043 旅の終わり、逃亡の始まり【6】
翌日、窓から差し込む朝日で私は目を覚ました。
どうやら泣き疲れ、そのまま眠ってしまっていたようだ。
部屋の主であるロベイアは椅子を並べ、そこへタオルを敷いて眠ったのだろう。
並んだ椅子と使い終わった後の軽く畳まれたタオルが置かれていた。
「あら、目が覚めまして?」
「ロベイア、ベッド使わせてもらってありがとう」
「いいのよ、気になさらないで」
先に起きて身支度を整えていたであろうロベイアは、いつも通りに綺麗に髪も整えられている。
彼女はいつだって、こんな時だって身なりに気を遣うほど、自身のあるべき姿を求める人物なのだ。
そして体調不良という事になっている私に代わり、二人分の朝食を持ってきてくれていた。
そんな彼女とは違い、私は無様に取り乱す事しかできなかった。
だからせめて、今からでもやるべきことをやろうと思う。
気を引き締めるため顔を洗い、朝食に持ってきてくれたサンドイッチを食べながら行動を開始した。
「ロベイア、ノアさんの書いてくれた名簿見せてもらえるかしら」
「……無理をなさらない方がいいですわ。今はまだ、気持ちの整理が追いついていないでしょう?」
「いいえ、だからこそよ。立ち止まっていては何も解決しないわ。
それにすぐに行動しなければ、さらに取り返しのつかない事が増える可能性だってあるもの」
「取り返しのつかない事?」
ロベイアはピンときていないが、私は次に訪れるであろう危険性について考えていた。
「アスカさん……。彼女が危険かもしれないわ」
「秘密を知っているから? けれど知っている事に気付かれていなければ大丈夫ではないかしら?」
「いえ、それ以外にもあるのよ。彼女も異世界人だからよ」
「なんですって!? では実験が失敗した今、次があるならアスカ様が狙われると?」
「えぇ。おそらく今回選ばれなかった理由、それは予備のためでしょうね。
司書班を徴用するのは難しいし、彼女の文章解析能力は古代の秘術解読にも必要なものよ。
だから万一の失敗のための予備に残されたんだと思うわ」
「ではすぐにアスカ様にお伝えしなければ……」
すぐにでもアスカの元へ行こうとするロベイアを引き留め、私は続けた。
「いえ、彼女もそれは分かっているはず。だから私達に知らせたのよ。万一の時はこの事実をもみ消されないようにと。
それよりも今は他の異世界人に知らせるのを優先しましょう。知っていればそういう話に警戒できるわ」
「なるほど、では他に心当たりのある異世界人はいらっしゃいますの?」
「私の知っている限りはそれほど多くないわ。けれど私の魔力を読む力なら見分けられるかもしれない。
それと、すでに知っている人には知らせに行きたいの。だから名簿を」
「わかりましたわ」
納得したロベイアは、机の引き出しからノアの書き記した名簿を取り出す。
そして二人で一人ずつ確かめるように確認してゆく。けれど、すでに異世界人だと知らされている人物の名はほとんどが記されていた。
「ミユキ様にナガノ様……」
「テンマさんも……」
それはミズキを含め魔導士学校に在籍していた時、テンマの茶屋で出会った四人全員が今回の被害者である事を示していた。そして知る人物で名のないのは、唯一アスカだけである。
昨日ミズキの名を見て取り乱した私は、事の重大さを未だに理解していなかったのだ。
しかし、そんな私とは違いロベイアは強かった。彼女も知る人物の名が多くあった事でひどくショックを受けた魔力を未だ残しているが、それでも先の私の言葉を受け止めて前に進もうとしているのだ。
「この中の方以外で、他に知っている異世界人はいらっしゃいますの?」
「……いえ、名前が無いのはアスカさんだけね。
ただ会った事はないのだけど、アスカさんと一緒にこちらに来た人がいるはずよ」
「ではその方にこの事をお伝えしなければ……」
「それは問題ないと思うわ。アスカさんと行動を共にしていると聞いているから」
「そうですのね。ならばやるべきことは、異世界人を探して保護する事ですわね」
「えぇ。私も魔力を読んだところで判別できるかは怪しいけれど、それでも何もしないよりはいいわ」
「ただ問題は……、現在外出禁止令が出ている事ですわね」
「そうね……」
外出禁止令、それはこのためだったのだろう。事件を隠蔽するため、そして目撃者を処理するための時間作り。そんな中で唯一動けるのが司書班なのだ。
彼らは図書館の番をするだけが仕事ではない。それは業務のごく一部であり、業務は多岐にわたる。
ギルドの扱う全ての書物の番人、それが司書班である。それはギルド内部の人員名簿から、人事評価書類、そして外部組織との契約書など、数えきれないほどの書類という書類全てを管理しているのだ。
そんな彼らを止めてしまうとどうなるか、完全にギルドの機能が停止するだろう。
今こうして朝食としてテーブルの上に並ぶサンドイッチの材料さえも、彼らが外部との契約を書面上取り持っているからこそこの場にあるのであって、それらを止める事は不可能だ。
もちろんこんな風に書面で管理しているのは魔導士ギルドくらいのもので、三大ギルドである冒険者ギルドや商人ギルドでは書面以外の方法を使っている。けれど突然魔導士ギルドがそのような方法を用いれば、ギルド内で何かあった事が外部に知られてしまう事になる。隠したい何かがあるのなら、なおさら止められないのだ。
そう考えていると、タイミングを見計らったように扉がノックされる。やって来たのは、唯一自由に行動できる司書班に所属するノアだ。
部屋へ招き入れると、彼はひどく心配した表情を見せていた。
それは私が昨日取り乱した事へのものであり、少し落ち着いた事を話してもそれが晴れる事はなかった。
けれどそんな事を気にしている場合ではない。私達は新たな被害者を生まないために行動しなければならないのだから。
しかし、彼から新たな情報を得る事はできなかった。事件の詳細は昨日話された事がすべてであり、今もなおアスカは調査をしているようではあるらしいが、新たに何かを伝えるようにとは言われなかったそうだ。
だけど私達の心配していた、アスカ本人に危害が及ぶ心配はないと彼は言う。
それは先ほど話に出ていた、アスカと共にこちらの世界へ来た異世界人、イチカが常に行動を共にしているからだそうだ。
イチカという女性もアスカと同じく特殊な能力を持っており、それによって身を守る程度は十分にできるのだという。その能力というのが「粒子操作」であるらしい。
それは粉末状の物質であれば高度な操作を可能とするもので、使い方によっては可燃性の粉を空気中に浮遊させ粉塵爆発を起こしたり、逆に高密度で集結させることで大気を遮断し、窒息による消火もできるのだという。
それは相手が人間であっても効果がある。目くらましに粉を舞わせる事も、その粉を吸わせ体内で操作する事で相手を窒息させる使い方だってできるのだ。
そんな高度な魔法は異世界人の特殊能力でしか発現できないし、対処するのも同じくらいに高度な魔術スキルを持つ者しかできないだろう。
だから直接的に危害を加えられる可能性は、ほぼ無いと言えるのだ。騙されその手段を奪われるような事がない限りにおいては。
「そうね、異世界人達が簡単にやられるわけないもの。騙されない限りは安全なはずよ」
「えぇ。昨日の事件があって、警戒しているのならそちらの心配もありませんわ」
「はい……、ですから、アスカ班長も……、心配しないでと……」
「ですわね。わたくしたちよりよっぽど異世界人の方が強いんですもの、出る幕はありませんわ」
「そうね。ノアさん、ロベイア、ありがとう。少し一人になりたいから、部屋に戻るわね」
「……わかりましたわ。何かあったらいつでもいらしてくださいね」
「あの……、僕部屋の前まで……送ります……」
「二人ともありがとう」
そうして私は、ノアに連れられるように自室へと戻ったのだった。
そして私が逃亡者となる転機は、その夜に訪れた。
次回更新は4/13(月)の予定です。
雑記は今回ないです。
そういう時もある。




