017 茶屋での談合
結界の中には三人の男性と、一人の女性。私を見て口パクしたのはその女性だ。ゆるくウェーブした茶髪が肩くらいまである明るい表情の人で、実際に快活な人物。
確か年齢は私より6つ上の19歳だと言っていたはず。けれど魔導士学校では一年上の先輩で、去年卒業した。学校とは言え入学には年齢の規定がないため、そういう事はよくある話だし、実際に年上の下級生というのも珍しくない。
けれど彼女は別の方向で特殊な人物だ。元々魔導士ギルドに所属していたにも関わらず、途中で魔導士学校に籍を移したという経歴を持つ。ギルドに所属できるほどの実力者がなぜ学校に後から入るのか、そういった疑問があれば多少は有名になる。だから彼女を知らぬ人は少ないし、それ以外にも有名な逸話があるので恐れられる人物でもあった。もちろん私が彼女を知っているのは、それ以外に個人的な繋がりを持っていたからである。
そんな彼女は、結界の中で他の男の人たちに何か話しながら、私を手招きする。残る三人のうち二人も知った顔だったのもあり、私はそっと結界の中へと進んだ。そうすれば、耳をつんざくほどの男の声が響いた。
「おう! 久しぶりじゃねぇか! 元気にしてたか!?」
「お久しぶりです。えっと……」
制服のポケットから”単語帳”を取り出し、彼の名を探す。私は人の名前を覚える事ができない。
あの視力の矯正を受けた時から、記憶の中から人物の名が消えただけでなく、新たに覚える事もできなくなっていたのだ。
金属の輪で留められた紙の束をめくっていると、先ほどの女性の声がした。
「おっ、私のあげた単語帳使ってくれてるねぇ。まぁでも、探すのも面倒だし自己紹介した方がよくない?
こっちのバカとは知り合いみたいだけど、他ははじめましてだよね?」
こっちのバカという酷い扱いをされたのが、先ほど私に声を掛けてきた男だ。
彼は魔導士学校入学前にお世話になった人物で、いつも頭にタオルを巻いている良く日焼けした浅黒い肌の大男だ。魔導士ギルドに所属しているにしては、魔法よりも武術に優れていそうな見た目であるが、彼の得意とするのは身体強化魔法で、それも立派な魔術である。その能力を見込まれギルドに入ったのだと聞かされていた。それもあって、私が入学までの間に武術の稽古を付けて貰っていたのだ。
そして残りの二人のうち、片方にも見覚えがある。店員と同じ藍色の服を着る彼は、この店の店主である。不思議な恰好に、初めて店に来た時まじまじと見つめてしまい、服の事を教えてもらった事がある。作務衣という服らしく、彼の居た国では伝統的な服の一種らしい。元は神職に付く者たちの作業着だそうだが、そのイメージが良いのもあって制服に採用したのだと、彼が話してくれていたのを覚えている。
「いえ、店主さんとは前に来た時あった事があります」
「おい、俺のバカ扱いはスルーかよ!?」
「あっ……。そういう訳ではなく……」
「まぁまぁ、実際バカだしいいじゃんいいじゃん」
「よくねぇよ!?」
「ってことでさ、自己紹介しても名前覚えられないんだよね?
なら単語帳の1枚に全員分の名前書いちゃわない?」
「ありがとうございます。助かります」
そう言って金属の輪を外し、一枚紙を取り出す。完全に無視された彼がブツブツ言っていたが、どうやら彼女の方が主導権を持っているらしいので触れないでおこう。
さらさらと紙に名前を記入する名を見る。一番最初に書いたのは、初めて会う男の人だった。
見た所私と変わらないくらいの年齢であろう青年だ。黒髪で少し痩せた彼は、なんだか真面目そうな雰囲気を感じる。名は……”橋本 瑞樹”と記された。
「ちょっ! フルネーム書いちゃダメだって!」
「え? そうなんですか?」
「だってほら、異世界人だってバレちゃうじゃん!」
「あっ……」
さっきまで和気あいあいとしていた空気が、すっと静まるのを感じる。
四人とも互いに顔を見合わせ、そして同時に私を見つめた。気まずい……。
「いっそ消すか……」
「秘密にしますので安心してください! 口の堅さには自信がありますので!」
不穏な言葉が聞こえ、必死に取り繕う。でもこれって、私が悪いわけじゃないよね……。
「うーん、それじゃその口の堅さを信じる事にしよっか。
じゃ、私も改めて名前を……っと。そうそう、ふりがなも書いてあげて」
「あ、はい。わかりました」
漢字で書かれた文字の上にふりがながふられる。”橋本 瑞樹”と書かれ、やっと私はその漢字の読み方を理解した。
しかし、彼らは異世界人だったのか。それならギルドに入るくらいの実力があるのは納得だし、難なく漢字を書けるのもうなづける。漢字など古代言語のような扱いであり、識字率ほぼ0%の代物だ。それを書き、そして読むことができるのは高度文明の世界からやって来た異世界人くらいのものだろう。
異世界人は高度な教育を受けており、何かしらの特別な能力を持つというのが一般的だ。だからこそ、その能力を食い物にしようとする者とのトラブルが後を絶たないため、その事実を隠す事が多いらしい。そんな話を「あなたのよく知る人物も実は異世界人かも……」なんていう締め言葉で語られる、都市伝説というか、オカルト話を魔導士学校の生徒がしていたのを聞いたことがある。
世界にはどの程度異世界人が居るのか知らないが、こうして四人も見つけてしまった。それも知っていた人物がそうだったのだから、本当に気づいていないだけで、この世界は異世界人だらけなのかもしれない。そんな事を名前が書かれた紙を受け取りながら考えていた。
先ほどのうっかりしていた青年が橋本 瑞樹、私に単語帳をくれた女性が辻 美雪、武術の稽古を付けてくれた大男が長野 猛、そしてこの店の店主が下村 天馬というそうだ。
それぞれの人物の特徴を追記し、私は単語帳へと紙を収めた。
「ミユキさんも異世界の方だったんですね。だから単語帳なんて貴重な物を……」
「あー、あの時もかなり受け取るの渋ってたもんねぇ。
でもさ、魔導士ギルドなら紙を生産してるし、普通じゃない?」
「普通じゃねーよ」
確かに魔導士ギルドなら、魔力を含まない紙である無力紙が比較的安く買える。けれどそれは、特産品が安い程度の意味であり、やはり高級品であると言わざるを得ない。その事を十分理解しているナガノが、すかさず指摘したのだった。
「お前の金銭感覚は狂ってるのは知ってたけどな、さすがに事情を知らない奴にんなもん渡すなよ」
「え? でもあれは私が元々持ってたものだし、こっちに来てから買ったものじゃないよ?」
「その方が余計質が悪いわ! それにこっち来てからトランプまで作るとかさ、ホントお前の資金源どうなってんだ!?」
「それは内緒っ! 色々とあるのだよナガちゃん! って事でさ、一緒に大富豪やらない?」
「大富豪?」
彼女は私を誘うが、それが何なのか分からなかった。ただ、机の上に乱雑に置かれた手のひらサイズの紙で何かしている事から、何らかの作業であると予想していた。
まさか貴重な紙で遊び道具を作っているなんて思わなかったのだから……。
「ま、ルールなんかは私と一緒に教えながらやるって事でさ。こっちおいで!」
「え……でも私……」
「急ぎじゃないなら一回くらい付き合ってやってくれ。10分もあれば終わるだろ。
それにコイツは言い出したら聞かないからな」
「はぁ、では一回だけ……」
そうしてミユキの隣に腰を下ろす。急ぎではないとは言え、何も分からず参加するのも不安しかないけれど、上級生であるミユキと、武術の恩師であるナガノに逆らう気にはなれなかった。
そしてルールを聞きつつ、出す札はどれがいいか二人で悩みながらゲームは進んだのだ。理解するのに必死な私をしり目に、ナガノはもっともな疑問を口にする。
「にしてもよ、お前らって知り合いだったんだな」
「うん。前学校の中で会ってね。色々と似てる部分があったんで、話してたんだよね」
「似てる? ガサツなお前とこの子、月と鼈だろ」
「なにをー!?」
そう言いながら、ミユキは私と会った時の話を始めたのだった。
次回更新は2/13(木)予定です。
以下雑記
やっと登場人物が増えて会話が成立しそうです。
うん、いきなり4人増やすのはどうかと思うけどネ。
次回は過去回。あれ? 時系列が時系列してない?




