044 旅の終わり、逃亡の始まり【7】
一人になりたい、そうはいってもロベイアと一緒にいるのが嫌になったとか、気持ちを落ち着かせる時間が欲しいとか、そういうわけではない。
私一人なら監視の目を盗んで外に出る事ができるという判断だ。
私のように特別魔力が視えるような人でなくとも、人間には多少魔力を感知する能力がある。
ロベイアがあの魔力の暴走を感じ取れた事からもそれは疑いようがなく、魔導士ギルドに在籍するような人物であればなおさらその能力は高いだろう。
けれど魔力の量が極端に少ない私であれば、そのような者たちに気取られることなく行動できるはずだ。それはミユキさんが私に勘付かれる事なく行動していたのと同じだ。そして私にはさらに奥の手もある。
とは言え昼に行動するのは愚策だ。さすがに魔力で察知されずとも、姿を見られては意味がない。
だから私は夜を待った。そして万一見つかった時を考えて黒のローブを身に纏い、そっと部屋を出る。
人々が寝静まり監視の目も緩む夜……。静かな廊下を音を立てぬよう歩く。
そして寮の一部屋一部屋を調べて回るのだ。扉の向こうから漏れ出る魔力を元に、部屋の主が異世界人かどうか調べるために。
一時間ほどたっただろうか。いくつもの部屋の前で確認してみたものの、これといった収穫は得られなかった。私の魔力を読む力は今考えている事は分かる。けれど記憶全てを読み取る力ではないからだ。
皆考えている事は「外出禁止で暇だ」とか、「仕事なくなってラッキー」だとか、「通常業務に戻ったら仕事山積みなのでは……」などのいたって普通の思考だ。
中には言えない事を考えて……、やっていた人もいるが、そこはプライバシーに配慮して見なかった事にした。
それでも故郷を思い出していたり、もしくは異世界人特有の異常な魔力などで特定できるかもと期待したのだが、そう簡単に事は進まなかった。
もし私が旅に出ずにずっとギルド内に居たなら、日々の中でもっと異世界人を発見できていたかと思うと悔やまれるところだ。
そんな風に考えながら、いくつもある寮の次の棟を目指して玄関ホールに向かっていた時だった。誰か他の人の魔力を感じ取り、私は無人の談話室へと身を隠す。
時折巡回している者がいるため、今までも隠れてやり過ごしてこれたのだから、こういう時はやはり便利な能力だ。まぁ、私が本気を出せば隠れる必要などないのだけど、秘密裏に動きたいのでそれは最終手段だ。
談話室の物陰に隠れ、巡回員の光球魔法に晒されないよう息を潜めていれば、特に問題ないと判断したのか光は遠ざかってゆく。一息つき、調査を再開しようとしたその時だった。
ビクッと体が強張る感覚、異様な魔力の気配を背後に感じた。これはあの魔力の暴走事件の直前、ロベイアには察知できなかった方の魔力波……。
再びあの暴走が起きるのかと身構えながら、発生源の方へと振り返る。
「こんばんは。こんな夜中にお外にいるなんて、悪い子ね」
「……誰?」
そこには幼い少女、おそらく10歳程度の可愛らしい女の子が居た。
私の目は光のない闇でも相手を視る事ができる。この目はその少女の首元を隠す程度に流れる青白い髪も、そして全てを見通しているようなブラウンの瞳も、白いフリルの多くあしらわれた黒をメインとした人形に着せるような服装も、手に持つ1メートルほどの黒いテディベアも見せてくれる。
しかし見えないのだ。彼女の考えも、そして漏れ出す魔力の色も……。
魔力は漏れ出すほどに強い。しかしそこに感情や意志は乗っておらず、まるで魔力の源の周囲を取り囲むかのような……、光球魔法の周囲を鏡で取り囲み、光を減退させる事なく封じているような……。
そういった魔力操作を行なっているように視えたのだ。
このような人物今まで見た事はない。近くに居るだけで異変を察知できるほどに異様なのだ。
ギルド内に元から居たのなら気づかないはずがない……。
「ふふっ、色々聞きたいことがあるのね。けれどそんな話をしている場合じゃないの。
あなたにお願いがあってわたしはここにいるのだから」
「お願い……?」
突然現れて、そしてお願いをしてくる少女。怪しさしかないが、けれど彼女の魔力を感じてからあの事故があったのだ、無関係であるとは考えにくい。
しかし相手の思考は読めない。ならば直接聞き出すしかない。
「お願いの前に聞かせてもらえるかしら? あなたは誰?」
「私はミオ。近所に住むただの女の子よ」
「ただの女の子がこんな時間に、それも厳重な警備のギルドに忍び込むなんて不可能よ」
「別にいいじゃない? こそこそと嗅ぎまわってるのはあなたも同じでしょ?」
この口ぶりは私が事故を調べている事すら知っている。
それはつまり、私が知りたい事も知っているという事だ。
「あなたはあの事故と関わっているの?」
「どうかな? 関わってるとも言えるし、関わっていないとも言えるし……」
「なら間接的に関わっているのかしら?」
「あの事故……と呼べるのか怪しいけれど、あれと無関係じゃないよ」
少女はクスクスと笑う。それはこの年頃の子にありがちな「私は知っていてあなたは知らない」という、優越感にも似た感情からくるものに見えた。
けれどそれに機嫌を損ねる私ではない。大人の余裕なんてものは持ち合わせていないけれど、知っている人物がいるのなら聞き出せるのだから好都合だ。
「あなたは何を知っているの? あの時何があったの?」
「一言で言えば、古代に封印された禁術の再現よ」
「聞いた話は間違ってなかったのね。そしてそれは失敗し、魔力が暴走した……」
「失敗? 術としては成功したはずよ? あー……でも……。
成功か失敗かは見る人によるから、ギルドの人にとっては失敗なのかもね?」
「……詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「タダでとは言わないよね?」
「……そうね、あなたもお願いとやらがあるのでしょう?
私にできる事であれば、それを引き受けるのを条件にしましょう」
「できないお願いであっても、やってもらうつもりなのだけどね」
悪意はなさそうな笑みは変えないが、言っている事は邪悪な雰囲気を出している。
一体彼女は私に何をさせようというのだろうか……。
「それじゃ、こちらのお願いを先に言っておきましょうか。
あなたにして欲しいのは、ある女の子をこのギルドから逃がす事」
「女の子? 逃がす?」
「そう、魔導士ギルドに捕まらないように逃がすの。ただの鬼ごっこよ」
簡単に言ってくれる。鬼ごっこというが、それはつまり魔導士ギルドから追われる身となるという事。
そんな鬼ごっこなど、鬼であっても逃げる方であっても命がけだ。
「なぜ逃がす必要があるの? あなたではできない事なの?」
「そうね、説明してあげるね。私じゃあの子を助けられない……。
うーん、ちがうなぁ。あなたしかあの子を助けられないの」
「私にしか助けられない?」
「えぇ。その子は秘術の贄となった子。12の生贄の魔力を全て注がれた、呪われた子よ」
「……!?」
それはつまり、ナガノさんやミユキさん達異世界人……。そして私が想いを寄せた彼の魔力を注がれた子という事だ……。
「術が成功していたというのは、魔力の注入は成功したということ?」
「えぇ。生贄は全て肉体ごと純粋な魔力に変換され、その子に注がれたの」
「ではなぜギルドは失敗したと判断したのかしら?」
「そうね……。よく切れる包丁を作ったとして、柄が無ければ使えない。それって失敗作でしょ?
使う事のできない道具だから失敗だって思ったんじゃない?」
道具……。人間を材料にして、さらに人間に異常な能力を付与しておきながら、制御できなければ失敗作……。あまりに身勝手な振る舞いに、私は拳を握り締めわなわなと震えた。
けれどその怒りも悲しみも、ぶつける相手が居ないのだ……。
「あの魔力の暴走は、その子が起こしたものよ。本人も周囲の人も制御できない。
今は特殊なローブで押さえつけているけれど、いずれ感情の揺らぎが再び暴発を起すわ」
「……なぜ私なの? 私ならどうにかできるの?」
「さぁ? どうでしょうね? でもね、ロイがあなたなら大丈夫だって言うの」
そう言いながら、彼女は手に持つ黒いテディベアを優しくなでる。このクマがロイなのだろうか?
いえ、問題はそこじゃない。私は決断しなければならないのだ。
誘いに乗り逃亡者になるか、それとも何も知らぬふりをしてこのまま過ごすのか……。
次回更新は4/15(水)の予定です。
以下雑記
やっと……やっと三章はじめと繋がりそうになってきました……。
長い!長すぎる!!いやもうこれ三章の頭忘れてる人の方が多そう。
まぁうん、もうどうにでもなれー!(諦め)
てか多分色々説明入れすぎたせいだと思うんです。
紙の話とかアスカ先生のボディーガードの話とか。
粒子操作の箇所削ってもよかったんじゃ……。
いやしかしそれだとアスカ先生が大丈夫な理由が謎になるな……。
こうやって考えすぎるから長くなるんだよ!!




