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035 逃亡

 鬱蒼と茂る森の中私は走る。木々が行く手を阻む中、幼い手を引きつれて。


「おねえちゃん……」


 ハァハァと息を切らし、疲れ切った様子の声に振り向く。

朱色の髪は汗でベタ付き頬に絡まり、額を流れる汗をぬぐい懸命に付いてくる様子を見て我に返った。

逃げるために必死だったとは言え、幼いこの子には無茶な選択だ。


「少しは時間が稼げているはず……。少し休みましょう」


 見つからないよう岩陰に身を潜めると、小さな手が私の足にかざされる。


「私の事はいいから、自分の回復をしておきなさい」

「うん、大丈夫だよ」


 そう言うと自身の身体にも手をやり、回復魔法をかける。そこからは疲労を癒す淡い光が漏れる。

見目通りの魔法、その名も“手当て”。最も簡単な初級回復魔法なのにすごく楽になった。

これはこの子の才能か、それとも・・・。


 私は返すはずだった亜空間バッグから水を出す。少し飲ませ、落ち着くのを待った。そして汗を拭きその肩にかかるほどの朱色の髪を結いなおす。

髪と同じく深い朱色の瞳に、この森はどう映っているのだろう。

恐怖か絶望か。もしくは先の未来への淡い希望を映しているのかもしれない。

けれど10歳に満たない子供にとって、この状況が絶望的であることは理解できているだろう。

その倍ほどの歳を重ねた私にとってもそれは変わらない。けれどこの子を守らなければ……。




 明確な敵意、そして鳥たちの騒ぐ声に小休止は中断された。


「どうやらあきらめてはくれないようね。また走るわよ!」


 そう言うと私は立ち上がり、詠唱を開始する。


「障壁魔法:エアウォール!」

「束縛魔法:ウッドチェイン!」


 詠唱と共に現れたのは、見えない空気の壁。近づく者を吹き飛ばす壁だ。しかし現れたのは薄く、魔力を読み取っても力強さは感じない。

熟練の術者が使えば、風の刃によってズタズタに引き裂かれるのだがそれは期待できないだろう。


 そしてもうひとつ、周囲の木々の枝が伸び織り込まれた木のフェンス。

枝というよりも蔓と表現した方がいいほどの弱々しい障壁だ。魔物が近づけば絡み付くが、どれほどの拘束力があるかは不安が残る。

それでも壁があれば避けようとするものだし、こちらには棘や木の枝によって刺さる事もある。相手の堅さ次第ではあるものの、少しは攻撃力を期待できるかもしれない。


「やっぱり魔法の効果が弱いわね・・・」


 薄く弱々しいそれらの壁に私はため息を漏らす。


「お姉ちゃんわたしも手伝うよ。」

「いいのよ、足止めできれば十分だから。それよりも走れる?」

「うん、がんばる」


 本当はウッドチェインで完全に繋ぎとめられれば逃げなくてもいいのだけど、この子に魔法を使わせるわけにはいかない。少しの時間を稼げば逃げ切れると信じて私達は駆け出す。


「木が少なくなってきてるわ!もうすぐ森を抜けられるはず、もう少しの辛抱よ!」


 明るく開けた森の先、それが崖などの行き止まりでない事を願う。




 光の先、木々の無い開けた土地が目の前に広がる。

切り株、そして整然と植えられた小さな苗が目に入った。その姿は明らかに人の手が加わったもので、もしかすると作業のためにこちらに来ている人がいるかもしれない。

けれどそれは人の生活圏が近くにある事を意味する。


「植林場の近くには村があるはずだから、助けを呼んできて。私はここで足止めするわ」


 魔物を村に近づけるわけにはいかない。一人でどこまでやれるか・・・。

私は近くの比較的成育の良い苗を折り魔力を込める。苗は光を放ち無骨な杖に姿を変える。


「おねえちゃん・・・無理しないでね」


 少し戸惑った様子を見せたがそう言い残し走っていく。

その後姿はもう二度と見ることはできないかもしれない。




 木々をなぎ倒す轟音、そして耳を(つんざ)く雄たけびと共に魔物は森からどび出してきた。鼻息は荒く、目は血走り私を睨み付けている。私の身長をゆうに超える大きな体格の銀の狼。通常の狼の上位種、もしくはそれをも超える変異種か……。

 全身に浅い傷を負い、木々の蔓や枝が絡み付いている。堅い皮膚に深く突き刺さり、行動を制限するほどの妨害は行えなかったようだ。


「残念な出来栄えの障壁だったけど、それなりに効果があったようね。おかげで警戒もしてるようだし」


 さすが上位種、巨大狼はそれなりに頭もいいようだ。私の妨害魔法を警戒してかすぐには襲ってこない。時間稼ぎをしたい私としてはありがたい。だが、ずっと睨み合いもしてくれないだろう。ならば先手を打たせてもらおう。私は魔力の糸を手繰り、編み込み、魔力を練る。


「障壁魔法:フレイムウォール!」


 呪文を唱えると巨大狼を取り囲むように炎の壁が立ち上がる。狼の巨体であっても飛び越える事はできないであろう高さの業火に、練り上げた魔力を最大限込める。じりじりと焼き付ける熱気を消し去ろうと額に汗がにじむ。

抵抗呪文をかけているとはいえ、布製の服ではその熱気を抑えきる事はできない。森ならば瞬時に周囲を焼き尽くしたであろう火力。開けたここなら燃え広がることも無いだろう、それだけが救いだ。

 植林された苗はその水分を失いしなしなと枯れてゆく。植えた人には申し訳ないがまだ安心はできない。二重、いや三重に重ねておけば簡単には抜け出せないはず……はずだった。


 私の出方を見ていた巨大狼は身体を翻し、その巨体と同じく丸太くらいあるであろう尻尾を炎の壁をなぞるようにぐるりと回した。その尻尾を鼻先で避わした私だったが、尻尾が巻き起こした突風に炎の障壁は霧散する。その突風に吹き飛ばされないよう風魔法のクッションをまとい着地し、すぐさま次の呪文を唱える。


「拘束魔法:アースチェイン!」


 全力の魔法を消し去る相手に、期待はできないとは思いつつもここで逃げるわけには行かない。地面より伸びる巨石の鎖が狼の巨体を縛り上げギチギチと音を立てる。しかし、それも水から上がった犬のように身体を震わせるだけで鎖はいとも簡単に砕けてしまった。

これなら森に自生している巨木の力を使える分、ウッドチェインの方が効果的だったかもしれない。森を抜けてしまった今では使えない戦法なのだけれど。


 度重なる魔法の使用でもはや魔力の残量はない。そして走り続けた疲労から立っているのがやっとだ。

そんな私をよそに、狼の魔物は拍子抜けしたような、そして勝ち誇ったような顔をしている。

牙を剥き、威嚇することすらしない。その牙は威嚇のためではなく、確実に獲物を仕留める。ただそれだけのために使われるのだ。

そして静かににじり寄ったかと思った瞬間、一直線に飛び掛ってきた。私の顔など一口で飲み込めそうな口と、鋭利な牙が襲ってくる。


「私の負けね・・・」


 無意識に漏れた言葉と共に、私の体は避けるでもなく、その場に崩れ落ちた。

次回更新は3/28(土)の予定です。



以下雑記



三章スタートと共に負けイベント?

というか前回と全然繋がってない所にツッコミ入りそうですね。

はい、時間飛んでます。2年ほど。唐突やな!

10日休んで2年飛ぶって73倍速で時間が流れる世界ですかね?

もちろん冗談デスヨ。

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