083 二年の歳月を超えて
空が次第に朱色へとその姿を変える頃、私は妹のマティナを引き連れ、冒険者ギルドの扉を開けた。
カランカランと来客を知らせるベルは、二年前と変わらない。けれど、そこで待っていた人物は、当時とは違った顔ぶれだった。
「いらっしゃい。アンタがウワサの魔導士様だね?」
「あなたは……」
「あぁ、自己紹介しないとね。冒険者ギルドセルバ村支部、支部長のアイリーだ」
そう朗らかに自己紹介したのは、前にこの村で見た支部長とは違う人物だった。
けれど私は、彼女に見覚えがある。それは、ポールと初めて出会った宿場町の冒険者ギルド、その受付をしていた元女冒険者だった。
そして彼女は、私に気付く事は無い。なぜなら私は、ずっと変装魔法を使っているのだから。
相手の思う私を映し、記憶させる。それは相手の望むものを見せる、幻術士特有の魔法だ。
「どうも初めまして。私はノッテ。こっちは妹のマティナ。
ごめんなさい、女性だったので少し驚いてしまって」
「だろうね、大抵のヤツはそういう反応するもんさ。マティナちゃんも、こんなオバさんでびっくりしたかい?」
「…………」
マティナは私の後ろに隠れながらも、フルフルと首を振った。
それは否定の意味でもあるが、同時に近づいて欲しくないという意味でもある。
それはこの子が、自らの危険性を自覚しているからである。
「この子は少し、人見知りなの。それに、オバさんだなんてとんでもないわ。
美人の支部長さんなら、冒険者たちの士気も上がるってもんでしょう?」
「もうっ! 美人で聡明な支部長だなんてっ! 魔導士様は口達者だねぇ!」
「…………」
そこまで言ってないと指摘するのも野暮というもの。このくらいの調子の良さが、冒険者共をまとめるにも必要なのだろう。
それに、彼女が必死に何かを隠そうとするからこそ、こんな風に舞い上がるとでもいうか、変な雰囲気になっているのだ。嘘を付けないタイプの人なのだろう。
何を隠しているかは……、おそらくキュウさんの仕業だろうけれど、うまく読み取れないでいた。
そんなふうに探りを入れていれば、噂のキュウさんたちが、私達の入ってきた扉と逆の扉から姿を現す。
「お疲れ様です。準備に少々手間取ってしまい、こんな時間になってしまいました」
「いえ、約束通り魔力の浄化もしていただいたようで、助かります」
「では、こちらへ。中庭の訓練場をお借りして、会場とさせていただいております」
「はい。ではアイリーさん、失礼しますね」
「あいよ。お嬢ちゃん、頑張りなよ!」
ニコニコとして、支部長のアイリーは送り出してくれる。
私がキュウさんの入ってきた扉から、中庭へと出ようとした時、外へと繋がる扉がバンッと開かれ、来客を告げるベルがガラガラと騒がしく鳴り響いた。
そこに居た人物に、私は見覚えがある。二年という時を経て、少し背も伸び、一歩大人へと近づいたルイの姿が、そこにはあった。その脇には黒く美しい毛並みをなびかせる、ヴェルデの姿も。
「ただいま戻りましたっ! 試合始まってますかっ!?」
「ちょっとルイ! アンタ扉を壊す気かい!?」
「すっ、すみません! でも、なんかすごい試合があるって聞いて、飛んできたんです!」
「あぁ、それならそこの魔導士さんの事だよ。今から会場入りさ」
「よかった……。間に合った……」
汗をぬぐい、肩で息をするルイは、どうやら相当急いでここへ来たようだ。
そして私を見るなり近づいてきて、声を掛ける。もちろん彼も私に気付いていないはずだけど……。
「あのっ、門番さんがすごい魔導士さんの試合があるって言ってたんで、見たいって思ってたんです!」
「あぁ……、そうなの。期待に添えるかは分からないけど、頑張るわ。
ところで、私ってそんなに噂になっているのかしら……?」
「はいっ! だって、あのハンさん達が一目置いてるって……」
「ちょっとルイ! いい加減にしな! 今からやりあおうってヤツに詰め寄ってんじゃないよっ!」
「あっ、ごめんなさい。ついはしゃいじゃって……」
コロコロ変わるルイの表情は、二年前に見たあの影のある少年の姿とは似ても似つかなかった。
今はただ、過去と向き合いながらも、進むべき未来を見通している。そんな想いが、魔力から読み取れた。
「いいのよ。それにしても、支部長さんとお知り合いなのかしら?
冒険者にしては若すぎると思うのだけど……」
「あぁ、その子はウチで預かっててね。今はまだ冒険者見習いってところさ。
今日は近場で薬草採取を任せてたんだ。もちろん監督責任者を付けてね。
にしても、指導させてるヤツが見当たらないのはどういう事か……」
アイリーさんが言い終わる前に、ルイの開け放った扉に人影が落ちる。
そこに居たのは、過去には盗賊をしていた、あのマモンだった。
「悪いな。オッサンは若いモンの素早さには付いていけねぇんだよ」
「ったく、この程度でヘバってんじゃないよ! さ、アンタも試合見たいってんなら、今日の成果出しな」
「……。いや、俺は遠慮させてもらうさ」
マモンはチラりと私を見て、小さくつぶやく。その魔力からは、若い女に対する警戒心……、というよりも、恐怖心が現れていた。
どうやら彼にとっては、二年前の事があったせいで、私だと分からなくとも、私と同じくらいの女性に対して、ひどいトラウマとなっているようだ。
「じゃ、アタシの代わりにカウンターに立ってくれるかい?
せっかくなんでね、アタシも噂の熊ゴーレムを見たいんだよ」
「はいはい、仰せのままに」
適当な返事と共に、アイリーさんはカウンター業務を引き継ぐと、私達の元へとやって来る。
そして清々したと言わんばかりの満面の笑みで、マティナの頭を撫でながら、私に言うのだ。
「ルッツはね、ああ見えてかなり強い。本気でやんないと、承知しないかんね?」
「えぇ、もちろん。甘く見てなんていないわ。やるからには本気で、それが先生の教えでもあるもの」
そう、実戦部隊での先生であるナガノさん、彼はいつだってそう言っていた。
そんなすでに懐かしさを覚えるような、彼の顔を思い出しながら、私は中庭へと続く扉をくぐった。
そこにあったのは、だだっ広い空き地。綺麗に整備され、草一本も生えていない地面は、光球魔法によって明るく照らされていた。
そしてその周囲を囲むように、台座が用意され、そこには見物客がざっと見渡すだけで、百人ほど集まっている。
私の登場にワーワーと歓声をあげながら、試合の開始を今か今かと待ちわびているようだった。
「あの……、どうしてこんなに人が……」
「当然サ! こんな辺鄙な村で楽しみと言ったら、冒険者同士の腕比べくらいなもんだからね!」
「えぇ……」
「しかも相手は魔導士、珍しいモンが見れると、皆仕事ほっぽり出して困ったくらいサ!」
「門番の人も、くじで外れて悔しがってましたよ」
アイリーとルイは、私がなし崩し的に受けた試合が、この村の娯楽とされている事を説明してくれた。
まさかこんな事になるなんて……。安易に挑戦なんて受けなければよかったかもしれない。
若干の後悔をかみしめる私に、キュウさんは小声で一言告げる。
「それに、あなたの能力的に見物人が多い方が有利でしょう?」
「……。そうですけど、それじゃ対等にならないんじゃ……」
「人の多さ、それが強さに繋がる事もまた、あなたの能力の一部でしょう?」
「そうですが……」
どうやらこれも、彼らの計画の内らしい。
ルイが門番から私の話を聞いたという時点で、おかしいとは思っていたのだけど……。
次回は10/19(月)更新予定です。




