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012 少女と先生

 倒れるまで走り回ったあの日から二年。私達はお互い必死だった。先生の指導に付いていく私はもちろんだが、先生も見えない所で努力している事は感じ取っていたのだ。彼の勉学も特訓も、日に日に教え方がうまくなっていくのだから。


 私が興味を持ち、そしてめげずに頑張れるようにと、手を変え品を変え指導してくれたのだ。教える立場としての勉強を陰ながらしている事は明白だった。

だからこそ私も、それに負けぬよう予習・復習をしっかりしたし、自ら作った体力づくりのトレーニングメニューをこなすなど、できる限りを行ってきた。ただ、動きが鈍るほどにトレーニングをしてしまい、注意される事もあった。獣人の良い目は、少しの変化も見逃すことはなかったのだ。


 また、魔導の勉強は、父の手の空いている時間を見計らって教えてもらい、特に重点的に行った。なぜならそれは、武術では対抗できないものだからだ。

前までの色が見えている時ならば、どのような攻撃がどの程度の威力で放たれるか、そしてどこへとそれが向かうかなど、手に取るようにわかった。けれど今は、せいぜい威力を測れる程度。属性も、どこへ向かうかも正確には()()()()のだ。

そして先生も、元ある知識と実践経験である程度は理解しているそうだが、獣人特有の感覚の鋭さによってなされている事が多いらしく、私には習得できそうにもない。それは色が見えていた時の私が、他の人に説明できないのと同じだ。だから仕方ない事だと諦め、父を頼ったのだ。


 父の家系は代々優れた魔術師で、何代も前の先祖が英雄的活躍をしたことから貴族として認められ、この地を治めてきた。また父本人も非常に優秀な魔術師として、魔導ギルドで大きな貢献をしたらしい。

その父に教えを請えば、人並みに落ちてしまった魔力を見る力でも、魔法に対処する方法を教えてもらえると考えたのだ。

だが、それは大きな成果は得られなかった。魔法知識は先生よりさらに進んだ見分を持っていたのだが、実践での魔法に対する防衛は、簡単に言えば「常に防御魔法を展開しておく」という事だったため、魔術を使えない私には最初から不可能だったのだ。


 その事を伝える父は、私がショックを受けるのではないかと心配していたらしい。けれど私は、方法がないという事が分かっただけで十分だった。なぜなら自身の弱点を理解していない方が危険であり、理解したうえで別の方法を用意する事こそが重要であると、先生に説かれていたからだ。

その受け売りの言葉に、父は実践的な訓練ができていると舌を巻いていた。


 そんな日々が続き、今日も一日が終わろうとしていた。夕日で赤く染まる空の下、屋敷の中庭ではドサッと先生が地に伏せる音が響く。


「見事だ……」

「ありがとうございます」


 起き上がり、土ぼこりを掃いながら彼は言う。しかし、私が先生を打ち負かしたというわけではない。

武術には型があり、それは「こういった時にはこう対処する」という、状況から導かれた最適解だ。それらは先人たちが残した知恵であり、その通りにこなせるならばある程度の強さを得られる、凡人のためのテンプレートだ。その型を正確に行えたのであれば、たとえ力の差で無理やり状況をひっくり返せたとしても、先生は倒れてくれるのだ。


 何しろ獣人なのだから、本気を出せば無茶を通す事くらいできるだろう。なによりその型というのも、対人間用だ、どうにでもやりようがあるはずだ。

けれどそれをやらないのは、これが命をかけた戦いではないからだ。それになにより、学んでいるのは護身術なのだから、逃げる隙さえ作れればいいという考えがある。


 貴族の娘、次期頭首として求められる事は、攻め入る事ではない。箱入りで頭でっかちの金持ちを襲う野盗であったり、もしくは敵対勢力の暗殺者など、それらの脅威から逃げ延びられれば十分なのだ。ならば人間が可能な範囲の襲い方を想定したこの訓練は必要十分であり、それ以上は無駄である。

それに対獣人、対魔族を考え出すと、上空や地中からの攻撃をも考慮に入れる必要がある。その心配をするのならば、護衛を増やした方がいいだろう。人間と違って、重要な人物だけを狙う事はまずない相手なのだから。


 だから私は護身術という名目で訓練を頼んだ。

けれど本当の目的、それは復讐。身を護るだけの武術では足りないのだ。


「先生……、私は強くなれたでしょうか」

「はい。みちがえるほどに」

「それは、どのくらい……ですか」

「どのくらい? むぅ、どう表現したものか……」


 顎に手をやり少し悩む。それは彼にとって返答に困る質問だ。「どのくらい」などというあいまいな表現は、彼と私の感覚の違いが大きすぎて非常に言い表しにくい。

獣人の大人と、たかだか11歳の人間の娘。例えば「力いっぱい殴る」といった事であっても、彼なら土壁に穴をあけられるかもしれない。けれど私は薄い木の板を割る事も難しいだろう。

だからこそ私は、答えにくいと分かっていながら聞いたのだ。


「少なくとも護衛術は十分実用範囲ですよ」

「つまり……冒険者としてやっていける程度ではないという事ですか」

「まさかとは思いますが、冒険者になりたくて武術を?」

「先生は冒険者と行動を共にしたことがあると、前に言われていました。

 ですので冒険者くらいの実力を付けられたのか、それが知りたいのです」

「……ふむ。結論から言えばノーです。なぜなら方向性が違う。

 私の教えたのは護身術、つまり守りの力。冒険者に必要なのは攻める力。魔物の討伐を行うのですからね」

「では私は、魔物と戦う力はないのでしょうか」

「逃げ延びる事ならば十分に可能でしょうが……」


 ここまで引き出せたのなら十分だ。あとは先生を説得し、冒険者程度の実力が必要だと思わせればいい。そしてそれを足掛かりに……。


「先生は、この地に黒竜が襲来したことをご存知ですか?」

「……えぇ」

「私は、お父様の後を継ぎこの地を治める事となります」

「……そうですね」

「ですので、自分の身を守るだけの力では十分ではありません」

「……ですが、黒竜を倒すなど、冒険者ギルドの者たち全員を出しても不可能です」

「えぇ、それは分かっています。けれど、相手は黒竜だけではありません。

 万一魔物の異常繁殖などが起きても、今の私では見ている事しかできないのです」

「治める者の役目とは、来たる時のために日々備え、そして指揮を執る事です。

 貴方自身が攻め入る必要はなく、そのための力も必要ないでしょう」

「ですが……」


 言葉に詰まる。まさか彼が突然質問され、上に立つ者に必要な要素を淡々と答えられるとは思ってなかった。もしや誰かが私の思惑に気付き、先手を打って彼に入れ知恵をしていたのだろうか。


「……しかし、将来自らの無力を嘆くくらいなら、今できる全てをしたい。その考えは私も同意します」

「えっ?」

「私も、もっと強ければと悔やんだことがありますからね」

「先生が……ですか?」

「いえ、この世界に生きるなら()()()がですよ」


 彼が何を見てきたのかは知らない。けれど、私が思うよりもずっと、彼が目にした人々は幸せで、平坦な人生を送ってきたわけではないのだろう。


「君は少しばかり危なっかしい。強くなるためとはいえ訓練でもたびたび無茶をしていましたしね。

 もしもの時、できもしないのに誰かを守るためならその身を捧げてしまいかねない脆ささえある」


 ため息交じりのあきれ顔でそう語る。それは私の今までの行いの結果。そのように彼の目には見えていたのなら、否定する事などできるはずもない。私はまだまだ未熟と言いたいのだろう。


「しかし……、ならばそれを成し得るほどに強くなる、それが一番の解決法かもしれませんね」

「……!」

「けれど私は教えられるほどに冒険者としての戦い方を知りません」

「そんな……」

「だから、君が君自身で考えなければなりません。これからどうしたいか、そしてこの先どうありたいかを」

「……私は―――」


次回更新は。2/5(水)予定です。



以下雑記



そろそろ一区切りが見えてきました。まぁ、今回二年ほど時間も飛びましたしね。

キリのいいところまで進めたら、投稿頻度を少し落とそうかと思います。

ってことで、今後もよろしくお願いしま~す!

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