070 旅の記憶[16]
ルイとヴェルデの過去が語られた食卓には、重い沈黙が流れていた。
ミズキさえも彼らの居た堪れなさに、言葉を選べずにいたのだ。
こういう時は別の話に切り替えてしまうに限る。
「ごちそうさま。片付けは私たちでやっておくから、サルスさんはどうぞ休んでて」
「気を使わんでよいぞ。ワシがやっておくで」
「そういうわけにはいかないわ。美味しい料理を作ってもらったんだもの、このくらいさせてちょうだい」
「そうか? では甘えさせてもらおうかのう」
私は食器を集め、流し台へと向かった。その様子にどうすればいいのか困ったミズキは、ひょこひょこと鴨の雛のようについてくる。
「私が洗うから、あなたは拭いてくれるかしら?」
「りょーかい」
片付けといってもメニューがパンとシチューだったので、器と皿が一枚ずつだ。
水桶から柄杓で水を掬い、藁のたわしで洗うだけだからさした作業ではない。
ただ全て木製だから、しっかり水気を拭かないと曲がってしまうのだ。
日常生活で魔法を使えるくらい魔力が溢れている人なら風魔法で乾かすだろうが、あいにく私はそういうわけにいかない。なので二人で分担だ。
「あのさ、さっきの話……」
「盗賊退治するとか言わないわよね?」
「先に言わないでよ」
「考えてる事なんてお見通しよ」
「ダメな理由あんの?」
「冒険者ギルドの仕事よ」
「縦割行政かな?」
「まぁそんなもんね」
面倒だし触れないけれど、縦割行政というもののイメージがしっくりきたし肯定だけでいい。
互いに必要な時は協力するが、基本的にはお互い不干渉でいるのが三大ギルド暗黙の了解だ。
「でもそうね、他の事ならしてもいいんじゃないかしら?」
「他の事?」
拭き終わった食器を棚に戻しながら、私は使っていた木のスプーンを二つ手に持つ。
「木刀への変化のイメージ、してもらえるかしら?」
「え? うん、やってみる」
ミズキから緑の魔力が注がれ、手に馴染む大きさのスプーンは人の背丈ほどある木刀のイメージを纏う。さすがに大きすぎるわ。調整効かなさすぎよ……。
そのイメージを操り、全長1メートルちょっとのイメージに縮小して実体化させれば、スプーンは艶めく木刀へと変化した。
「あれ? もっとこう、エクストラ★ガリバー的なのイメージしたんだけど」
「エクなんとかって何よ……」
「色々配慮してパチモン臭のする名前考えてみた」
「……そう。まぁ、これで戦うつもりじゃないからこのくらいで十分よ」
「え?」
まだ彼はピンときていないようだ。その方が私としては都合が良いのだけど。
「実戦部隊隊長のナガノさんは知ってるわよね?」
「もちろん」
「彼って身体強化できるのよ」
「それも知ってる」
「私もできたら、ナガノさんに勝てたかもしれないわね」
「え? マジ? あの人めちゃくちゃ強いけど……」
「それじゃ、行きましょうか」
「行くってどこに?」
戸惑うミズキをよそに私は進む。廊下を渡り店を通り過ぎ、外へ続く扉を開けた。
そこには夕暮れに見たのと同じく、木の棒を振るうルイの姿があった。
「相手、してあげるわ」
私は二本ある木刀のうち、一本を彼の前へと放り投げて言い放つ。
「……なに?」
「人間相手にした事ないんでしょ? 相手してあげるって言ってんの」
「お姉さん戦えんの?」
「試せばわかるんじゃない? それとも怖いの?」
高圧的な態度に苛立ったルイは私を睨みつける。
そして足元に落ちた木刀を拾い上げ、怒りの色を滲ませ叫ぶ。
「ガキだと思って舐めんじゃねぇ!!」
一直線にこちらへ一太刀入れようと振りかぶり、走り寄る。
しかしそれはまだ7歳の子という事を指しい引いても、あまりに単調なものだ。同年代の他の子と遊び、その中で喧嘩した事がある子ならば、そのような直線的な動きでは避けられる、もしくは受け止められると経験し、無意識に工夫を凝らすだろう。
きっとこの子は、街から街へ点々とする行商一家という環境のせいで友人らしい友人も居らず、そして唯一関りのあった人達を家族と共に失ったのだ。そんな寂しささえ感じるほどの太刀筋だった。
だからこそ私が受け止めてやらなければならない。その寂しさも、虚しさも、そして憎しみさえも。
「ガキだとは思ってないけど、これじゃお遊戯ね」
「うるせぇ!」
カンッという乾いた音と共にその太刀を私の元スプーンで受け止めれば、ギリギリと力を加え押し切ろうとする。けれど男の子とは言え幼い子の力などたかが知れている。
それに今は、ミズキによるイメージで強化されているのだ。ナガノさんにも引けを取らないという私のイメージは、身体強化魔法と呼べるまでに至っていなくとも、身体能力を強化するのに役立っている。
そのための大法螺だったし、何よりルイのための嘘だ。
この子相手だと避けた方が危ない。そのまま壁に突撃し、怪我を負わせてしまうかもしれないのだから。
「ほら、その程度? 私も倒せないようじゃ、敵討ちは夢のまた夢ね」
「うるさい! うるさいうるさい!!」
押さえつけるのをやめ、振りかぶり木刀を叩きつける。けれどその太刀筋など、思考を読むまでもない。どれだけやったって、私の木の棒で防がれカンカンと音を鳴らす楽器にしかならない。
その打撃さえ、全力で何度も打ち込めば次第に弱々しくなってゆく。それも当然だ、毎日休みもせず訓練していれば、疲労が溜まるだけで効率的に強くなれるわけではない。
昼も夜も棒を振り続けたルイは、私とやりあう前からすでに疲労困憊だったのだ。
「肩透かしもいいとこね」
「なっ……」
ばっと防御に徹していた棒を振り上げれば、その幼い手からは彼の木刀がすっぽ抜け、虚しく放物線を描いて地に落ちる。
手ぶらになったルイは、それでも私を睨み続けていた。
「あら、降参? よかったねこれが本番じゃなくて。突っ立ってたら殺されるのよ?」
「うるっ……さいっ!!」
ばっと振り返り落ちている木刀へと駆け寄るルイ。しかしそれも本番なら死を招く行為だ。敵に背を向けるなど、攻撃してくださいと言っているようなものなのだから。
けれど今はその必要はない。これは彼に対人戦の厳しさを教えるためのものなのだから。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
見た目に似つかわしくない怒号と共に再び走り来るルイ。今回も同じだ、どうやったってその直線的な動きは見切られるし、避ける事も受け止める事も容易にできる。
けれどそれ以外がある事もまた、彼は知っておかねばならない。
私は避ける事も受け止める事もせず、思い切り地面を蹴り上げた。
それは相手を蹴るためではない。蹴り上げれば石畳で舗装されていない除草されただけの土の地面からは土ぼこりが舞い上がる。それをもろに受けたルイは、視界を奪われるほどの埃ではないが、目に入った事で目を瞑り、そして無様に足を絡ませ地へと伏せた。
「人間を相手にするっていうのはこういう事よ」
「クソッ……、クソッ!!」
悔しさのあまり地面を殴りつけるルイ。その手からは、じわりと血がにじんでいる事を私の良すぎる目には見えていた。
「ミズキ、手当と目を洗って、部屋へ運んでちょうだい」
「あぁ、わかったよ。それにしても容赦ないね……」
「何とでも言えばいいわ」
ミズキはルイを背負い家へと入ってゆく。子守犬のヴェルデは私をちらりとひと睨みし、その後を追った。
次回は7/6(月)更新予定です。




