105 名前
五章ここまで!
次回更新は2/1(月)です。
次回からは、ミズキとの旅王都編から始まります。
よろしくお願いしま~す!
私の目は、たとえ星のない夜であっても、世界を見通すことができる。
それは、ひた隠しにしたい心の中であっても。
秘め続けた想いも、今にも爆発しそうな心臓の鼓動も……。全て、全てを見通していたのだ。
「ハシミさん、本当のお名前を教えていただけますか」
その言葉を発するのに、彼女が要した数々の想いは、夜空に舞い上がるように闇へと消えていった……。
◆ ◇ ◆
「それでねー、縄で縛って街道にポイってしといた」
「えー……、それって大丈夫なの?
いくら悪質なファンだからって、さすがに……」
「大丈夫大丈夫、退魔結界は強力だし、動物よけの香草も撒いといたから。
すぐにアルティから冒険者がくるし、今晩には拾ってもらえるよ。
さすがに、一日くらいなら飢えないでしょ」
「え? それって逆に、罰にならないんじゃ……」
「何も知らなければ、怖いだろうねぇ……。
ノッテちゃんも、最初からこのつもりだったんでしょ?」
「退魔結界の事だったら、誰かがあの場に残る事になると思ったからそうしただけよ。
私はあなたほど、非人道的な発想は浮かばないわ」
「えー、これでも配慮したつもりなんだけどなー」
「配慮の結果が、縛られて一日放置なんだけど!?」
サキさんは、ルッツさんにべったりと甘えている……。ように見えるのは、私が昨日の話を聞いてしまったからだろうか。
ただ、それが悪い事だとは思わない。今の彼女は、昨日泣き出した時の魔力の色は完全に消え、新たな目標を目指し、この世界を受け入れ、前に進もうとするきらめくものへと変わっているのだから。
こちらの世界で成功し、そして元の世界に戻って、兄だけでなく、両親も魅了するほどのアイドルになる。その夢は希望となり、彼女を悲しみの海から救ったのだ。
それとは反対に、その横で静かに微笑むマキさんは、表情こそ今までと変わらない。けれど、その心のうちは静かに、そして深い哀愁の色を漂わせていた。
◆ ◇ ◆
『本当の名前、ですか?』
『はい。元の世界での名前を……』
『そういうことですか。橋見汐志郎と申します』
『そう……、ですか……』
期待と違う反応に、マキィさんはしゅんと視線を下げた。
『え? なに? マキと知り合いなの?』
『いえ……、その……。とても似た方がいらして……』
『似た人? え? ハシミさんじゃないの?』
『はい……。その方は、私の送り迎えをしてくださる運転手さんで、桜川誠という方です。
本当に瓜二つで……。でも初めて会った時、気付いていらっしゃらなくて……』
『マキとしても、本人かどうか、わかんなかったんだね?』
『はい……。とても親しくしていただいていたので、まさか気付かれないはずはないですし……』
その時彼女が思い浮かべた人物の、運転する姿のイメージもまた、私の目にははっきりと映る。
それは確かにハシミさんと瓜二つ……。いえ、完全に同一人物としか思えなかった。
それは、ハシミさんと話した時の、彼の記憶にあるタクシードライバー姿とも重なり、到底別人だとは思えない。
『そういえば、ハシミさんは元の世界ではタクシードライバーをしていたと言ってたわね。
その仕事で彼女と出会っていたとかはないの?』
『えっ!? それってもしかして、ホントに……』
『いえいえ、私は個人のタクシーですし、同じ人を何度も乗せるようなものではありませんよ』
『はい。それに桜川さんは、専属で付いていただいている方だったので……』
『他人の空似ってやつ? にしたってねぇ……』
『そうね。あなたたちの世界では、運転手という職業が、みんな同じ見た目をしているとかでない限りね』
『なにそれ怖い』
◆ ◇ ◆
そのような事があって、彼女は落ち込んでいるのだ。普段から三人の中で、一歩引いた雰囲気なのを私は感じていた。それは性格からくるものもあるだろうけれど、それ以外の理由もあるようなのだ。
「ところで、サキィさんたちは、元々知り合い同士だったのよね?」
「そうだよ。アキと私は近所に住んでて、小学校……、ってこっちにあるんだっけ?
えーっと。ま、とりあえずちっさい頃からの友達なんだ」
「そうなのね。あら、マキィさんは?」
「私は、高校の進学の時に、アキさんたちと同じクラスになったんです。
私立から公立の……、別の学校からの転入のようなものでしたので、友達もおらず……。
そんな時、サキさんが声をかけてくださったんです」
「学校の制度はわからないけど、商人の学校から冒険者学校に編入したようなものかしらね」
「そのような理解で十分ですな」
前提の認識がずれているため、理解しきれているかわからない。けれど、私には相手の思い浮かべる事が直接わかるので、特に問題ない。
それでも、理解が合っているか確認することは忘れない。ハシミさんたちにも、私の能力の全容は明かしていないのだから。
けれど、本当に言葉の意味だけを受け取っているなら、もっと他の疑問も出るようだ。
「でもさ、なんで違う学校に行くことにしたの?
商人と冒険者くらいの差なら、かなり違う気がするんだけど」
聞いていたルッツさんは、そんな疑問を口にした。
冒険者だからこそ、商人との差に気になったのかもしれないけれど。
「えぇと、そこまで大きな差はないと言いますか……。内容に差はなくて、別の施設といった程度なんですよ」
「へー。それなら逆にさ、移らなくてもよかったんじゃない?」
「それは……」
ルッツさんの無邪気な問いは、マキィさんを言い淀ませる。心のうちを知らないからこそ、相手が聞かれたくない事も、何も思わず聞いてしまうものだ。
「言いたくなければ、言わなくていいわ」
「いえ、そんな大した理由でもないんです。
ただ、親が決めた通りでいいのかなって思って……。
ずっと親が決めてくれていたんです。学校も、習い事も、将来も。
でもそれだと私、何も知らないままだなって思ったといいますか……」
「何も知らない?」
「はい。親が決めたものは全て、親の許せるレベルを超えたものといいますか……。
ある程度、私に届く前に選別を受けてるんだって思ったんです」
「そうね、自分の子に与えるものは、良いものにしたいと思うのが親心よね」
「それはわかっているんです。でも、それだけじゃダメなのかなと……。
本当は昨日料理する時も、今まで与えられたものと違ったらどうしようと不安でした。
弘法筆を選ばずと言いますし、何を前にしてもできることこそが、本当の自分の力なのではと……」
「えーっと、そのこうぼうなんとかってのは……」
「つまり、料理で言えば、どのような材料でも一定の味を作れるのが、その道を極めた者だという事ですな」
「そうなんです。だから昨日ハンさんがお肉を持ってきてくれた時も……」
「そういえば、どうやったらいいかわかんないって言ってたね」
「はい。結局ルッツさんにお願いしてしまいましたし……。
だから、親の選んだものだけで過ごしていてはダメになるんじゃないかって不安に思ったんです」
「さすがに仕留めた獲物持ってこられて、普通に調理できる方がどうかと思うけれど……」
「魚ならともかく、動物さばくのは私も無理」
私の意見に、サキィさんも同調する。
一応知識は入れたし、前の旅でそういう機会もあったから、小動物程度ならできなくはない。
けれど、昔の私のような、箱入り娘で育てられた彼女には、到底無理な話だろう。
そんな話を聞いた時、サキィさんは思ったのだ。彼女は自分と同じなんだと。
だから、きっと同じような悩みがあると、そう期待して問うのだった。
「それじゃあさ、マキもアイドルになるって言ったら、親が反対したんじゃないの?」
「言ってませんよ?」
「へ?」
「アイドルになるとも、オーディションを受けるとも、両親には言ってません」
「マジ?」
「えぇ」
ニッコリと笑い、さも当然のように返された答えに、サキィさんは苦笑いだ。
「……。たまにマキって、私たちを驚かす大胆なことするよね……」
青い顔のアキィさんは、その一言だけ発する。
そして再び、ぐったりと横になるのだった。
「だって話してしまうと、裏で工作して合格にさせそうでしたもの」
「いや、その発想は……。うん、マキんちならできそうだけどね」
同じようで違う。そんな隔たりを感じながら、サキィさんは笑う。
それぞれ想いも悩みも違っていても、それでも目指す方向は同じなのだ。だから彼女たちの結束は強い。
互いに強い所も、弱い所も違う。だから支えあえるのだ。
そんな彼女たちを見ていると思い出す。ロベイアは今頃、どうしているのだろう。
私がいなくても、きっと大丈夫。そう信じていても、最後にお別れを言えなかったことが、心に引っかかっていた。
そして、私もまた、マキィさんと同じだ。
心のうちにあることを告げず、家族から逃げるように今こうしている。
あの時、父の言葉に従っていたなら……。そう考えてしまうと、ぎゅっと心臓を握られているような感覚に陥る。
そう、あれはあの時の……。ミズキと旅した、王都での出来事だ……。




