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005 黒き竜

 私は馬車の急停車で目を覚ました。外は皆が混乱した様子で、ガヤガヤと何やら騒がしい。眠い目をこすりながら目を開けたはずだったが、目の前は闇に閉ざされたままだった。何が起こっているか分からない私は、黒くぼやけた視界を正すようにこめかみをぐりぐりと押さえ目を凝らす。

すると宵闇に紛れるような景色に、馬車の内装がうっすらと映る。父は扉を開け、外を確認している所だった。


「ねぇ、何が起きたの? どうして暗いの?」


 私の問いに、父からは焦りの色が出る。何かおかしな事でも言っただろうか?


「ご安心ください、少し強い魔物が出たので対処している所です。皆優秀ですから、何も心配いりませんよ」


 眠りに落ちる前と同じく、私の質問に嫌な顔せず答える彼。しかしその言葉と裏腹に、父の焦りの色は徐々に濃くなってゆく。まるで何かを確認する事に怯えている、そのような雰囲気さえあった。

その様子に私も言い知れぬ不安を覚える。


「そうは言っても心配です。外の皆さんは大丈夫なのでしょうか……。

 それにどうしてこんなに暗いのです? まさか私は日が落ちるまで眠っていたのですか?」

「暗い……?」


 彼には意味が分からないようだった。私には周囲が夜のように暗く見えていたというのに、彼には私が盲目にでもなったように思えたのか、心配の色を滲ませる。


「暗いとはどういう事だ!? お前にはどう見えているんだ!?」


 外を見ていた父は勢いよく私の前へやってくると、肩をがっしりとその大きな両手で掴み捲くし立てた。


「お父様、痛いです……!」

「すっ、すまない。それで、どのように見えているか教えてはくれないか?」

「どのように……? えぇと、星のない夜のようで……。あれ? でもお父様の青もなんだか霞んで……」


 私の見る()は、世界が闇に沈む夜でさえ彩りを添える。なのにその時は父の透き通る青も、隣に座る彼の美しい緑も、黒い靄に覆われたようだった。

それを聞くやいなや、父は外の者たちに指示を出す。


「総員退避! 今すぐこの場を離れる! 戦闘態勢は解くな! 魔導士も各々の最大攻撃魔法を準備せよ!」


 その言葉に外の者たちは一様に動揺の色を見せる。それは馬車の中で座る彼も同じだった。


「旦那様、一体どうされたのですか!?」

「……二人とも、良く聞きなさい。あれは我々が敵う相手ではない。

 もし万一の事があっても、私にかまわず逃げるんだ。いいな?」

「そんな……お父様、そんな事……」

「そのような事、例え旦那様のご命令であっても……」

「私には皆を守る責務がある。そして娘を託せるのは、君しかいない。わかってくれ……」


 それは領主としての責任、そして父としての責任。自らを犠牲にしても護り抜く、その覚悟の色が父の瞳には宿っていた。そしてそれを理解できぬほど、私たちは幼くはなかった。


「……はい、必ず守ってみせます」

「あぁ、ありがとう」


 私たちは速度を出せない馬車を捨て、馬へと乗り換えた。まだ一人で乗馬できなかった私は、父に後ろから抱きかかえられるような形で馬に乗せてもらう。そして一行は来た道を引き返さず、空に浮かぶ黒き影を領都から引き離すように進路を取る。全力で走り、逃げ切ろうとする私たちだったが、行く手を阻むようにそれは大地へと降りたった。


 その姿を見た者は、口々にその者の名を漏らす。”黒竜”と。


 北の大地を護る聖獣、この地の守り神。それが今、私達の行く手を阻む。

その存在を知る兵達は皆馬を降り、武器を地に捨て頭を下げた。しかし竜は一人ひとりを目利きするように睨みつける。

 その場の誰もが敵意を向けなければ見逃してもらえる、そう考えていたのだろう。私と、真実を知る一人を除いて。


氷の槍(アイススピア)!!」


 その声と共に放たれた氷の槍は、急所であろう竜の目へとまっすぐな軌跡を描く。

しかしそれは当たることなく、竜のひと睨みで霧散した。魔法を放ったのは、父だ。

だが意味をなさぬ事を知った上で、標的を自身に向けるためにそれは放たれたのだ。そしてその間にも指揮を執る。


「ならん! 皆戦闘態勢を取れ! 時間を稼ぐのだ!」


 言葉と共に私達に合図を送る。その間に逃げ延びよと。

なぜ聖獣と戦う事になったのか、それは分からなかった。けれど、その禍々しい黒きオーラが見える私には、到底それが私達を護る者でない事だけははっきりと理解できた。

だから私は父の合図通り逃げようと、彼の手を取る……はずだった。


 私の伸ばした手は空を切る。その手の先へと視線を移した時目にしたのは、黒竜の元へと向かう彼の後姿だった。そして父を全力で私の方へと突き飛ばし、いつものように優しく微笑む。


「必ず、守りますから」


 そのように口にしたのかは、もはや定かではない。けれど彼が、彼の持てる力すべてでそれを成そうとした事は確かだった。なぜなら、私と父を取り囲むように、彼の土魔法が球状の壁を作り上げたのだから……。


「待って! 行かないでっ!」


 声はただ虚しく、暗い壁の中に響く。そして私の目は、あれほど無垢で美しかった彼の緑が、殺意の色に淀み、そしてあっけなく漆黒の渦に飲み込まれていく様子をありありと捉えた。

次で本日分は最後です。

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