034 旅立ち
「もしかして、これって懐中時計?」
「そう。さすがに腕時計は無理だったらしいの」
「時計……? 時計塔と同じ時計? こんな小さいのがですか?」
蓋を開ければ、確かに円形に並ぶ12個の数字と二本の針が時を示していた。そして6の数字の少し上に、小さな赤と銀で塗り分けられた針がある。それはさらに小さな時計のようだが、数字は並んでいなかった。
とても私には信じられないものだったので、指し示された時間が正しいかギルドの時計塔と何度も見比べたが、どうやら本当にこれは時計らしい。
異世界人にとってはどうなのか分からないが、時計といえばこちらでは時計塔くらいの大きさであることが一般的だ。それを一目見て言い当てたのだから、おそらく彼らには見慣れたものなのだろう。
「魔導士ギルドの最先端技術なのよ。あと、方角も分かるようになってるの」
「コンパス機能付きですか。旅にはありがたいですね」
「でしょ? テンマ君が頑張って設計してくれたわ」
「そうなんですか。お礼を言いたいのですが、いらしてないようですね」
「えぇ、お店の準備があるからね。街を出る前に会いに行ってあげたらどうかしら?」
「はい、そうします」
テンマ君とは、前に行ったことのある茶屋の主人であり、本名は下村天馬という。
彼は“イメージしたものの作り方が分かる能力”をこちらの世界に来た時に身に着けたらしく、それを使って和菓子のレシピを創り出していたらしい。
もちろんこういった道具類の設計図を作る事にも使えるものの、作り方が“分かる”だけなので、実際に作り出せるかどうかは技術力次第なのだそうだ。
その上しっかりとイメージを固めなければ細かい所が雑になってしまうため、お菓子のレシピはともかく、機械類や武器なんかの設計をするには少し難がある能力だ。そのため能力を活かして魔導士ギルドに入る事は最近までなかった。
今は茶屋の運営を別の人に任せてギルドの技術班に所属しているものの、茶屋の仕事も手伝い程度に続けているのだそうだ。……前に見かけた時は、ミユキさん達と遊んでいた気がするけれど。
「それじゃあ、出発しようか」
「はい。みなさんお見送りありがとうございます。ノアさんもわざわざありがとう」
「は……、はい。お気を付けて……」
ずっと声をかけたいと思いつつも、タイミングを見切れずにいた彼に声を掛ければ、伏し目がちに小さな声で答えた。この様子で今後彼がやっていけるのか心配ではあるけれど、司書班にはアスカ先生も居るので大丈夫だろう。
そんな彼の名残惜しそうな魔力の流れを感じながら、私達は魔導士ギルドと街を繋ぐ橋を渡る。
そしてまず向かった先、それはテンマさんの居る茶屋だった。わざわざ私たちのために時計を作ってくれた彼に礼を言ってから旅立つためだ。
開店前の店では作業する音と共に、甘い匂いが漂っていた。
「おはようございます。テンマさん」
「あっ、いらっしゃい。来てくれたの?」
「はい、懐中時計ありがとうございます。わざわざ設計してくれたって聞きました」
「どういたしまして。ま、旅に必要かなってね。それにしても、何というか間が悪いというか……」
いつだって愛想のいい彼が少しばかり困った顔をしている。
そしてちらりと、店内の飲食スペースに視線をやった。その先に居たのは、ミユキさんだった。
「見送りに行くのを嫌がってね、こっちに逃げ込んできたんだよ」
「テンマ! 余計な事言わなくていいの!」
「ミユキさん……」
「あーもう! 私湿っぽいのは嫌いなの! 行くならさっさと行ってこい!」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ? さっきまで心配で泣きそうになってたのにさ」
「こらテンマー!!」
からかうように茶化すテンマさんの頭を、ミユキさんは拳でぐりぐりしている。
彼女もまた私と同じで、どういう反応をしていいのか困っているのだろう。
そしてひとしきりお仕置きを終えたミユキさんは、持っていた鞄を差し出してきた。
「まぁいいわ。はいこれ、持っていきなさい!」
「え……?」
「そんな大荷物持ち歩くの大変でしょ? これ亜空間バッグだから!」
「いいんですか?」
「私は旅に出る予定も流れちゃったし、便利グッズ持ってたって仕方ないじゃない」
「ありがとうございます」
亜空間とは、この世界に並行して存在するといわれているもので、このカバンはその空間と繋ぐことで、見かけ以上の容量を持つものだそうだ。
このような魔道具を作れる者は、この世界に数人しか居ないと言われており、貴重なものである。
けれど、いつかのように押し問答をする気はない。だからありがたく受け取っておくことにした。
「貸すだけだから。だから……、ちゃんと返しに来るのよ!? わかった!?」
「はい、必ずお返しします」
「はぁ、心配だわ……。ミズキ、ちゃんと面倒見てあげてね」
「ミユキさんまで僕に丸投げっすか!?」
「までって何よ」
「ナガノさんにも言われたんすよね」
「あぁ、そうでしょうね。アイツもかなり心配してたもの。
……そうね、ホントは黙ってろって言われたけど、この際だし言っておくわ」
そう言って私たちを防音結界へと招き入れる。
そこで明かされたのは、ナガノさんの過去だった。
「アイツがこっちの世界に来た理由をね、前の言い合いになった後聞いたのよ。
それでアイツ……、大事な人を守るために身代わりになって死んだらしいわ」
「いわゆるトラック転生?」
「あ、ミズキもそのネタわかるクチなのね。まぁ、トラックとは言ってなかったけど、誰かを助けるために身代わりになって転生ってのは、創作物ではよくある話よ。
だからね、アイツだって本当は敵討ちなんてして欲しくないのよ。それは勝ち目がないとかそういうのじゃない、庇った方の純粋な気持ち」
ナガノさんの過去は、魔力の流れを読んでも詳しくは分かっていなかった。けれど私を誰かと重ね、特別な想いがある事は感じ取っていた。だから彼の本当の思いも、私を止めたいという気持ちも十分に理解している。けれど、彼にはもう一つの思いがある事も私は読み取っていた。
「それでもナガノさんは止めませんでした」
「そうね、それも言ってたわ。たとえどう見ても無謀な事であっても、それがどうしても譲れないものなら外野が口を出すもんじゃないって。だから無謀なまま挑ませないようにするのが、私達のやるべき事だってね」
「ナガノさんっぽいなぁ……。それでミユキさんは納得したの?」
「ミズキには納得してるように見えるわけ?」
「見えないね」
「まぁ、納得はしてないわ。だけど今回は引くことにしたからここに居たの。なのにわざわざ来ちゃって……」
「知らなかったとはいえ、すみません……」
「来ちゃったんだから仕方ない。けどね、一つだけ約束して。もし旅の途中で黒竜の居場所を突き止めたとして、絶対に手出しはしない事。
今のあなたじゃ勝てない。いえ、私だって次は追い払えるか分からないの。それはミズキが居たって多分同じ。
だから今回は修行の旅でもなんでもいいけど、ちゃんと無事帰ってくる事。いいわね?」
「……はい」
「よし、じゃあ行ってこい! ちゃんとアスクを連れて帰ってくるのよ!
あー、アイツにも色々言ってやらないといけない事が山ほどあるんだから!」
バンバンと私とミズキさんの肩を叩き、心配そうな表情を見せまいとせいいっぱいの笑顔で送り出してくれる。
そして私たちは魔導士ギルドの街を離れ、まだ見ぬ世界へと歩みを進めたのだ。
これにて第二章終了!
しばらくお休みを頂き、次回更新は3/26(木)の予定です。
それまでの間に今までの登場人物まとめを投稿予定です。
以下雑記
はー、当初の予定より結構オーバーランしましました。
もっと簡潔にまとめて旅に出る予定だったんだけどナー。
ホントはもうちょっと細かく書きたい所もあったし
むしろもっと削れるんでは?って思う所もなくはない。
しかしまずは形を作るのが大事。細かいトコは走り切ってから考える!
そして二章が終わったにも関わらず、未だに名前が出ない主人公。
いや、わざとだけどね!? 必死に名前を出さないといけない場面を回避したからね!
考えてないわけではないです。そして隠す意味合いもあまりないです。
ただ三章から大きく方針が変わるので、混乱を避けるにはその方がいいかなと……。
さて、三章はいきなり時間と場所が飛びます。
そして色々と「ふぁっ!?」って展開になる予定です。
なので心の準備をしておいてください。マジで。
特に俺はね、「螺旋に沈む世界」とかいう後味悪いモノも書くような人だからね。
唐突に突き落とされる事を覚悟しておいてね……。
うーん、どうしてもハイファンタジーって、重くしてしまうんだよねー。
多分ハリーポッターやロードオブザリングとかのイメージがあるせいだな。




