺はもう神官の手当てを受けたんだ。今更なんだっていうんだ」
「それで、治りそうなのかしら?」
「あ?」
明らかに不機嫌そうに唸る男。それもそうだろう、彼が一番よくわかっているのだ、このままその腕が使い物にならないことは。
「治るのか聞いてるの」
「うるせぇな。腕一本で村を守れたんだ、上出来じゃねぇか」
「まるで消耗品みたいに言うのね」
「だからどうした。幸いなことに左手は無事だ。まだ剣は握れる……」
「バカね」
「あ!? んだよ、さっきから! 文句あんのかよ!?」
「バカにバカって言って、何が悪いの?」
「喧嘩売ってんのか!? 左でだってお前を殴るくらいはできんだぞ!?」
私の言葉に、彼の魔力は怒気と共に熱く流れ出す。
重症を負ったとは思えぬ怒声に、周囲の目がこちらに向く事を感じた。
これだけ叫べるのだから、薬の効果は十分。そして魔力量も、流れも滞りなく十分回復しているようだ。
ここまで来たのなら、あとはその怒気と共にあふれ出た魔力の流れを操るだけ。
それは、幻術士である私が最も得意とすることであり、私の役目だ。
「それで治るのならどうぞ。けれど、そうじゃないでしょう?
あなたの手は、剣を握るためだけのものじゃない」
「あ!? お前に何が分かるってんだ!?」
「あなたの手は、大切な家族を守るため、そして抱きしめるためにあるのよ。
今守っただけじゃ足りないの。これからもずっと、守り続けないといけないのよ。
もうすぐお子さんが生まれるそうね。大切なわが子を、両手で抱きしめてあげなさい」
私の言葉に、彼は言葉を詰まらせる。
彼が利き腕を諦めている原因、それはこの手を代償に村を守ったという誇りだ。
けれど、それだけではダメなのだと、彼に自覚させなければならない。
これから先の未来も、その手で守り、逃がさぬよう掴み続けなければならないのだ。
「……。だからって、神官も匙を投げたんだ。今さらどうなるってんだ……」
「私ならできるわ」
「あ? お前は魔導士だろ? 治療は専門外だろうが」
「魔導士というのは、奇跡を魅せるものよ。治療さえも、魔法と同じ。
魔法は、イメージを具現化するもの。強く念じなさい。未来のあなたを。
その手で、愛する家族を抱きしめるイメージを……」
「イメージ……」
「そうね、息子さんだったら、一緒にキャッチボールしてあげなさい。
娘さんなら、おままごとに付き合ってあげなさい。
そして、あなたの手で抱きしめて、たくさん撫でてあげなさい」
「俺が……、父親になるのか……。ははっ、今まで言われてきたのに、全然実感なかったな」
「きっと、みんなそういうものよ。なって初めて気づくの。そして、失って初めて気づくの。
だから、今あるものを護らないといけないの。だから、簡単にあきらめてはいけないの」
「そう……、だな……。俺が護らねえといけねぇんだよな……」
「ええ。ほら、治ると信じて。あなたの精いっぱいの力を込めて……」
「あぁ……」
家族と迎えたい未来を想像し、彼の魔力は光を増す。
その流れは、諦めという絶望を超え、生気の失った右手へと流れ込む。
そして、破壊しつくされたその腕を、元ある姿へと変質させてゆく……。
「あ、言い忘れてたけど、死ぬほど痛いから覚悟してね」
「はっ!? うっ……、うがぁぁぁっぁぁ!!」
言葉にならない声をあげ、のたうち回る男。
その様子に、集まっていた視線もまた、騒々しく混乱へと陥る。
そんな中、私を彼の元へ連れてきた男は慌てながらも、的確に動こうとしていた。
「待ってろ! 今鎮痛剤をもらってくる!」
「無駄よ。これは、今まで無意識に抑え込んでいた傷の痛み。諦めたからこそ逃れられていた苦痛よ。
この痛みを乗り越えられないなら、再び腕が動くことはないわ」
「だからってお前……。せめて冷やしてやるとか、そういうのは……」
「気休めにはなるかもしれないわね。濡れたタオルを持ってきてくれるかしら?」
腕を抑え、のたうち回る男の傷口を、包帯を外して冷やしてやると、少しは落ち着いたようだ。
そして憎々し気に私を睨みながらも、男は絶え絶えの様子で言葉を発する。
「てめぇ……、そういう事は先に言え……」
「先に言っても、後に言っても結果は同じよ? 決断を鈍らせるだけだわ。
それに、この程度まだ序章よ。この先、元通りになるには、苦しいリハビリが必要だもの」
「くそっ……」
「けれど、乗り越えれば、また前のように動かせるわ。私が保証する」
「くっ……、本当だろうな……?」
「本当ですよ」
私たちの会話に割って入る人物がいた。サルスだ。
口調こそ見た目に合わせて変えているが、その纏う魔力も、長く揺れる金色のツインテールも、少し前に話をしていた様子と、何も変わりはしなかった。
「サルスさん……」
「私の所で薬を出しますから、ちゃんと動くようになるまで頑張りましょうね」
「けど、俺にはそんな金なんて……」
「なに言ってるんですか、ギルドから保険金が出ますよ。
治療なら全額負担してもらえますからね。安心してくださいね」
「そうか……、良かった……」
痛みも落ち着き、そして今後の見通しも立ったためか、安心して男は意識を手放した。
ぐったりとする男の額に滲む脂汗を拭いてやりながら、サルスは私に言うのだ。
「うん、やっぱり君には治癒魔法の才能があるみたいだね。手伝いを頼んで正解だったよ」
「私の力じゃないわ。それは、本人が望んだからに過ぎないわ」
「絶望に沈み、希望を見失った者を導く。十分すぎる才能だと私は思うけれどね」
「そう。せっかく褒めてもらえたのだから、もう少しお手伝いさせてもらおうかしら。
他に私の手を必要としている人はいないかしら?」
周囲を見渡せば、皆一様に黙ったままふるふると首を振るだけだった。
それは、彼ほどの重症者が居ないという意思表示でもあったが、それ以上に、先ほどの治療を受けたいと思う者などいないという、恐怖心の方が先に立つ反応だった。
「残念、もう私を必要な人はいないようね」
いじめる相手が居ない事を残念に思うようなそぶりは、完治を諦めようとする者へのけん制だ。
私は大げさに肩をすくめ、宿に戻とうかと準備をするのだった。
次回更新は11/2(月)の予定です。




