058 旅の記憶[4]
元冒険者の受付、それだけならうまく事を運ぶ自信はある。ちょっとばかり下心のある力自慢の男を見繕ってもらうだけでいいのだ。そのせいで万一の事態があったとして、私なら事前に察知して対策を取る事もできるのだから。
けれど相手は元女冒険者。そのあたりも考慮して、安心安全な冒険者を寄越すだろう。そうなると値下げ交渉や、依頼した冒険者に問題があったとして損害賠償という回収方法も取れない。まぁ、さすがにそこまでする気はないけれど。
とはいっても、ギルドにとってしてみれば問題が起きないようにするのは当然だし、なによりそんな事があれば冒険者自身がギルドからの追放処分の可能性だってある。だからさすがに手を出してくる事なんて無いと思う。どちらかというとこれは私の偏見というか、もはや妄想の類だ。
だが値下げ交渉はしておきたい。本来ならば付けなくてもいい護衛なのだから。
私のようなのが来たことを珍しがる彼女に向かい、まずは軽く様子見させてもらおう。
「あら、若くて美人の受付嬢の方が珍しくないかしら?」
「やだねぇ、若くて美人なんてサ! そこまで言うと逆に嫌味よ?」
口ではそういうが、笑みはヒマワリのごとく本物へと変わっていた。
リップサービスで相手の機嫌を取るのは基本だが、それで交渉がうまくいくと思ってるほど私は世間知らずではない。
「嫌味なんてとんでもない、本心よ。でもそれ以上に元女剣士というのは珍しいわね」
「へぇ……」
私の言葉に真意を理解したのか、笑いの中にも値踏みをするような視線を交える。
相手の情報を読み取るだけの経験はある、こんな所に何も知らず乗り込んでくるただの世間知らずの女ではない、そう思わせるだけでいい。それだけで半端者を寄越す事も、吹っかけた料金を要求する事も難しくなるのだ。
「で、今日は何の用だい?」
「護衛を頼めるかしら? セルバ村まで馬車を出してもらうのに必要だって言われてね。
この支所で一番腕の立つ人をお願いするわ」
「なるほど、盗賊避けね。まさか討伐しようなんて考えてんじゃないね?」
「そうね、それもいいかもしれないわね。冒険者ギルドじゃ盗賊退治はしてくれないようだし」
「フン、まるでアンタたちならやれるって言いたげだね」
「あら? そのつもりで言ったのだけど?」
少しの沈黙が二人を隔てる。それは互いに見極めるための間。
冒険者が弱いから盗賊を放置していると責めるような口ぶりだが、もちろん私は依頼が無いと動けないというギルドの立場を分かっている。そして私が分かっているという事を、彼女もまた分かっている。
けれどここで私に言いたい放題されれば、ギルドとしての面目が潰されてしまう。かといって依頼を受けず放り出せば、冒険者不在で盗賊の討伐をされてしまう。彼女は私達がそれだけの力を持っている事を理解しているからこそ、無碍にあしらう事もできないのだ。
こちらの事情が分かっていれば、冒険者が居ないと馬車が出せないのだから突っぱねれば終わる話だ。けれど賢明な彼女だからこそ、それは建前であって勝手に討伐してギルドのメンツを潰さないように話を持ってきたという可能性を考えている。
あらゆる想定しうる状況を考え、選ぶべき結論を思案するが、至る結論は一つだろう。私達からの護衛依頼という名目で盗賊退治を行う。そして私達の力を借りる前提で、依頼料を安くする。
安全性とギルドへの金銭的・名声的、そして何より人的損失を抑えるなら、このラインが適切と考えるだろう。
あとはその答えを聞くだけだ。しかしその沈黙を破ったのは、外野だった。
「おいおい嬢ちゃん、あんまり冒険者をナメてもらっちゃ困るぜ?」
言葉と共に私の元へとやってきたのは、先ほど私の事を……、正確に言えば私の胸元を値踏みした男たちの一人だった。他の男よりがっちりとした体つきでボウズ頭。袖のない服から見える太い腕にも、顔にもいくつもの死線をくぐった証である傷があり、この中では一番強いであろう風格がある。
ただその表情は私の暴言に怒りを覚えたというものではなく、捨てられた子猫がニャーニャー鳴いているのを見るような、哀れみを持ったものだ。世間を知らぬ小娘が盗賊にいいようにされる事を哀れんでいるのと共に、少しばかり業界のルールを教えてやろうといった様子だ。
「そんなに腕に自信があるなら見せてもらおうじゃねぇか。ソコのボウズが盗賊とやりあうつもりか?」
言うからには力を示すのが、冒険者という者達のやり方なのだろう。力なきものが生き残れる世界ではないのだから当然だ。
しかし受付の元女剣士にしてみれば、それはばからしい事のようだ。
「やめときな。アンタが敵う相手じゃないよ」
「いえ、彼の言う通りよ。それに依頼するのだから、私達より強くないと依頼料の払い損よ」
「言ってくれるじゃねぇか……。おいボウズ! 外出ろや!」
「えっ? 僕ですか?」
言われた通り口を挟まないでいたミズキだったが、突然の事に慌てて……はいないようだ。心底めんどくさいというオーラを出している。というか「僕」だなんて、猫かぶりモードに入っているようだ。
まぁもちろん彼に戦闘させる気なんてないのだけど。一帯が荒野になる事も、可哀想な冒険者が爆散する所も見たくないもの。
「その必要はないわ、ここで十分。それに相手するのは私よ?」
「はぁ!? 嬢ちゃん何考えてんだ!?」
「別に力を示すだけなら本気で決闘する必要ないじゃない。
もしその手に短剣を持っていたら、そういう想定で相手の体に触れるだけ。それでも力量差は測れるでしょう?」
「なるほどな、俺を鈍足だと踏んで有利な条件で進めようってワケか。いいぜ、それでやってやろうじゃねぇか」
意外なまでに聞き分けが良いが、もとよりこちらをバカにしてきたわけでもなく、怒りに身を任せているわけでもないのだ。まさに子猫と猫じゃらしで遊んでやる感覚、その程度だからこそ彼は条件を飲んだわけだ。
「怪我させる気はねぇが、少しばかり痛い目みてもらうぜ?」
「御託はいいのよ。さっさと来なさい」
「先手を譲ってくれるってか? それじゃ、遠慮なくいくぜっ!!」
言葉と共に男は踏み込み一気に間合いを詰めてくる。その手は固く握りしめられており、身体に触れるだけでいいというのに殴るつもり満々のようだ。まぁそれも私を怯ませるための作戦なのだけど。
次回は5/25(月)更新の予定です。




