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011 限界

 午後からの訓練は、普段運動をほとんどしない私には非常につらいものだった。

もちろん先生はそれを考慮して、最初は入念なストレッチと、軽く体を温める程度の運動から始めてくれる。

その時点で疲れを感じてはいたものの、それでめげる訳にはいかない。私の目標は、多少の運動で達成できるものではないのだから。

 そして準備ができた所で、実際に訓練に移るかと思ったのだが、そうではなかった。


「まずは体力測定だ。方法は簡単、逃げる私を捕まえてみせよ」


 つまり鬼ごっこというやつだ。小さい頃はよく使用人たちと一緒にやっていたので気が楽だ。おそらくは彼もいきなり実践的な事をするよりは、気持ち的に負担が少ないと思って提案してくれたのだと思う。

だが、それは本気の鬼ごっこだった。使用人たちが私に合わせて手を抜いてくれていた事は、色が見えていた当時の私は理解できていた。だから私が捕まえられるのは、相手が楽しませるためにやってくれているのだと割り切っていた。けれど今回は本気だ。少なくとも私は。


 コの字型の屋敷の中庭で私と先生は走り回る。先生はハーフパンツ姿の上半身は裸の状態。だって獣人には毛皮という自前の服があるのだから、運動するときにまでお洒落の意味しかない服を着る必要はない。白と言うより、銀に輝くような毛並みと、細くしまっていながらも鍛え上げられた身体を誇るかのように見せる、最低限隠すところは隠すだけの服装だ。

 私も同じく見た目ではなく、動きやすさを重視した半袖半ズボンの姿。肩にかかる髪をメイドに結ってもらい、団子状にまとめている。その髪が、動きにあわせてリズミカルに揺れるのを感じていた。

そして目前にある先生の黒の縞模様が入った白い尻尾もまた、私を挑発するようにリズミカルに揺れるのだ。

 手を伸ばせば届きそうで、しかし寸でのところで逃げられる。必死に走っても、その距離が縮まることはなく、まるで先生は頭の後ろにも目があるようで、私との距離を正確に測っているように思えた。


 どのくらい走り続けただろうか。10分? いや15分くらい? 本当はもっと短いかもしれない。それほどまでに長く走れるほど、手を抜いてはいない。全力で走り続けたつもりだ。

体中が熱く、胸の奥が焼けるように痛い。咳をすれば血を吐くのではないかと思うほどに、呼吸すらも苦しい。

けれどそれでも、私は走り続けた。もう二度と大切な人の手をつかみ損ねたくなかったから……。


 けれど、どれだけ気持ちで体に無理をさせても限界はくる。足がいう事を聞かず、膝が震える。

徐々に速度は落ち、目標の縞模様は遠く、手だけが体を置き去りにするようにそれを求め伸ばされた。だが、それも届く事は無い。

 ぐったりと座り込み、ぜぇぜぇと肩で息をする私に、先生は駆け寄ってきた。


「ふむ、この程度か……」

「いえ……まだ……やれます……」


 彼の顔を見上げるのもやっとな私は、きっとひどい顔をしていただろう。けれど私は負けられない、「この程度」と言われてはいけない。人間の限界すら超えて、叩かねばならない相手がいるのだから。

気力だけで立ち上がり、再び走りだそうとするが、身体は気持ちにはついてこなかった。

ふわりと意識だけを宙に残し倒れこむ。そんな私を先生の白い毛並みが抱きかかえた。


 そのまま軽々と持ち上げられ、自室へと連れていかれてしまった。情けない、どれだけ気持ちがあろうとも、能力が無いだけでなく身体もついてこないのだ。

そして先生もまた、あれが本気であるはずがなかった。息が上がっていないどころか、汗すらかいていない。彼にとってはまるで軽いジョギングどころか、散歩程度の事なのだ。それにもついていけない不甲斐なさに、今にも涙がこぼれそうになる。


 汗に濡れた服をメイドに着替えさせてもらい、ベッドに横になる。彼女は心配そうに濡れたタオルで体を冷やしながら、水分を取るようにとレモンの入った水を差し出してくれた。

そうして少し落ち着いた頃、部屋の戸が叩かれる。入って来たのは、服を着替えた先生だ。

ベッドの横までやって来た彼の顔は、いたずらを叱られた猫のようだった。


「申し訳ない、私の見誤りで無理をさせてしまった」

「いえ、私が強くなりたいと言い出したんです。先生はそれに応えようとしてくれただけです」

「それでも、相手の限界を考え、無理をさせないようにするのも師の役目。私はまだまだ未熟なのだ……」


 耳をへたりと折り、深々と頭を下げる。そのように彼を追い詰めたのは、私が結果を急いだからだ。

またいつ黒竜がやってくるか、その心配はある。しかしそれでも強くなるためとはいえ、無理をしていざという時に動けず、再び足手まといになるような事だけはあってはならない。

急ぎたい気持ちはある、だからこそ焦ってはいけないのだろうか……。

そして私も先生も、まだお互いの事を知らない。もっと分かり合ってからでも遅くはないのかもしれない。


「先生は、今まで人と関わる事が少なかったのですか?」


 その言葉に、少し戸惑いを見せる。私の発言の意図が分からないからなのか、もしくは教育係を外されるという心配からか……。


「……はい。元は獣人同士で暮らしておりました。ゆえに人と関わるようになったのも、奴隷となってからです。

 そして関わった人間達も、今にして思えば皆人間離れしていたのです。その上まだ成長段階の人間というのは、貴女が初めてです……」


 伏し目がちにそう告げる。その様子は、教育係として自身が不適格であると自覚しているようだった。

そしてメイドも口をはさむ事は無いが、呆れたような目で彼を見る。けれど私は、彼ほどにまっすぐ向き合ってくれる人ならば、師と仰ぎ、付いていきたいと思う。


「私も同じです。周りのみなさんは、私を”貴族のお嬢様”として見ています。先の教育係をしてくださった方も、お友達と認識しているような、そういった方でした。

 だから、先生とお呼びするのは貴方が初めてなのです。どうか不甲斐ない生徒ではありますが、これからもよろしくお願いいたします」


 その反応は予想だにしないといった様子で二人は私を見つめる。解雇を言い渡される覚悟をしていた彼は、言葉を失うった。

そしていくばくかの沈黙の後、静かに彼は問いかけた。


「まだ、私を信用していただけるのですか……?」

「はい。強くなるには、このくらいでへこたれません。これからもどうか、厳しくお願いします」

「……ありがとうございます。私も先生として、勉強させていただきます」


 そう言い残した彼は「失礼します」と、やはり優雅に礼をし、部屋の外へと出てゆく。

そして残されたメイドは、恐ろしいほどに心配した様子で問い詰めた。


「よろしいのですか!? あのような蛮行、今すぐクビにすべきことですよ!?」

「いいえ、そのくらいでいいのです。いつまでも真綿に包まれて、夢見心地で居る訳にはいきません。

 お父様がそうしてくれたように、私も大切な者たちを護れるようにならねばならないのですから」

「……立派になられましたね」


 少し涙ぐみながら、彼女は引いた。領主の娘としての自覚が芽生えた事に喜びを感じているのかもしれない。

けれど私の本当の目的は、仇を取る事。彼女たちには悪いが、これはただの踏み台なのだ。


次回は2/4(火)更新予定です。



以下雑記



ションボリ虎獣人を撫でまわしたい……。

おっと失礼、つい本音が。

というわけで、唐突に先生呼びになってますが、アレです。どれです?

前回までは奴隷扱いすべきか悩んでたんですよ。たぶん。

実際今まで客人の連れる奴隷しか相手にしたことないわけですからね。

うん、本文でそれとなく語れってハナシなんですけど、書いてて無理だなって悟った。

んで、外部の人の奴隷だから先生扱いなんですね。父親の直接の奴隷なら奴隷扱いしてたかも。

いや、性格的にそれはないかもしれないけど。うん、どうだろうね。

って事で、次回もよろしくお願いしま~す!

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― 新着の感想 ―
[良い点] もふいです! うらやましいです! かわってほしいです!! 前半のカッコよさも後半のしょんぼりも最高ですソーンさん!!! すみませんあまりに『もふポイント』が高くてごほうびすぎましたので……
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