015 巣立ち
ただただ静かな時間が流れた。私の突然の神様などという言葉に、どう反応していいのかわからなかったのか、父も先生も黙ったままだ。
けれど、一つだけはっきりしたことがある。それは誰が悪いわけでもないのなら、すべての原因は黒竜にあるのだと。
だから私は今よりも強く、そして誰に無理だと言われようとも黒竜を倒す力を得なければならないのだ。
そんな私の心境を知ってか知らずか、この静まり返った場に先生の声が響いた。
「今までの話ですが、どちらにしろお嬢様は強くならねばなりませんね?」
「待て、どうしてそうなる」
「どうしてと申しますが、黒竜を私が招いているかどうかは関係なく、この地に現れたのでしょう。
であれば、私が居ても居なくとも再び襲来する可能性はゼロではありません。
それに黒竜はともかく、魔物の増加が起きないとも限りません」
「だが……」
そうだ、そうなのだ。黒竜など関係なく私が強くなりたいと願う理由、それは潰えていないのだ。
ならば父を説得し、ギルドの講習会ではなく、王都の冒険者学校に行きたいと願い出るチャンスだ。
「お父様お願いします! 私はもう、何もできないただの子供ではいたくないんです!」
「そうは言うが、責任ある者が前線に立つための訓練など意味が無かろう!」
「いえ、冒険者には弓使いも居ます。冒険者学校でしたら重点的にそちらを学ぶ事もできましょう」
「しかしだな……」
先生の援護で一気に王都へ行く道筋が見えてきた。だが父も引かない。
どうすれば父を説得できるだろうか。こうして「行きたい」「ダメだ」と繰り返したって意味がない。
若干険悪な雰囲気が出ていたが、ただこの中で先生だけは冷静だった。
すでに冷めきってしまっていた茶を入れなおし、落ち着くように諭すのだ。
言われるがまま二人で先生の入れなおしてくれた茶を飲み、少しの沈黙が流れる。
「では水掛け論になっても仕方ありません。お二方の意見を確認しておきましょう」
「あぁ。そうだな」
「お嬢様は、強くなるために王都の冒険者学校に行きたい、間違いありませんね?」
「はい。そうです」
「しかし旦那様は、それを認めるつもりはないと」
「そうだ」
「ではお伺いします、それはお嬢様が強くなる事自体に反対なのでしょうか?」
「……いや、それ自体には反対しない。自衛のためにも力は必要だ」
「ふむ……」
彼は深く座りなおすと、顎に手をやり宙を見つめる。何か考えている顔だ。
そしてまとまった思考をゆっくりと口から吐き出した。
「では、冒険者学校にするか、または魔導士学校に進ませるか、どちらにいたしましょうか」
「待て、なぜそうなる!?」
「なぜとおっしゃいましても、私では今以上の力を付けさせる事は難しいですからね。
餅は餅屋と言われるように、専門機関で鍛錬するのが望ましいかと思われます」
「だが魔導士学校など……」
反論しようとした父だったが、彼の顔を見て言葉は止まる。何かに気付いたかのようだった。
「お嬢様の魔術師としての能力が低い……いえ、無いと言ってもいい状態である事は理解しています。
だからこそ魔導士学校ならば、そのような人物を受け入れるでしょう。被験者としてですが」
「……だろうな。ここまで魔力を持たぬ者というのは私も見たことがない。
いや、責めているとか貶める意味ではなく、本当に見たことがないのだ」
父は先生に同意したが、それが私に対して非常に失礼な物言いだと気づき、焦って取り繕う。
といっても、私自身それは魔術の訓練で痛いほど分かっていたし、なにより色が見えていた時、私自身から発せられる色が無かった事で知っていた。例えどれほど魔術に対し適正がない人であっても見えていた色が、私自身には無かったのだから諦めていた事だ。
今さら何を言われても何も思わない。だから私は、いつだって「そんな事別にいい」とだけ答えるのだ。
「それでだな、魔術に適正のない者も魔術を使えるようにする研究というのも行われているわけだ。
ならば魔導士ギルドに入る事は難しくとも、学校に学生として入るならば可能であろう」
「ですが、もしその研究がうまくいかず魔術を使えなければ、意味がないのでは……」
「それも心配ない、そうだろう?」
「はい。魔導士ギルドには冒険者として経験のある者、もしくは魔術師として冒険者一行と行動を共にする者も在籍しております。その者たちに頼むことができれば、剣の鍛錬もできるでしょう」
そう言う先生と父はちらりと目を合わせ、互いに小さく頷く。
利害の一致を確認しあったのか、もしくは互いに妥協する点を見つけた事への感謝の意味か。それは分からないが、少なくとも二人は納得したようだ。
「あとはお前がそれでよしとするかだ。今日の所は休んで、ゆっくり考えなさい」
「いえ、その必要はありません。私、魔導士学校に行きます。
強くなれる可能性があるなら、行かせてください!」
このチャンス、逃すわけにはいかなかった。おそらく魔導士学校に行ったとして、私が魔術を使えるようになるとは思わなかったが、それでもここに居続けるよりはなんらかの道筋が見えると思ったのだ。
それが私の行く末を大きく変えるものだとも知らずに……。
◆ ◇ ◆
それから半年ほどたった頃だろうか。父が送った使いの者が魔導士学校への入学手続きを済ませ、私の引っ越しが行われる事となった。
もちろん突然の事であったので、普通ならばカリキュラムの途中で編入するという形を取るのだが、それは優秀な者を囲い込む場合に限った話だ。私の場合、言葉を選ばないのであれば「実験動物」のようなものだったので、次年度に入ってくる一般生徒たちと一緒になる事が決まった。
それまではギルド内で様々な検査や、それこそ実験に付き合わされる事になる。けれどその分入学に際して必要な知識を得るための特別授業も行ってもらえるし、ギルド内に入り込む事もできるのだから私にはメリットが大きかった。なにせ私は、ギルド内で腕の立つ冒険者を探し出し、あわよくば武術の指南をしてもらいたかったのだから。
母はその話を聞いた時ひどく心配していたものの、魔導士ギルドで大きな功績を残している父の推薦で行くのだ、いくら実験と言えどひどい扱いを受ける事は無いと言って、皆でなだめた。
そして門の前に停まる馬車に入ろうかという時、きつく抱きしめられた。まるでそれが今生の別れであるかのように涙を浮かべながら。
「辛くなったらいつでも帰っていらっしゃい。皆責めたりしません。待っていますからね」
「大丈夫ですよお母様。心配しないでください。休暇には戻るようにしますから」
父も弟もそれぞれに言葉をかけてくれ、母とは対照的に栄誉ある事のように送り出してくれる。
父にとっては魔導士ギルドは第二の故郷のようなものだ。だからこそ何も不安はないし、王都の冒険者学校よりずっと安心できる場所である。着いたときに渡すお土産を大量に馬車に積まれ、皆によろしくと言っているほどだ。
そしていざ出発しようと馬車に乗り込もうとした時、同じように見送りに出ていた先生が私をひき止めた。
「もし君が今のままではダメだと思った時、そしてどうしても乗り越えねばならぬ壁に阻まれた時、思い出して欲しい。
――過――――れ、そし―――――る―――、―――――で―――――ら――。君が―――、―――――は―――る。
今は―――――もし―――。け――私は、いつか君が―――――――と信じている……」
先生の言葉を何度も何度も馬車の中で繰り返したはずだった。けれどその言葉は、なぜか記憶に留まる事はなく、手で掬った水が指の間からこぼれるように、するすると記憶から抜け落ちてしまった。
今回の更新で第一章終了となります。
次回からは魔導士学校編、更新は2/9(日)予定です。
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以下雑記
という事で、無事お屋敷から巣立ちました。酢橘。徳島産。
この後ケモ成分がなくなると思うと、俺は禁断症状で震える……。ぶるぶる。
いやね「お前作者なんやから出したければ出せよ!」って言われるかもしれないんですが、
色々事情があるんですよ。うん。前作見てね。(ダイマ)
さて、一章が無事終わったので、次回更新から二日に一回の更新となります。
ストックなんて最初からなかったのだけど。さすがに毎日更新するのは厳しいね。
毎日更新続けてる人ってスゴイナー。俺もがんばろ。
さてさて、プロローグのシーンに繋がるのはいつになる事やら……。




