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049 依頼と精霊

 半分に切られた縦割りの丸太のテーブルと切り株の椅子。そこに掛ければどこからともなく伸びてきた木の枝が、その先につけた果物を目の前にそっと落とす。

桃やイチジク、バナナなどが並べられ、それらはよく熟しているのか甘い香りを放ち、手にとれと私に語りかけるようだ。


「さぁどうぞ。足りなかったら用意させるから言ってね?」

「あ、ありがとうございます……。でも……」


 精霊メシアは嬉しそうな満面の笑みだ。それは私の話を楽しそうに聞き出すロベイアを思い出す。

だが久々の客人に喜ぶ風とは少し違うようだ。なぜなら、隣に目をやればあまりの冷遇っぷりに縮こまるハシミの姿がそこにはあったからだ。

彼は神官の経験が活かされると思っていただろうに、まさかの塩対応に困惑というか、ある種の虚無感すら漂わせている。

 そんな彼の姿を見てふと思い出した。まんまと精霊のペースに乗せられていたが、私たちがここに来たのはこうして精霊と世間話をするためではないと。


「あぁ……、そっちね。まぁあなたの分を分け与えるのは止めないわ。渡されたものをどう使うかは自由だもの」

「ええと、それもそれなんですけど、まずは私たちがここに来た目的を先に済ましてもらった方がいいかと思いまして……」

「そうね。といっても私は全部知ってるのだけどね。

 ま、お父様も建前というか、格好だけでも筋は通す人だし、私が好きにするのも良くないわね」

「お父様……?」

「ふふっ、それはまた今度。さて、さっさと済ませてもらえるかしら?」


 彼女はハシミの方へと向き直り、雰囲気を変える。すっと冷気が吹き込んだような感覚。すこし寒気がするようなシンとした空気を纏う。先ほどまでの風に乗せた木々のざわめきも、鳥の鳴く声もぴたりと止み、静寂だけが場を支配した。

これが精霊の力……。この森は彼女の考えひとつで変容する……いえ、この森自体が彼女自身なのかもしれない。


「恐れながら精霊メシア様、わたくしどもはこの森の付近に住む人々に依頼され、時折出現する魔物の討伐にやってまいりました」


 ハシミは人々とだけ言い、村の名前は出さなかった。それは名を出せば精霊の怒りがそちらに向かい、最悪の場合村ごと消滅させられる可能性を考えての事だ。

とは言っても相手は精霊、彼女が本気を出せば村単位なんてことはなく、人類全てを滅する事も可能だろう。

不興を買わないよう、そしてそれがどこか一点に向かわぬよう言葉を選びながら彼は続ける。


「森の恵みを享受する者は皆、精霊メシア様への感謝を忘れてはございません。

 そしてどういった魔物であっても、森に棲む者に手を出す事が許されぬ事だとも心得ております。

 しかしながら旅の者が襲われ、人々は魔物の脅威に不安を募らせております。

 そのため私どもはこの森に幾度となく訪れ、本日彼女を襲おうとしている魔物を討伐するにいたりました」


 私への説明と同じことを精霊に言った事から嘘はついていないと考えていいだろう。元より私は他人の嘘を見抜けるためその心配はしていなかったが、精霊を相手にして嘘で騙そうとすればただでは済まない。その点から、少なくとも彼らにとっては嘘ではないのだ。だが精霊の反応はいまひとつだ。


「旅人が襲われた……ねえ……」


 怪訝な目と言おうか、卑しい者を見るような視線。しかしそこには軽蔑とは別の、ほんの少しではあるが哀れみを感じさせる色を放っていた。彼女にとって先ほどの話は少し違うのだ。そして私にとっても。


「いいわ、続けて」

「……はい。彼らからの日頃の感謝の気持ち、そして今回の件へのお詫びの印といたしまして、供物をお持ち致しました。

 精霊メシア様、どうか今回の愚行、平に、平にご容赦いただきますようお願いいたします。

 そしてこれまでと同じように人々に加護をお与え下さるようどうかお願いいたします」


 ハシミとキュウは一度立ち上がり、そして膝をつき深々と頭を下げる。彼らは依頼されただけに過ぎず、しかしそれでもここまでしているのだ。依頼内容にどこまであったかは知らないが、彼らが依頼を受けたからにはそれを全うしようとする責任感のある者なのは魔力を読むまでもない。


 そして付いてきてしまっただけの私であるが、そのような彼らを放っておく訳にもいかず、同じようにしようと立ち上がった瞬間彼女に止められた。


「あなたはいいわ。それよりもあの子……銀狼に襲われたというのは本当なのね?」

「はい……。私が森に入ってしまったので、追われる事になりました……」

「そう……。わかりました、本来であれば禁忌を犯した者は罰せねばなりません。

 しかし今回は不問といたしましょう。ただし……」


 今回は不問、そう聞いた瞬間にハシミからは心底ほっとしたという魔力が放たれたが、続きがある事に再びその空気は凍結し、そして全身から冷や汗をかいているであろう色を放つ。


「今後同じような事があった時、その時も助かるとはゆめゆめ思わぬ事……。

 そしてあなたたちはこの子、ノッテちゃんの手助けをしてあげなさい」

「えっ……? でも私は彼らに助けられて……」

「いえ、その原因を作ったのはウチの子だもの。その分お詫びをしなきゃ釣り合わないわ。

 だけど私はここから離れる事は叶わない。だから彼らに任せるわ」

「ですがそれも私が森に入ってしまったからで……」

「ふふっ、忘れたのかしら? ここは別名“迷わずの森”よ?」

「あっ……」


 そうだ、私がこの森に入れた時点で彼女が受け入れたという事なのだ。私が森に入った事がすべての原因であるならば、それを受け入れた精霊にも責任があると彼女は考えている。

そしてどうやら彼女は私を贔屓してくれている。だからこそそ(・)れ(・)っ(・)ぽ(・)い(・)理(・)由(・)で、彼らに私の事を頼んだのだろう。


「良いですね?」

「かしこまりました。必ずや精霊様の御意向に沿えるよう善処いたします」

「メシアさん、ハシミさん、そしてキュウさん、ありがとうございます」

「んー、でもずっと面倒みさせる訳にもいかないわねぇ……。

 一応期限付きって事にしましょう。ハシミ、手を出しなさい」

「はっ、はい」


 今まで“それ”扱いだったのに急に名を呼ばれ、焦りながらもハシミは右手を差し出す。そして触れはしないがハシミの手首の上に手のひらをかざす精霊。そうすればほのかに光が二人の手をつなぐように溢れ出したかと思うと、ハシミの手首には深い緑色の蔦の腕輪が巻かれていた。


「期限はこの輪が切れた時まで、以降は別の道を歩む事。これを条件としましょう」

「以降は別の道を……?」

「えぇ。彼女だっていつまでもあなたたちに付きまとわれるのは嫌でしょう。だからその後は分かれる事。いいわね?」

「かしこまりました」


 やはり精霊メシアにとって彼らは、私を任せるくらいだから信用はできるようだが、感情的には好きになれない相手なのだろう。話を聞く限り、事情があったとは言え毎日家の前をうろうろされたようなものなのだから、それも仕方ないのかもしれない。


 報告がひと段落し、ハシミも一息つく。そんな時キュウは静かに、そして臆することなく言葉を発する。


「精霊メシア様、お持ちした供物をこちらに出させていただいてよろしいでしょうか」

「あぁ、そんな話もしてたわね。ま、私は欲しいものなんてないのだけど、突き返すわけにもいかないね。どうぞ出してちょうだい」

「はい、では失礼します」


 すっと取り出されたのは、狼の毛束を一緒に入れたあの高級そうな布の包みだ。手のひらサイズの長方形で、山吹色が鮮やかな包みの中からは毛束の他に札が何枚か出される。

その札は魔物を運ぶのに剣士ハンが使った収納札であり、キュウの呪文と共に中に収納されていた物品がテーブルの上へと展開された。


 それらは見るからに高級そうな、細かい細工の施された貴金属の調度品やアクセサリーだったり、手間暇かけて作られた加工食品であったり様々だが、どれもこれもが作った人物の魔力が仄かに残っているほどに丹精込めて作られた逸品である事が見て取れた。


 そうでなくとも品物として一級品で、貴族の家系出身である私ですら見た事ないものも多くある。

もちろん父が派手好きではなく、領地があまり肥沃な土地でもなかったことも影響し、質素な生活を良しとしていた事も多いに関係しているとは思う。

それでもだ、それでもこれだけの品を集めたのはひとえに精霊への畏怖の念から来るものだ。


 おそらくこれらを選んだものはかなり熟考したであろう。加工食品は精霊にとって森の恵を渡されても意味がないと考えての事だろうし、木工製品が無いのも品物を選んだ者がそのあたりの都合を考慮したのだろう。


 それが人間とは価値観を異にする精霊に望まれるかはまた別の話だが……。


「……。精霊って別に食事を取らなくても平気なのよね。それに着飾ったって仕方ないし……」


 撃沈、その言葉を聞いただけであればそう思うだろう。しかし実際は違う。

ちらちらと見ているのだ。欲に駆られていると思われたくないのか、視線をそらしても供物の一部に彼女の視線は幾度となく向かう。それは私が彼女の魔力から思考を読むまでもなく、何(・)か(・)が気になる事を物語っている。

なぜだろう、そんな彼女は精霊のはずなのにどこか人間臭いというか、一時期体型を気にして食事を我慢しているロベイアの姿を思い起こさせた。


「メシアさん、何か気になるものがあるんですか?」

「えっ!? そんな事ないよっ!? なっ、何言ってるの!?」

「あの、精霊の威厳とか気にされてるのかもしれませんが、これは日ごろの感謝の印でもあるそうですし、今後の参考にするためにも気に入ったものがあれば言ってあげた方が選んでくれた人も、作ってくれた人も喜ぶと思いますよ」

「……」


 少し思い悩み、そして心底恥ずかしそうにうつむき気味に彼女は小さくつぶやいた。


「……チョコレート」

「……?」

「チョコレートが気になるの!」

次回更新は4/25(土)の予定です。



以下雑記



メシアさんのダイエット奮闘記……ではないです。

次回はなんでチョコレートが気になったのかの話から色々脱線します。

ストーリーの方向性はぶん投げるもの!!いつもどおりや。

あ、そうそう。ご祝儀袋を包む布は袱紗って言うらしいです。

俺もググるまで知らなかったので本文には単語として出てきませんでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] チョコレートが気になるの! ではーとを打ち抜かれました。 くっ、新手のツンデレか……!! やだもうかわいい。
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