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104 夢の先

 月なき空を見上げ、満天の星々へとため息を漏らす。

溢れる事なく舞い上がるように、すっとその息遣いも空へと還る。


 倒木が開いた木々の隙間。私とアキさん、サキさん、マキさんは静かに星々を眺めていた。

そして、私の膝を枕にし、マティナさんはすぅすぅと寝息をたてる。少しはだけたブランケットをかけ直してやると、むにゃむにゃと愛らしい笑みを浮かべた。



「静かになりましたな」


「そうですね。あちらは大丈夫でしょうか?」


「彼らはあれで、優秀な冒険者ですから。問題ありませんよ」


「そうですか。ハシミさんは、あの方達とは長い付き合いなんですか?」


「そうですな。王都で神官をしてた頃出会いましてな。もう、何年になることやら……」



 思い返せば、何かの運命、もしくは誰かの意図を感じるほどに、彼らとはよく会うのだ。

もっとも、彼らが特別な地位にいる事から、そうなっている可能性も否定できないが。



「そういえば、私は一人で世界を見て回る旅をしていた事もありましてな。

 その時滞在していた村でも、彼らとは会ったのですよ。妙な縁もあったもんですな」


「そうなんですか。世界を一人で旅するなんて、すごいです。

 私たちも、これからワールドツアー? みたいな感じで、色々な場所を巡る予定なんですよ。

 なにか面白いものとか、見ておいた方がいい、オススメのものってありませんか?」


「でしたら……。花火大会は見ておいた方が良いでしょうな。

 いえ、むしろ参加して、盛り上げてやってほしいところです」


「えっ!? 花火大会があるんですか!?」



 アキさんはぐいっと身を乗り出し、驚きの表情をしている。

それは他の二人も同じで、「まさかこの世界にも花火があるなんて」といった、そういった表情だ。



「えぇ。その花火大会というのが、先ほど言っていた村でのイベントなのですよ。

 その村とは……、あなた達のような、異世界人の多く暮らす村でしてな」


「えっ……」



 今度は驚きよりも、困惑が勝った様相だ。

少し焦るような……。神官時代には、こういった表情の人々を多く見ていた。

懺悔室に来る、何かを隠したいが、話したい。そういった人々と同じ雰囲気だ。



「…………」


「もしや、予想を外してしまいましたかな?」


「いえ、あの……。どうして気付いたんですか?

 それに私達以外にも、こっちの世界に来た人って居るんですか……?」


「ふふっ……。何を隠そう、私も異世界人ですからな」


「嘘っ……」


「嘘などつきませんよ。その証拠に、この世界にないものの話をしましょうか?

 元いた世界では、今日のように晴れた夜には、綺麗な月が我々を照らしていたものですな」



 私の言葉に、アキさんは両手で口を押さえ、驚きを表す。

そして、その手を差し出し、私の手を強く握りしめ、ぶんぶんと振り回すように握手してきた。



「私達っ……。他に同じような人が居るなんて知らなくてっ……。ずっと不安でっ……」


「それはさぞ心細かったでしょう。もう心配はいりませんよ。

 我々には、多くの同郷の仲間が居ますからね」



 涙ぐみ、言葉を詰まらせるアキさん。

彼女は、他の二人を心配させまいと、ずっと耐えてきたのだろう。

涙を溜めた潤んだ目でこちらを見つめ、そして年相応の、可愛らしい笑顔の花を咲かせた。



「よかった、私達だけじゃなかったんだ……!」


「えぇ。そうですよ」


「うんっ!」



 そして振り返り、隣に座るサキさんの手をとり、力強い声で呼びかけた。



「よかったね、サキ! これで帰る方法がわかるかもしれないよ!」


「…………」



 けれどそんなアキさんとは対照的に、サキさんは浮かない顔をしている。

見つめられたアキさんの視線から逃げるように、目を逸らしたのだ。



「どうしたの? サキ、嬉しくないの?」


「あのね……。アキ、今この世界に居るってことは、その人達は……、帰ることができてないって事なんだよ……?」


「えっ……」



 その言葉を聞いて、アキさんも気付かされたのか、はっとし、そしてうつむいてしまった。



「ごめん、サキ。私、勝手にはしゃいじゃって……」


「ううん。私こそごめん。アキは、元気づけようとしてくれたんだよね?」


「うん……。でも……」


「ううん、アキのせいじゃないもん。だから、アキがそんな顔しなくてもいいの。

 それに、私にはアキもマキもいるもん。頑張らないと」


「でも……」


「大丈夫、もうさっきみたいに泣かないから。三人で帰る方法、探そ?」


「うん……。そだね……」



 どうやら、サキさんの夕食の時の涙は、家恋しさの涙だったようだ。

友人が居たとして、知らない世界に急に来てしまったなら、そうならない方がおかしいだろう。

けれど、だからといって感情を抑え込むのは、さらに気持ちを疲弊させるだけだ。



「感情は言葉にする事で、胸の中から重石を取り除いてくれるものです。

 もし辛いのであれば、話してみてはくれませんか?」


「ハシミさん……」



 サキさんはしばらく沈黙し、悩む。それは言うべきか、そうでないかを悩んでいるのか。

もしくは、どう言葉にすべきかを悩んでいるのだろう。

そうして悩み、重石になっている、本当の原因を考える事こそが、心の整理になるのだ。



「あのね……。私たち三人はね、アイドルグループのオーディションに行く途中だったの。

 その電車から降りようとした時に、こっちに来ちゃったみたいで……」


「うん。突然だったよね、いきなり部屋の中に居て、目の前におじさんたちがいて……」


「そうそう。それで、アキがいきなり自己紹介して、ダンス披露したんだったよね。

 いまさらだけどさ、あれなんでそうなったの?」


「あっ、あれはねっ! ほら、緊張してたから!

 だから電車降りて、オーディション会場までの間の記憶が飛んだのかなって!」


「あ、責めてるわけじゃないからね? 私も急の事で混乱してたし。

 それに、おかげで私も続けやすかったし」


「うん、練習通りに三人で合わせたんだったよね。

 あー、あれが本番だったら合格できてただろうなー」


「それはわかんないけどね?」



 二人はクスクスと笑い合う。今はもう、先ほどのように泣き出すほどではないのだろう。

きっとアキさんの輝きが、サキさんの涙も吹き飛ばしたのだ。



「まぁ、それが商人ギルドだったんだけど……。

 おかげで、今は望み通りこっちでアイドルやれてるんだよね」


「そう考えると、運が良かったよね。もし、冒険者ギルドだったら……」


「ホントそうだね」



 サキさんは小さくため息をついて、体育座りの膝の上に腕を乗せ、その上で頬杖する形で地面を眺める。

そして、ゆっくりと続けた。



「私ね……。親と喧嘩しちゃって、飛び出してきたの」


「えっ!?」


「ごめん、これはアキにも言ってないこと。

 ウチの親に、オーディション受けるって言ったら、めちゃくちゃ怒られてね……。

 勉強も続かない、成績も悪い、そんな奴がアイドルのレッスン続けられるのか! って」


「サキ……」


「意味わかんないじゃん!? 学校の勉強と、アイドルってなんも関係ないじゃん!!」


「…………」


「でもさ、今思えば、それはそういう意味じゃなかったのかもって。

 こうやってこっち来てさ、ホームシックで泣いちゃうんだよ?

 私の覚悟って、そんなもんだったんだなって……」


「サキ……。ごめんね、私がオーディションなんて誘ったから……」


「ううん、アキのせいじゃないよ。オーディション受けるって決めたのは私だし……。

 それにね、兄ちゃんは応援してくれたの。だから……、兄ちゃんには、私がアイドルしてるトコ、見せたかったな……」


「もしかして、ルッツさん見て、お兄さん思い出しちゃったの?」


「えっ……。ははは、アキにはばれてたか……。

 キャンプで兄ちゃんとご飯食べた事とか、残ったご飯をおにぎりにしたこととか、色々思い出しちゃって……」



 しんみりと星々を見つめ、サキさんはつぶやく。

唯一応援してくれた家族に、頑張っている姿を見せたい……。その想いが、よりいっそう、元の世界へ帰りたいという想いを強めているのだろう。



「それならなおさら、この世界で活躍しないといけないわね」



 ガサガサという音とともに現れたのは、ノッテさんだ。

黒のローブを着た彼女は、夜闇に紛れ、全くそこにいる気配を感じさせなかった。



「ノッテさん……」


「ごめんなさいね、聞こえてしまって」


「あの、もしかして、あなたも……?」


「いえ、私は生粋の現地人よ。けれど、異世界人の事は、多少詳しいわ」


「そう……、ですか……」



 すっと足音もなく、彼女は我々の向かいに移動し、そして同じく、音もなく地に腰を下ろす。



「それよりも、あなた達はもっとこちらで、アイドルとしての高みを目指すべきだと、私は思うの」


「へ……?」


「この世界では、アイドルというのはあなたたちだけ。つまり相手が居ない、どうやったって一位確定の競走よ。

 だから、どんなに手を抜いたって、アイドルというものに興味を示す人は、あなたたちのファンになるしかないわ」


「あー、確かに」


「でもね、あなたたちの元居た世界では、そうもいかないでしょう?

 オーディションをするくらいなのだから、競争相手はアイドルと名乗る前から居る。

 そんな人たちよりも、あなたたちのファンでいたい、そう思わせないといけないの」


「そう……、ですね……」


「ここに来てしまったのが偶然か、それとも何かの意味があるかはわからない。

 けどね、元の世界に戻った時、経験が活かせるよう、ここでアイドルとしての力を磨く。

 そう考えれば、この世界に来た意味ができるわ。

 意味もなく過ごすのか、意味を見出すのか。それはあなたたち次第よ」


「私たち次第……」



 すっと場が静まり、アキさんもサキさんも考え込む。

そして、強い意志を感じさせる声で言うのだ。



「そうだね! アイドルになったって、それで終わりじゃないもんね!

 世界中の人をファンにするほど頑張らないと! ねっ! サキ!」


「…………。しかたないなー、乗りかかった船だ、私も頑張るよ!

 それに……、私たちみたいに、いきなりこっちに飛ばされて不安がってる人も居るかもしれない。

 そんな人たちを、元気付けられるようになりたいもんね!」


「へへっ、なんだかんだサキも乗り気じゃん!」


「まぁね。兄ちゃんに、ダサいトコ見せらんないもん」


「よし! また明日からがんばろう! ねっ! マキ!」


「えぇ……」



 三人は手を取り合い、アキさんに続いて「おー!」と、拳を星空へと掲げた。

今夜は、きっと彼女らには大切な夜として記憶に残るのだろう。


 しかし一人だけ、少し浮かない顔をしている者がいるのも事実だ。

ずっと心ここにあらずといった様子で聞いていた、マキさんだ。


 そして、静かに私の前へと歩み寄り、そっとその胸にあった言葉を紡ぐ。



「ハシミさん……。あなたの本当のお名前を、お聞きしてもよろしいですか?」



次回は1/1(金)更新予定です。


2020年もお世話になりました。

2021年も、どうぞよろしくお願いしま~す!

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