131 決闘(1)
ミズキの言葉は、私の中で嫌に重くのしかかる。
後悔……。あの日、あの厄災の瞬間、私は自身の無力を嘆き、そして深い後悔に押しつぶされた。
だから強くなろう、今度こそ守られる側ではなく、守る側になろう。
そう決意し、今まで生きてきた。
けれど、今回のことは……。
「するかもね、後悔」
「あ、意外。そんなのありえない、なんて言いそうだと思ってた」
「でもね、きっとどちらを取ったって後悔するわ。
だから私は、自分で決めるの」
引き止めるミズキの視線を振り払うよう、コジモの元へと歩みを進める。
けれどそれは、彼や父の思惑通りにことを進めるためではない。
その決意の表れこそ、右手に握られた剣だ。
ピッと剣先をコジモに差し向け、宣言した。
「あなたの相手は、私がするわ」
「はあっ!? お前はなにを言い出すんだ!?
約束と違うではないか!!」
「お父様、約束は守りましたよ。ミズキには、負けるように言いました。
けれど、私がやるからには、そんなの関係ありませんね?」
「そんな屁理屈を!!」
「屁理屈でもなんでも、約束は約束でしょう?
なにより、彼も私もそれで満足するとお思いですか?」
憤慨する父からコジモへと視線を移せば、そこにはひどく鋭い目つきで、私を睨む姿があった。
今までは、貼り付けたような営業用の笑みしか見せなかった彼だったが、今回ばかりは本気のようだ。
「今の話、聞き捨てなりませんね。
力を示せとの言葉に反し、手加減をしようなどと……」
「でしょう? だから本気で行かせてもらうわ」
「待て、そんなこと許せるはずが……」
「まぁまぁ、ボレアリス殿。やらせてみようではありませんか」
憤慨を通り越して、錯乱しかけている父を制したのは、コジモの父だった。
息子であるコジモとは違い、少し太っており、そして身なりも装飾品を多く身につけている。
嫌味を感じるほどではないが、羽振りの良さを示すのに十分な程度には、金をかけていることが見て取れた。
「しかし……」
「御令嬢の言い分もわかりますよ。
自身は魔導士ギルドで徴用されるほどの実力を持つにもかかわらず、こちらは何も示すものがないのですからな。
釣り合いが取れぬ契約は、わだかまりを産むばかり。
秤にかけ、釣り合うのだと示すのが、道理というものでしょう」
「よろしいのですか?」
「えぇ。思えば、ウチの愚息は、少しばかり甘やかしすぎましたからな。
箔をつけるためにも、冒険者としてギルドに入れる程度のことは、やっておくべきでしたな」
もっちりとした顎に生えた髭を撫でながら、目を細める男。
だが、彼の本心は言葉通りではなかった。
彼の優しい笑みの裏にあるのは、ただの打算。
この決闘でコジモが勝てば、全ては計画通りに進む。
その上、力関係を示すことになるのだから、今後の両家の関係もまた、多少なりとも有利になるだろうという計算だ。
そして、それがその通りいくであろうというのは、彼の中では決まっていた。
魔導士ギルドに所属していたところで、所詮は魔導士。
戦いにおいては後方にて支援を行うのが通例であり、剣を持ったところで大した力はない。
さらに言えば、家の力で無理やり入れてもらっただけの、コネしか取り柄のない小娘だ。
そのように彼には映っている。彼以外もまた、そう見ているだろう。
私のことを知る人物以外は……。
「しかし、真剣を使うのはいただけませんな。
お嬢様の顔に傷を付けることになってしまっては、たとえ勝てたとして恥ですからな」
「お気遣いありがとう。傷つけず勝つことができる方だと、期待していたのですけどね」
「ハハハ、買いかぶりすぎですよ。
幼少の頃から最低限の訓練をさせてますがね、本職ではありませんから」
ふくよかな腹が、笑いと共に揺れる。
当然、彼は私の言葉の意味を理解していないし、嫌味に近いものだとも気づいていない。
傷ひとつなく負けを認めることになるのは、彼のご子息の方なのにね。
その真意に気付きながらも、言葉にできずにいる父は、私を苦々しい表情で見るばかりだ。
そして、「どうか大怪我をさせるようなことだけはやめろ」と、心の声で伝えてくる。
「それで、本人はいいのかしら?
事前に了承してもらわないと、あとで『そんなつもりじゃなかった』なんて言われるのも、嫌なのよね」
「…………。お二人がそうおっしゃるのなら、かまいませんよ。
たとえ誰が相手であっても、やることは変わりませんから」
「そう。あなたも変わらないのね」
本当は、私を相手にするのは気が引けているくせに、結局父親の顔をうかがっている。
変わらないし、変われない。だから私は、彼を選ぶつもりなどない。
「それじゃ、木剣での勝負にしましょうか。当然だけど、私は魔法は使わないわ。
決闘なのだから、同じ条件で戦うのが常識というのは、私でも知ってるもの。
もしあなたが魔法を使えるのなら、そちらの勝負でもいいのだけど」
「残念ながら、私は生活魔法くらいしか使えませんのでね。
木剣での勝負とさせていただきますよ」
「そう。決まりね」
淡々と進める私に対し、後ろの方に居るミズキは「決闘にもマナーってあるんだ?」などと、ポールとひそひそ話をしていた。
その言葉に、つくづく彼をこの場に立たせなくてよかったと、再認識させられたのだ。
次回は5/3(月)更新予定です。




