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059 旅の記憶[5]

「うおぉぉぉぉぉ!!」


 わかりやすいというか、わざとらしい唸り声で迫り来る男。その拳はまっすぐに私の顔を狙っている。

けれどそれには実戦部隊隊長、ナガノさんのような“圧”も無ければ、教育係の白虎ソーン先生のように速さもありはしない。そして何より、私には良すぎる目があるのだ。


 愚かなほどに真っすぐ進む拳、それはそのまま私を狙っているように見えるだろう。しかしそれが彼の()()だ。

防ぐ、もしくは受け流す、どちらの行動に出ようとも直前で動きを変え、死角から私の脇腹に向かって手刀、それもかなり手加減したものを打ち込む……。そういう算段である。


 もし私がただの魔術師であり、そのような作戦を読めないでいたのならば、例え実戦部隊所属の者であっても十分に勝機はあっただろう。けれど私にはその流れるような動きが、まるで何度も練習しリハーサルを終えた演劇のように、空間に描かれているのだ。

迫り来る巨体が動きを変える瞬間、一歩二歩三歩とワルツのステップのごとくリズムを取れば、男の目には忽然と私が消えたように映るだろう。


「なっ!?」

「あら? 背中がガラ空きよ?」


 つつつっと優しく背中を指でなぞってやれば、男は「ひゃんっ」と情けない子犬のような鳴き声を上げる。それには周囲も苦笑いで、その様子に気付いた男は焦りながらばっと振り向いた。


「まっ……! 待て!! 今のはっ……」

「今のは何かしら?」

「いっ、今のは油断しただけだっ!!」

「フン! 冥府の番人の前でも同じ言い訳すんのかいっ!?」


 あまりに情けない言葉に受付からヤジが飛ぶ。もちろん男は何の反論もできようがない。もしこれが()()であったなら、今頃魚の干物のように背開きにされているのだから。

だが実際に油断し、依頼にきたまだ若い女相手に手加減くらいはしてやろうとしたのも事実であり、まるで先ほどの無様な姿が実力だとされるのが不満な男も引き下がれはしない。


「ババア! もう一戦っ……!」


 タンッ! という音と共にその言葉は遮られた。それは男の後方に掛けられていた他の冒険者のものであろう、革製の防具にナイフが刺さった音だ。私達のやり取りを遠巻きに見ていただけの持ち主は、ちょうど心臓の所へと刺さったナイフに「俺の胸当てがぁ……」と情けない声を上げている。

そして先ほどの失言を放った男は呆然と立ち尽くし、その頬には一本、赤い線が刻まれていた。


「あんだって? トシとると耳が遠くなってねぇ……」


 カウンターから流れだした、全ての者が言葉を失う怒気と共に発せられた言葉は、一帯を冷たい沈黙の底へと沈める。それに対する返答はただ、ふるふると首を振る行動でしか示す事はできないものだった。

この支所におけるもっとも強い者、それは今一度確認するまでもないだろう。


「カッコ悪いトコ見せてすまないね。ウチの一番でもこのザマさ。

 アンタの求めるようなのは居ないし、アタシに気分よく仕事させてくれる気もないやつらばかりさ」

「いえ、彼で十分よ。余計な事を言う口は縫い付けてしまった方が良いかもしれないけれどね」

「ふふっ、口も腕も立つとはなかなか面白い子だネェ。けどさ、コイツらはやめておきな。

 元々この辺は魔物が多い地域なんでね、盗賊なんかの人間を相手にした経験がないのばっかりさ。

 いや、むしろ人間を相手にしたくないからここにいると言ってもいいくらいさ」


 説明の通り、森に隔てられた向こう側は魔導士ギルドのある場所。そして魔族の住む地である。それは

森を超えた魔族の襲来の危険性と、濃い魔力の影響から魔物の発生が多い場所という事だ。そのため普通ならば盗賊にとっても根城にするには危険であり、冒険者も対魔物に特化した者ばかりという事に繋がる。


 魔王不在期間であってもその傾向は変わらない。だからこそ仕事であっても人間を相手に戦いたくない冒険者にとっては、危険度が高くなろうともこの一帯は()()()()()()()なのだ。

だから人間に対して甘くなる。私を相手に手加減しようとしたあの男のように。


「そんな事ないわ。人が良すぎるのは考え物だけど、彼は冒険者としては優秀よ」

「ほう……。何がそんなに気に入ったんだい?」

「背中よ。あんなに傷だらけなのに、背中に傷はなかったわ。

 それは今まで一度だって、敵に背を向けて逃げなかった証でしょう?

 そしてその背を預けられ、守り抜いた頼れる仲間が居る証」

「ふふっ……、アハハハハハ!」


 彼女は豪快に笑い声をあげる。そしてむせ返るほどにひとしきり笑った後、指で涙をぬぐいながら続けた。


「まったく、魔導士ギルドの連中ってのはホント怖い奴らだねぇ!

 背中なでてやったのもそれを確かめるためかい!?」

「さぁ? どうでしょうね」

「あははは、ホント食えない子だ! いいよ、好きなのいくらでももってきな!」


 まるでたたき売りのごとく言うが、野菜かなにかじゃないのだからそんな適当な扱いはやめてあげて欲しい。というか選ぶこちらからしても、一応でもいいから彼女のその見極められる目で、ある程度選別してほしいものだ。


 だが私以上に彼女の言葉に焦ったのが、頬に新たな傷を増やしたあの男だった。


「おっ、おい! お前ら魔導士ギルドの奴らなのか!?」

「そうさ。だからアンタじゃ敵わないって言ったのさ。だいたい今さら気づいたのかい?

 どうせ胸ばっか見て、マントの留め具に気付かなかったんだろう?」

「うっ……」


 そう、彼女が私達をただ者じゃないと理解していた理由、それは私達の姿に会った。

一見すれば黒のマントを羽織ったただの旅人に見える服装だ。けれどその金色の留め具には、魔導士ギルドのシンボルであるフクロウが刻まれている。


 もし彼女がそれに気づいていなかったなら、私たちが「冒険者ギルドのメンツを潰さないためにこの話を持ってきた」などという考えには至らなかっただろう。そうなればこのような最高の状態での交渉は望めなかった。元女冒険者相手では交渉は不利だと思っていたが、結局は女冒険者であるかどうかなどではなく、彼女の優秀さに助けられたのだ。


「こっ、これは失礼させていただきました。魔導士ギルドの方でしたら、ぜひにでもご一緒させられたく……」

「無理しなくていいわ。こちらこそ試すようなことしてごめんなさい。あなたならぜひ護衛をお願いしたいわ」


 めちゃくちゃな言葉遣いに苦笑いしそうになりながら、ぐっとこらえてそういう私に、受付からは心配げな声が上がる。


「いいのかい? こんなんで。そりゃ逃げないから壁くらいにはなるだろうけどねぇ……」

「えぇ。時間さえ稼いでもらえるなら、こちらも対処のしようがありますから」

「そうかい。ま、こっちとしても魔法があれば大体なんとかなるからね。安心して送り出せるさ。

 じゃ、一応形だけになるけど契約の方を……」


 こうして話がまとまるか、そう思えたその時だった。


「その話、ちょっと待ったーーー!!」


 バンッ! という音と共に、ギルドの扉を勢いよく開ける者が居た。それに驚いた部屋の中の者全員の視線が一気にそちらへと向かう。

といっても、私はずっとその男がこちらの様子を窺っている事には気づいていたのだけど。

次回は5/29(金)更新予定です。



以下雑記というかおしらせ?



タイトル変えてみました。変えてみたというかサブタイトル付けました。

三章からは旅の話だしね、こんな感じで合ってる……よね?

……。また変えるかもしれないし、サブタイトルだけ消すかもしれない。

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