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084 決闘

 観客の声援の中、私は会場へと入る。そこは普段訓練場として使われているであろう場所だ。

隅においやられた、剣の訓練用人形や、トレーニング用の器具がそれを示している。


 地面は砂岩のタイルが敷き詰められており、耐火性のある素材から、魔法の訓練もできるように設計されている事が分かる。

周囲は私の出てきた、石造りのギルドの建物。そしてその他三辺も、石造りの塀で囲まれており、普段は中が見えないながらも、付近を通れば訓練する音だけが聞こえてくるだろう。

そしてその壁には、今はハシミの魔力を感じさせる、結界が張り巡らされていた。


「やあやあ。全力で行くから、よろしくね」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いするわ。ルッツさん。

 それにしても、全力でやるとはいえ、ハシミさんは大袈裟な対策をしたようね」

「ふふっ、このくらいで抑えられると思ってるのかな?

 君の熊ゴーレムは、あの銀狼を倒すほどの強さらしいじゃないか」

「抑えつけただけで、倒してはいないのだけど……」

「大差ないさ。それを考えれば、この程度じゃ足りないくらいじゃないかな?」

「過大評価ね」

「謙遜するねぇ……」


 握手しながら話す私達に向かい、キュウさんが近寄ってくる。

観客に向かって、私達二人の紹介をした後、彼はルールを説明した。


「今回、魔導士と冒険者の戦いということで、いくつかの戦う上での条件を決めておきます。

 まずひとつ、魔導士本人への攻撃は禁止。そして魔導士側は、冒険者への直接の魔法攻撃を禁止します」


 その条件に、観客からはどうやって決着つけるんだと疑問の声が上がる。

それも当然だろう、互いに攻撃せず、決闘が成立するはずがないのだから。

その疑問には、私が答えることにした。


「つまり私は、ゴーレムを使って戦えばいいのね?」

「はい。ゴーレムを当人と見立てて、擬似的に冒険者同士の戦いと同じ条件にします」

「ということは、私は一体しか出せないのかしら?」

「え……、何体も出すつもりだったんですか?」

「あら、私が一体しか出せないと、いつ言ったかしら?」


 その言葉に、再び会場内はざわめき立つ。

そのざわめきは、大量のゴーレム対ルッツという未来を予感させ、大きな期待という魔力をこの場に充満させた。これこそが、私の幻術の力へと変わるのだ。


「ルッツ、どうしますか?」

「何体でもどうぞ。数撃ちゃ当たるなんて考えが、バカのやることだって教えてあげるよ」

「あらあら、挑発? ずいぶん余裕なようね。

 数で負けることが、どれだけ不利かも分からないような、新人冒険者だったのかしら?」


 互いに挑発しあう私達に、観客からは「やっちまえ」などと、ヤジにも似た歓声が上がる。

やれやれといった様子で、審判のキュウさんは額に手をやるのだった。




「では、ゴーレムの数は問いません。勝敗は、どちらかが負けを認めるまで。

 あくまで試合ですので、二人とも無理はしないように……、といっても無駄でしょうけども」


 ため息混じりのキュウさんは、私達を定位置につかせ間に立つ。

そして凛と澄んだ声で、「はじめ」と開始を宣言した。


「まずはお試しということで、こんなのはどうかしら?」


 私は観客の一人から発せられる、木製の熊ゴーレムのイメージをたぐりよせ、訓練人形へと纏わせる。

木でできた人形はぐにゃりとその姿を変え、蔓を体に纏わせた、緑の熊型ゴーレムへと変化する。

そしてゆっくりとした足どりで、ルッツさんの前へとやってきた。


「へぇ、お試しなんて、ナメられたもんだね。所詮は練習用の人形じゃないか!」


 ゆっくりと張り上げられた拳を避けることもなく、彼はその熊の肩に太刀を滑らせ、腕を吹き飛ばす。

周囲の人々にはそう見えただろう。けれど、次の瞬間、木製のゴーレムはまるでサイコロのように、細かく、規則正しい大きさ、形にカットされていた。


「は……? 一太刀で細切れに!?」

「いや、見えないだけで何度も切ったんだろうが……」


 観客は目の前で起こったにも関わらず、不可解な挙動をするそれに、理解が追いついていないようだ。

口々に驚きと、そして状況を理解した者からは歓声があがる。


「さっすがルッツさんだ! それでこそ冒険者代表よ!」

「そのまんま魔法より剣の方が強いってとこ、証明して下さいよ!」


 彼ら冒険者にとって、この試合は魔法と剣、どちらが強いかの戦いになっているようだ。

当然ながら、私は応援されていない。どんな魔法が見られるかの期待はあっても、冒険者の方が優秀だと彼らは示して欲しいのだ。




「そうよね、このくらいじゃ驚いてもくれないわね。それじゃ、数を増やしましょうか」


 言葉と共に、さらに観客たちの魔力をたぐりよせる。

けれど、一人の魔力を使ってしまうと、場合によっては魔力を使い果たし、周囲の魔力に対抗できなくなり、最悪の場合命の危険もある。

だから一人に偏らないよう、ひとつひとつは弱くなってしまうものの、小さな熊ゴーレムを複数作り上げた。それでも人間ほどの大きさはあるのだけど。


「おー、わらわらと……。でもさっ! 弱すぎるんじゃないっ!? それに遅いっ!!」


 囲まれ、袋叩きにされそうになっても、彼の余裕は変わらない。

熊型からイメージされるがゆえの、重いがゆっくりとした攻撃など、通用するはずもないのだ。

彼にとってそれらは、変化する前の的でしかない人形と同じだ。いとも簡単に角材へと変えられてゆく。




 どれだけ攻撃力が高くとも、避けられてしまえば意味がない。

せめてもっと素早く動けなければ、彼のスピードにはついていけないだろう。ならば私は、もっと素早いイメージを観客に植え付けなければならない。

私は漂う観客たちの魔力に直接乗せるように、言葉を紡いでゆく。それはまさに、魔術師が魔法を具現化するために、詠唱を行うのと同じように。


「あらあら、熊じゃ追いつけないようね……。

 ところで、私のこのゴーレム達、ベアトラップって言うのだけど、ご存知かしら?」

「ベアトラップ? それって熊捕り用の罠じゃ……」


 その言葉と同時に、彼の足を捉えようとガシャンという音と共に、岩でできた()()()()()()()()()が発動する。

けれど、それすらも彼はすんでの所で感知し、逃げ延びる。これにはさすがだと感嘆するしかない。

だが、まだ勝負を投げるつもりはないし、手札が無くなったわけでもない。私は続けた。


「そうよ。そして、ベアトラップは別の呼び名があるのよね」

「…………」


 彼は答えない。答えれば、さらに不利な魔法が発動すると気付いたのだ。

私の魔法が、相手のイメージからもたらされるものだと聞いているかどうかは知らないが、さっき起きた事象からそれを類推したのだとすれば、彼はかなりの切れ者だろう。

私はさらに強く、深く、魔力に言葉を乗せた。


「あら? この辺りじゃ、別名を使わないのかしら?」

「トラバサミ……」


 その問いに、観客の一人でしかなかったハシミが、ボソりと答えた。それを私の魔力を読む目は、逃しはしない。

その瞬間、大地から湧き出るように、何体もの岩製の虎が姿を現し、沈黙に沈む相手を取り囲む。


「ちょっ!? ハシミのじっちゃん裏切ったな!?」

「一方的な試合など、見ていても面白くありませんからな」

「くそーー!!」


 囲まれた虎に飛び掛かられ、防戦一方になりながらも、彼はまだそんな風に喋れるほどに余裕がある。

虎をいなしつつ、熊を切り分けつつ、そして本物のベアトラップにはかからないよう、まるで踊るようなステップで避け続ける。

その姿に、観客たちは彼が負けてしまうのではないかと、ハラハラヒヤヒヤしながら、声援を送り続けた。


「あらあら、試合前のあの意気込みはどこへやら……。冒険者ってこんなものなのかしら?」

「っ……! ナメられたもんだねっ!!」


 どうせ彼はまだ本気じゃない。それを分かっているからこそ、私は挑発してやった。

彼はそんな安い言葉に真意を読み取ったのか、売り言葉に買い言葉といった様子で、怒りを込めたフリをし、その手に持つ剣を大きくブンッと振り切る。

その軌跡からは、まるで風魔法を使ったかのように、周囲に冷たい風を巻き起こす。

その後に残ったのは、砕かれた虎と熊のゴーレムの残骸だけだった。




 ルッツさんの見せるスゴ技に、会場の熱気は最高潮に達しようとしていた。

それはつまり、感情によって変動する魔力量もまた、膨大なものになる事を意味している。


「へっ、どんなもんよ?」

「なかなかの腕前ね。けれど、お互いまだ本気じゃないでしょう?」

「よくわかってんじゃん」

「でも、そろそろ終わりにしましょうか。ダラダラやったって仕方ないでしょう?」

「へぇ、やっと本気を見せる気になったってことかな?」

「えぇ、観客の方たちも盛り上がってきたようだしね」


 すっと足元を確認すれば、滑らかな砂岩のタイルは、激しい戦闘を経てもその形を保ったままだった。

状況を見極め、使えるものを使う。それは魔術も、幻術も、冒険者であったとしても、立ち回る上で重要な要素であることは変わらない。けれど、幻術はまた、違った姿を魅せる事こそが重要だ。


「それじゃ、私の最大限の力、見せてあげるわ。出てきなさい! ダイヤモンドベア!」


 全ての観客がその言葉を聞き取れるよう、私が高らかに宣言すれば、その呼びかけに応えるよう、大地からは、光球魔法の光を煌めく反射に変える、高さ5メートルほどの透明な熊が現れた。


「はぁっ!? ダイヤモンドベア!?」

「そうよ。誰もが羨む輝き。素晴らしいと思わない? そして、その特徴は見た目だけじゃない。

 最も硬く、最も強い宝石だということは、当然ご存知よね?」


 これが今出せる、最大のゴーレム。観客の熱気混ざる魔力とはいえ、これ以上のものは誰かを犠牲にしなければ創り出せないだろう。

つまりこの熊が倒れる時、それは私の負けを意味する。


「……。さっきまでのと違って、叩き切るのは無理ってワケね」

「試してみる? といっても、この子を倒さなければあなたの負けなのだけど」


 ドシンという足音と共に、その巨体は彼の前へと踏み出す。

そして相手を見下ろし、ゆっくりとその拳を振り上げた。


「……、予定変更。やってやろうじゃん!!」


 言葉と共に彼の持つ剣は、白く輝きだした。

次回は10/23(金)更新予定です。

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