125 王都の夜【5】
「コジモの旦那、止めないでくれ!!
俺はツレがけなされて黙ってられるほど、落ちぶれちゃいねえ!!」
「ありがとう。その気持ちはうれしいよ。
けれど彼女は悪くない。悪いのは私の方だ……」
「んなわけっ……!」
「彼女の言う通りなんだ。私はただ、不安だっただけ。
それなのに彼女を利用して、相手の事を探ろうとしたんだ。
機嫌を損ねて当然。女性の……、人の扱いとして最低だ」
「だからってよぉ……」
今にも剣を抜かんとしていた冒険者だったが、守るべきあいてが折れてしまっては、やる気も折れてしまったようだ。
二人して力なく椅子に座り、周囲も哀れみの目をコジモに向けるばかりだ。
「私もキツく言いすぎたわ、ごめんなさい。けれど、今のままでいいわけではないわよね?
何も行動を起こさず、流されてるだけじゃ変わらないわ」
「そうだね……。しかし、今さら話をなかったことにできるわけが……。そうだ!」
あっ……、地雷を踏んでしまった。
そう気づいた時には、すでに遅かった。
「君と結婚すると公表しよう! そうすれば、君から私を奪う形になるのを嫌がって、相手も諦めるはず!」
「もしかしなくても、かなり酔ってる? まったく無意味じゃない。
それに、あなたがすべきは婚約の破棄じゃなく、貴方自身がどう向き合うかよ。
本当にこれでいいのか、それで後悔しないのか……。
あなたの気持ち、納得さえできれば、問題は解決するでしょう?」
「私の気持ち……、ですか……。フフッ……」
しょぼくれていたかと思えば、次は自嘲気味に笑い出す。
こういうのを情緒不安定って言うのかしらね。
「なにがおかしいの?」
「いえ、今まで一度も私の気持ちなど、問われたことがありませんでしたから……」
「結婚の話さえ、あなたの気持ちは誰も何も聞いてくれなかったの?」
「えぇ。ただ決定事項だと。そして今日、相手方の家に挨拶に行けと……」
「それで、嫌になって逃げ出したのね」
「はい。その時あなたと会いました。そして再びあなたが私を探しにきてくれた……。
運命を感じずにはいられないでしょう?」
「運命というのは、時に残酷なものよ」
「そうかもしれませんね……」
何度目かわからぬため息をつき、グラスに自ら酒を注ぎ、またも一気に飲み干した。
少しの沈黙。その気まずい沈黙を切ったのは、あの冒険者だ。
「あー。旦那、ちょっといいですかい?」
「ん? どうしたんです?」
「相手の家に行ったのに、本人には会わなかったんですかね?
それに、許嫁ってやつは、昔っから決まってて、何度か顔合わせするもんでは?」
「それが最近、突然降って沸いた話なんですよ。
それに、相手は魔導士ギルドに所属していますからね。
魔導士学校に行ってからというもの、それっきりだとか」
「てーことはつまり、相手も親が決めただけって訳ですかい……。
そりゃ、相手の娘も突然の話に困ってるでしょうなぁ……」
「どうでしょう。あちらがたの話は、私にはわかりかねますね」
「外のモンが口出す事じゃないとはわかってんですがね、どうにも……」
自分たちの感覚からは遠い話に、彼は眉間に皺を寄せながら、眉を垂れさせ、憐れみの混じる表情だ。
その纏う感情の魔力が、娘を嫁に出す父親の雰囲気のようで、少しおかしかったけれど。
そしてその話を聞いて、ポールも入ってきた。
「難しいかもしれないけどよ、いったんこの話をなしにってのはできねえもんなのか?
二人でちゃんと会って、それでお互い納得してからもう一度ってのが、一番後腐れないと思うんだが」
「それは……」
「どうせあなたのことだから、今まで逃げたことはあっても、結局は言いなりになってたんじゃない?」
「ちょっ、お前また……」
「いえ、お恥ずかしいことに、その通りなのです」
「図星なのか……。しかし、相手の居る話だし、流されるままなんて、その娘に失礼だよな」
「なんだかんだあなたも、なかなかひどいこと言ってるわよ?」
「いや、そうなんだが……。やっぱ女にとっては大事なことだろ?」
「そうね。少なくとも私は、自分のことを自分で決められないなんてごめんだわ。
そして、自分のことを自分で決められない人もね」
「ははは……。これは手厳しい」
「よしっ! それじゃ旦那、話付けにいきやしょう!」
そう言って、冒険者はコジモの腕をとり立ち上がる。
まるで連行するようだけど、味方する気ではあるはずだ……。
「えっ? 君も来る気かい?」
「俺は腕っぷししかねえけど、居ねえよりはマシでしょう!」
「まぁ、いいんじゃない? 初めての反抗だもの、味方がいた方がいいわ」
「そうかもしれませんが……」
「そそ。それに、一度白紙に戻してほしいって頼むだけじゃねえか。
完全に話をナシにするわけじゃないんだ、時間が欲しいってだけだろ?」
「そうですけど……」
「それじゃ、決まりね。利害が一致してよかったわ」
「利害……、ですか?」
「えぇ。私も、まだ結婚はしたくないもの」
「えっ……、それは……」
「簡単な話よ。私が、そのボレアリスの娘ってだけ」
「「「えぇーーーー!?」」」
男三人の声が、綺麗に揃った。
次回は4/12(月)更新予定です。




