002 色彩
「あの人は黄色。えっと、こっちの方は青!」
「ははは、すごいな。この子は才能の塊じゃないか!」
私が色を言うと、お父様はいつも喜んでくれた。だから私はいつだって、会う人会う人の色を答えた。
それは魔力の色。他の人には見えない色。どんなに隠そうとしても、私には言い当てる事ができた。
「お前はいずれこの家の当主となる。その時にその才能は強力な武器になるぞ」
「もうあなたったら、まだ5歳の子に気が早いわ。今はもっと自由に過ごさせてあげましょう?」
「そうは言うがな、期待するなというのが無理だろう? お前はどうだ? 嫌か?」
「お父様のお役に立てるなら、もっといろんな色を見てみたいです」
「あらあらこの子ったら。無理はしちゃだめよ?」
「はい、お母様」
私の生まれた家は魔術に秀でた家系だった。そしてその能力で貴族の地位を得た、小さいながらもそれなりに裕福な領主だ。
そういった富と権力を持つ者には、自身の能力を偽って取り入ろうとする不届き者も少なくない。その時、私のように相手を見通す事ができるなら、どれだけ有利になるかは想像に難くないだろう。
けれど当時の私にとっては、ただの「お父様が喜んでくれる色当てゲーム」でしかなかった。
おそらくだが、当時から私は魔術の才能は無かったと思う。もし才能があったなら、魔力を暴走させてボヤ騒ぎを起こしたり、部屋を水浸しにするような、ちょっとした事故を起こしていたはずだろう。
それでも両親はそんな事気にしなかったし、むしろ暴走させるほどの魔力を持たぬ事は有利だった。なぜなら、私の将来は上に立つ人間であり、魔力が必要なのは、下っ端の鉄砲玉だけで十分だ。
本音と建て前を使いこなす必要のある貴族という立場は、強いストレスから癇癪を起して重大な事故を起こす方が危険である。
相手の素性や能力を見通し、自身は暴走するほどの魔力を持たない。これほど都合のいい存在である娘を両親は大事にしない訳がなかったし、例えそれがなくとも愛情を持って接してくれる、領民にも慕われる出来た両親だった。
「魔王が討伐されて二年、お前が生きてる間は復活もないだろう。そんな時代に必要なのは、魔族よりも人間に対する防衛力だ。それは武力ではない……。まだ理解できなくとも、いずれは分かる時が来る」
父は常々そのような貴族の生き方を説いていた。もちろん当時の私が理解できるものではなかったし、今にして思えば、教えるにしても年齢を考えて欲しいと苦言を呈したくなるほどだ。
けれどそれは期待の現れであったし、私も分からないながらに必死に理解しようとしていた。ただ、父の言葉の前提も、私が歩むと思い描いていた未来も、どちらも実現する事はなかったが……。
私の未来を変えたもの、その始まりは7歳の誕生日をまもなく迎える頃だった。
それまでは屋敷の使用人達や熱心な父、そしておおらかながらも人としての善悪はきっちりと教えた母によって教育されていたが、本格的な教育係が必要だということになった。
もちろん学校に通うという選択肢もあったのだが、子供とは言え、領民と領主が同じ環境というのはあまりよく思わなかったのだ。
それは特権意識ではなく、相手方や教師が気を使ったり、もしくは何か事故があった場合に問題が大きくなる事への配慮だ。
王国の首都であれば貴族だけが通う学園もあるのだが、領地が遠かったのもありそれも叶わなかった。
しかしその決定には、私の魔術の才能が無い事を隠すためという目的もあったようだ。
屋敷の外へほとんど出たことがない私は少し残念だったが、広い庭を駆け回っていても怒られなかったし、使用人と遊んだり、当時まだ1歳だった弟の観察にと、暇を持て余す事も寂しさを覚える事もなかった。
私は甘やかされて育ったのもあるが、相手の本質だけでなく悪意を見抜くことができたので、新たにやってくる人に対して警戒も人見知りもしなかった。
その日も朝から髪を整えてもらいながら、使用人に無邪気な質問を投げかけた。
「ねぇねぇ、教育係ってどんな方がいらっしゃるのかしら?」
「午前中に旦那様が面談されるようですよ。こっそり様子を見てみましょうか?」
「ふふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ」
私の専属メイドは、仕事はできるが子供心が分かる人だった。というよりは、それを分かった上でその人に懐いたのだから、言いたいことを察してくれる、私にとって都合のいい人だった。
私たちは二人で庭の散歩と称して、午前中やってくる人の観察を続けた。
間も無く訪れる冬の匂いを乗せた風を気にするでもなく、門をくぐる人々をベンチから眺めていた。それは、纏うオーラの見定めである。
淡い緑に疲れた様子の藍色が混ざる初老の男性、はつらつとした黄色に我の強さを感じさせる赤を隠した年配の女性、冷静さの青に腹黒さを交えた細身の男性……。どの人も魔力が強く、気高く賢い色を纏っていた。けれど私が望む色を持つ人は居なかった。
「なんだかどの方も、一癖二癖ありそうですね」
「あら、貴方も相手の色が見えるのかしら?」
「長年多くの人を見てくれば、なんとなく感じるものがあるのです」
今でもこの時の会話は覚えている。私にだけあると思っていた能力が、精度はともかく人生経験によって得られる物だと初めて知ったのだから。
「お嬢様は、あの中ではどの方に教育係をして欲しいですか?」
「うーん……。そうね、緑のお爺様かしら」
「緑の……? お爺様ということは、ちょっと疲れてる雰囲気のある方ですよね?」
「あらごめんなさい。その人ですわ」
「そうですか。私もあの中では彼が比較的マシに見えましたね」
この会話を他の人が聞いていたら、メイドが話を合わせたように思うだろう。けれど私には、彼女が嘘をついていないと言葉の色で理解していた。
しかしその時の私には、彼女の言葉の色ではなく、違う色に目を奪われていた。
「私、あの方がいいですわ」
指で指し示す先には、春の木漏れ日のように暖かく、そして新緑のように爽やかなオーラがあった。
それが彼との初めての出会いだった。
「あら、あの方は確か……。研修でいらしてる、来年から新しく庭師として雇われる予定の方だったかと」
「庭師ですの?」
「ええ。高等魔導学校に進学を希望していたらしいのですが、経済的に余裕がないので庭師として働きながら、旦那様直属の私設部隊で魔術の勉強するのだとか。
まだ14歳なのに2属性魔法を使えるらしく、期待の新人と言われてますね」
「そんな方が庭師ですの? 優秀なら魔法軍に迎えるべきでは?」
「私も朝礼時に話を聞いただけですが、どうも攻撃魔法を使えないのだとか……」
「ふうん……」
そういった話は実際に確認しなければ詳しくわからないものだが、私にとっては改めて確認するまでもなかった。
なぜなら、彼からは誰かを傷つけられるような雰囲気を感じなかったのだ。たとえ自己防衛のためであっても、彼は相手よりも自身が傷つく事を選んでしまう、そんな脆ささえ感じる人だった。
そういった人を軍が迎え入れるはずもなかったし、だからこそ私は、確実に無害であると確信できる彼が気に入ったのだと思う。
「それなら庭師である必要ありませんわね?」
「あっ、お嬢様お待ち下さいっ!」
私は制止も聞かず、彼の元へ駆け出していた。
もしこの時立ち止まっていたならば、未来は変わっていたのかもしれない。
「ごきげんよう、少しお話させて頂いてよろしいかしら?」
「はい、こんにちは。えっと、ここは百合が咲く所だから、大切にしてあげてね」
改めて見れば、彼は今百合の球根の植え付け作業をしている所だった。
そんな場所を踏み荒らしてしまった私にさえ、彼は優しく諭すのだ。
次回は一時間後くらいに投稿しま~す。