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052 不幸の種

 死の砂漠に落ちた種。鳥たちは育つことは叶わぬ者を遠目に見つめ、彼女を運んでしまった風は再び空へと舞い上げようと吹きすさぶ。けれどそれは叶わず、焼き付けんと注ぐ日差しと大地に染みついた呪いによって息絶えようとしていた。


 広大で何もない砂の世界を見つめ、ただ自身の運の無さを嘆きながらも最期を迎えようとしていた一粒の種。しかし命の存在を許さぬ地に、何の因果か一人の男がやってきたのだ。それが後に彼女が父と慕う人物であった。


 荷物のひとつも持たず、馬やラクダを連れるわけでもない。もちろんこの砂漠に命あるものが長く留まれるはずもないのだから当然と言えよう。それは彼自身にも当てはまる事のはずであった。

大きな布で体を覆うような恰好は砂の侵入や風を防ぐのに適しており、砂漠を旅する姿に見えなくもない。しかし、それにしても軽装すぎる彼の様子は違和感をもたらした。


 ただの植物の種である彼女は、その姿を見るはずもない幻覚かと思い、お迎えが来たのだと悟った。

だが、そうではなかったのだ。しおれゆく種を愛おしむように、彼は膝をつきそれを拾い上げた。


「まさかこんな所にまで種を飛ばすとは、植物とは強いものだ……。

 しかしそれも根付かねば意味のない事。ここではそれも叶うまい。

 本来ならば肥沃な土地へと流すべきを、思惑とは狂ってしまったのだろう」


 彼は誰かに語り掛けるようだった。けれど人間が植物と心を通じ合わせる事などありはしない。

ただ興味を示し、現状を確認するように独り言を呟いただけだろう。彼女はそう考えた。


「さて、このままでは君は呪いの染みこむ砂にうずもれ果てるだろう。

 もし生きたいと望むのであれば、少しばかり僕の手伝いをしてはくれないか?」


 しかし、続く言葉は明確に種に対しての問いかけであった。

困惑し、戸惑い沈黙する。それもそのはず、その時はただの植物の種子でしかなかったのだから。

けれどその誘いに乗らないという選択肢は彼女になかった。


「私にできる事でしたら、なんだってします」

「そうかい。それじゃあ契約成立だ。では少しばかり厳しいこの環境で生きていけるように、()()()()()僕の魔力を分け与えるとしよう」


 言葉と共に彼の手のひらに乗せられた小さな種には、膨大な魔力が注ぎ込まれた。

この瞬間、ただの名もなき種は精霊メシアに生まれ変わったのだ。


「とりあえずこれで生きていく分には十分だろう」

「ありがとうございます。でも……」


 世界の摂理、それは魔力さえあれば水を生み出す事も、必要な栄養素を作り出す事もできる。ならば膨大な魔力さえ有していれば、たとえ不毛の砂漠であっても生き延びる事は不可能ではない。

だが、この地はただの砂漠ではない。多くの死を吸いつくし、さらに命を刈り取らんとする呪われた地である。それに対抗し続けるならば、遅かれ早かれいずれ魔力が底を尽きるのは明白であった。


「この地で生きていくのは不可能。そう言いたいんだね?」

「はい……」

「なら君が変えればいい。僕はその役目を君に託したいと思っているんだ」

「変える? この地をですか?」

「そう。この砂漠は二つの勢力を隔てる壁としては優秀だけど、いつまでも不毛の地では困るんでね。

 君が彼らの壁となり、そしてこの地を繁栄させて欲しいのだよ」

「私が……ですか? そんな事できるんでしょうか……」

「そのためにもう一つ、君に能力ちからを与えよう」



 ◆ ◇ ◆ 



 そうして与えられたのが「狂わせる力」なのだという。それはあらゆるものの方向性を狂わせる能力。「巡行」を「逆行」に変え、「行き」を「帰り」に変える。それはこの森が「迷わずの森」である理由。

別の見方をするならば、「出口」を「入口」に変え、出られなくすることも可能。出ることの叶わぬ「迷いの森」というのもまた、彼女の能力なのだ。


 しかし彼女の“お父様”が与えたのはそのような理由からではなかった。

その能力の目的、それは「死の呪い」を「生の祝福」に変える事。「砂漠」を「森」へと変質させる事である。こうして二つの勢力を隔てる「死の砂漠」という壁は、「立ち入れぬ森」となったのだ。

役目を与えられた彼女は、その時からずっとこうしてこの地を治めていた。再び二つの勢力が交わらぬようにと……。けれど今ではその分かつべき者たちの存在自体が変容していたのだ。


「ま、帝国なんてとうの昔に滅んじゃってるのよね。でも考えようによっては、帝国のおかげで連合国になったのだから、団結するにはいい相手だったわね。もし今でも各国がバラバラだったら、魔族相手にすでに滅んでいたんじゃないかしら?」

「そうでしょうな。それにこの森のおかげで人々は直接魔族の侵攻を受けずに済んでるわけですから、今の安定した世界はメシア様と、そのお父様が築かれたと言っても過言ではございませんな」

「あらハシミ、分かってるじゃない! もっとお父様を褒め称えてもいいのよ?」


 精霊メシアは、自身の功績を褒められるよりも嬉しそうだ。しかし今の話からすれば、実際の父親という訳ではなく助けてくれた恩人というか、どちらかといえば育ての親のような存在だ。

けれど、ただの植物の種が精霊という上位のものに変化したのだから、父として敬うのも納得である。


 しかしハシミは先ほどの暗い雰囲気とは打って変わって、精霊の話に興味深々な様子だ。むしろそう振る舞う事によって、無理に気持ちを切り替えようとしているようにも見える。

ただ、その事によってメシアの話が止まらなくなってしまう方が私は心配なのだが……。


「メシア様、よろしければ先ほどの話を書き記させていただいてもよろしいでしょうか」

「あらあら、こんなに熱心に聞いてくれる人なんて久しぶりだわ! ぜひともお願いしようかしら!

 お父様の逸話は全人類……いえ、全生命に知らしめるべきよ!」


 ……心配は現実となった。元はといえば、私が話題を振ってしまったのが原因であるのだが、それでもまさかこんな長丁場になるとは思っていなかったのだ。


 そんなため息をぐっとこらえる私をよそに、いそいそとハシミは持っていたカバンから紙と筆記具を取り出し机に広げ、そしてメシアもまた、長丁場を想定してか供物に持ってきたものを全て仕舞った上で、飲み物の入ったカップを用意していた。


 なんでもありな彼女が用意するというのは、わざわざ自身で準備するというものではない。ただそこに初めからあったように、気づいた時には存在したのだ。精霊の力の無駄遣いだと思う。

そしてハシミもハシミで、なんのためらいもなく紙、おそらく魔力を感じないため無力紙だと思われるものを出すのだから、それは相当懐に余裕があるか、もしくは先ほどの話がそれほど重要だと判断したかのどちらかだろう。


 しかし考えてみればハシミは元神官なのだから、こうして精霊の口から過去を語られるというのはまたとない機会であり、喜ぶのも無理はないのかもしれない。

私にとっては、ただ興味をそそられない話を「右耳から入れてそのまま左耳に受け流すような作業」だったのだけれども。

次回は5/1(金)更新予定です。



以下雑記



なんやかんやでメシアとハシミが意気投合……という訳ではないんじゃないかな。

お喋り大好きな精霊なのに一人森暮らしの精霊が今までの分発散してるだけカモ。

多分森の動物たちは同じ話を延々と聞かされてウンザリしてるんでしょうけどね。


今回もちょっと短いかなーって思ったけど、前までこの程度で収めてたんだよなー。

油断すると長々と書いてしまうのも考え物だけど……。

うーん、どの程度の文字数がいいんでしょうね?

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