041 旅の終わり、逃亡の始まり【4】
「いらっしゃいノアさん」
「えっ、どっ……、どうしてあなたがここに……?」
扉の前に立つ小柄な彼は、目を丸くして驚いている。
先ほどまで扉の前で二の足を踏んでいた、ロベイアに会わなければいけないという、気が重いと主張する魔力はふわりと宙に飛んでいった。
「昨日の今日で、その上外出禁止令でしょ?
心細いから、気を紛らわすためにお話してたのよ」
「そう……だったん、ですか……」
私がロベイアに代わり扉を開けた理由、それは彼がロベイアに苦手意識を持っているからだ。
魔力の流れを読まなくても、この二人があまりうまくやれるタイプではないと誰もが思うだろう。
自己主張が激しく、歯に衣着せぬ物言いをする事もあるロベイアと、引っ込み思案過ぎて何も言い出せないのに、内心では色々と考えを巡らせるノア。
二人が相対した時に起こりうる事態など、結果を見ずとも分かる。
そんな相反する二人ではあるが、私は相手が考えている事が分かるので、ロベイアには時に主張に同意し、時に欲しい結論に誘導する事でうまくやっている。
ノアに対しても同じように、話しやすい間の置き方や会話内容にする事で、円滑なコミュニケーションを取れている。
それもこれも私の世話係であったメイド、マリサの姿を見ていたから為せる技である。たとえ考えが読めていたとしても、話術スキルがなければ宝の持ち腐れだっただろう。
しかし今回は同時に真逆の二人の相手をする事になるが……。さすがに話し合いが成立するか不安だ。
「わざわざ寮までやって来るなんて、アスカ班長からの伝言ということかしら?
どうぞ遠慮なくお入りになってくださいまし」
ロベイアは男性を部屋に入れる事に特に何も感じていないようだ。
元々物怖じしない性格だし、いざとなれば雷撃を喰らわせるつもりでいるらしい。
まぁ、そのくらいある意味で図太くなければ、実戦部隊の中ではやっていけないだろう。
対するノアは、借りてきた猫のように持ってきたカバンを抱え、ちょこんと椅子に腰掛けている。
「さっそくですが、お話を伺ってもよろしいかしら?
アスカ班長から何を言付けされましたの?」
「えっと、あの……その……」
いきなり問いただされる……といっても普通の聞き方なのだが、ノアにとっては尋問のような切り出され方だ。ただでさえ小柄な彼はさらに縮こまってしまう。
「ノアさんも聞いているかも知れないけど、昨日アスカさんに会ったのね。
それで何か分かったら教えてほしいってお願いしてたのよ」
「は、はい……。こちらを……」
おずおずと抱えているカバンから彼は一通の手紙を差し出す。きっちりと封をされた紙製の封筒に私達は凍り付いた。紙が貴重なものである事など、言われるまでもなく私もロベイアも理解していたのだから。
魔導士ギルドは紙の生産、その中でも魔力の除去技術を唯一持つ組織である。そのため紙は他のギルドや、国家などよりも融通が利く。その上普段から書類の作成を行う司書班は、もっとも紙の存在が身近な人達だ。
けれど、いくら紙を潤沢に取り扱う事ができる司書班であっても、まさかギルド内の、それも私達のような者に手紙を使うなどとは考えられない。
つまりその手段を用いる必要があるほどに、この中には重要な事柄が書かれているのだと考えられる。
「手紙なんて……アスカ様は、一体何を考えてらっしゃるのかしら? ともかく開けさせて頂きますわ」
私が手を付けないでいると、ロベイアはさっと受け取り封を開く。けれど私は、その手紙の中身が読めないものである事を魔力の流れから知っていた。
「なんですのこれ!? 無力紙じゃないではありませんの!!」
「そうね。多少魔力を抜いてあるようだけど、これだと普通は読めないでしょうね」
「そっ、それは……B級紙です……」
「B級紙?」
紙にはランクがあり、最上級の魔力を完全に除去した無力紙の他に、製造工程である程度魔力を抜いた紙があるそうだ。この紙は無力紙とA級からC級までの4段階のうちの、B級の紙であるらしい。
つまり、魔力除去工程を1段階通しただけの紙、まだまだ魔力が多く残っており、そこに文字を書き込んでも紙の魔力によって内容が変質してしまうのだ。
「それでは手紙の意味がないですわよ!?」
「あっ、だっ……だからっ……」
ロベイアは怒っている訳ではないのだが、ノアはもはや蛇に睨まれたカエル状態だ。涙目で体を硬らせ、喋るに喋れない状態である。
「ロベイア落ち着いて。アスカさんがうっかりするわけないわ、多分わざとでしょう。
考えられるのは、ノアさんならこの手紙を読めるって事じゃないかしら?」
私の言葉に、ノアはコクコクと頷く。言葉を発さないほどだったとはいえ、ノアの考えている事をそのまま言葉にするのは、私の能力がバレてしまいかねないので避けたかった。この二人の組み合わせだとそうも言ってられないのだけど。
「なるほど、さすがの観察眼ですわね!」
「観察眼ついでに……。おそらく内容は他の人に知られてはならないものよ。
わざと低級紙にしたのは、万一誰かに見られても読まれないようにするため、暗号化のためだと思うわ」
「なるほどなるほど、だからわざわざ手紙を……。
考えてみればそうですわね。低級紙と言えど紙は紙、高額な代物のはずですもの!」
推理を聞かされ興奮したようなロベイアには悪いが、こちらもノアの魔力から読み取ったものだ。
彼が手紙から連想したイメージ、それは渡された時のアスカの表情だ。切羽詰まったような、そして憂いを帯びたような……。何か思い悩む事がある人物の表情をしていた。
けれど彼女が何を想っていたかは、ノアのイメージからは読み取れない。読み取ったのはノアの記憶でしかなく、アスカの記憶を含む魔力ではなかったのだから。
そんな表情の人間がこんな回りくどい事をしたのだ、何か事情がある事くらいは魔力を読むまでもない。
「だからロベイア、防音結界を張ってもらっていいかしら? あと魔力漏れも防がないと……」
「そうですわね。アスカ様が念入りに隠そうとするくらいですもの。幾重にも結界を張った方がよさそうですわ」
「あと今更だけど……、秘密を知ってしまって大丈夫かしら?
何も知らない方が今後を考えるといいかも知れないわ」
「まさかそれ、わたくしに言ってますの?
乗り掛かった船ですわ、どんな事だって受け入れてやりますわよ!」
「もしかすると……命に関わる事かもしれないのよ?」
「心配してくださいますの? 嬉しいですわね。
けれどあなたと同じように、わたくしもあなたが心配ですわ。
だからわたくしだけ逃げるような事したくありませんの」
「ありがとうロベイア」
ロベイアと私は微笑み合う、そんな様子を蚊帳の外で見つめるノア。
……なんだかノアから変な誤解をしているような魔力を感じるけど、きっと気のせいよね?
「それよりも、ノア様こそ大丈夫ですの?
アスカ様には信頼されているようですが、あなたも秘密を知る事になるんですわよ?」
「そう言えばそうね。読んでもらう事になるのだから、どうしてもそうなるわよね……」
「し……司書班は……、仕事柄……秘密は……知ることになるので……だい……」
「大丈夫ならそれでいいですわ」
か細い声で、それも途切れ途切れ喋る事に煩わしさを感じたのか、ロベイアは言葉を遮った。
やはりこの二人はうまくいきそうにない。
「それじゃあノアさん、読んでもらってもかまわないかしら?」
私が促せば手紙を手に取り、ノアは一文字一文字解読するように、ゆっくりと読み始める。
そしてこの手紙こそが、私が逃亡者になるきっかけだった。
次回更新は4/9(木)の予定です。
以下雑記
ノアの口調だりぃぃぃぃぃ!! って書いてて叫びそうになりました。
ロベイアさんブチギレも致し方なし。
しかしそんなノアが説明役になるんです。面倒な事この上ない!!
でもさでもさ、読書家枠は必須だよね? 物静かな本が友達枠。
世界観的に絶滅危惧種というか、まずもって識字率が低い世界ですけど。
ちなみに本文中に出す事はないと思うけど、ノア君は貴族ではないです。
貴族お抱えの医者の息子。いいとこの子であるし、コネなくはない程度。
貴族宛ての手紙の内容を理解した事から魔力による識字能力が発覚。
そういうのがあったりするけど、こんなのどうやって本文に出せと??
まぁ小説は設定集じゃないので、こういった書かなさそうな話もここで書きます。
気が向いたらな!!
あ、あの人の裏話聞きたいなんていう感想があったらここに書くかもです。
返信もするつもりだけど、内容次第で。
まぁ、まだ書けない人の方が多かったりするんですけどネー。




