001 最弱魔術師の戦いかた
赤。愚直と呼ぶにふさわしい、まっすぐで、混じり気のない赤。
信念と、正義感だけを感じさせる、燃えるような熱い赤。いえ、実際に燃えていたわね。
私は今、人の形をした炎になっているのでしょう。周囲の動揺が手に取るように……。これも違うわ。目に見えるようだ、と言った方が正しいかしら。
ヘルファイアなんて仰仰しい呪文が聞こえたけれど、地獄の業火にしては穏やかすぎるわ。これじゃ罪人を焼き尽くすなんてできないでしょう。
けれどその呪文を放った彼女は、一応本気のようね。だって、とても怯えた目をしてるもの。
素直すぎる炎と同じ、短く切りそろえられた燃えるような赤い髪。攻撃手段が魔法にも関わらず鍛えられたしなやかな身体。軽装ながらも守るべき所は抑えた革製の防具。どれを見ても私より経験豊富な冒険者だってわかるわ。
2、3歳ほど年下の16歳程度に見えるけど、どんな人生を歩めばそんな経験積めるのでしょうね。
対する私は黒いローブを身にまとい、手には木製の杖。よく燃えると思われても仕方ない姿ね。それに見るからにひ弱そうよね。自分で言うのもおかしいけれど、箱入り娘として育ったもの。
本当は勝負なんてせず、私に引き下がって欲しかったんじゃないかしら。まぁ私もだけど、彼女も訳ありなんでしょうね。互いに引き下がる事なんてできないわ。
それにしても彼女の指輪を媒体とした魔術錬成……。指輪自体に魔力を感じないから、あまり高価なものではないようね。いざとなれば腰に下げられた短剣で戦う……いえ、普段はそちらがメインね。得物から愛着と信頼のオーラが出てるもの。
それでいてこの威力なら、魔術一本に絞ればかなりの腕前なんじゃないかしら。どこかの魔術学校を主席で出たというのは、あながち嘘ではなさそうね。
けれどその目の奥にある恐怖は、何を見ているの?
私が反撃すること? それに対抗できないこと? それとも……私を焼き殺してしまうこと?
さて、そろそろ一分くらい経ったかしらね。ふふ、このくらいの焼き加減を「レア」って彼は呼んでたかしら。「このくらいが美味しいんだ」なんて言ってたけど、ただ待てなかっただけだと思うわ。
懐かしい……もう戻らない日々。
それじゃ、私がこんがりウェルダンになっていると思われる前に、行動しないとね。ここからが大事、私の演技力が試されるわ。
何気なく、大事なのは何気なくって所。肩にかかった髪をかき上げるの。さらりとした黒髪が流れる様子に、目にした誰もが「妖艶さ」を感じるように……。
そうね、少し流し目で観客のおじさまたちにサービスするのもいいわね。余裕を見せなきゃだめ。
……最弱の魔術師だと、決して悟られてはいけないもの。
さらりと髪をかき上げれば、私にまとわりついた炎も消え失せる。そして歓声が上がる。
ここまでは順調ね。さて、この後の台詞回しはどうしようかしら。悪役、演じてみるのもいいわね。
「あら、皆さんどうされたのかしら? あなた何かご存知?」
「ど……どうして……」
ふふっ、いいわね……。その怯えた目。
ただの役とは言え、性悪女にはゾクゾクしちゃうわ……。
「それで、そのヘルなんとかはまだですの? 先手を差し上げたのですから、どうぞご遠慮なく。
観客の皆様を待たせては失礼ですわよ?」
「いっ……言ってくれるじゃない! 後悔してもしらないんだからねっ!」
いいわ……とてもいいわ!
怯えた目をしながらの強がり。……最高のショーになりそうね!
「契約の元、我に力を与えたまえ……。出てこい! 炎の精霊よ!!」
その呼びかけに応えるよう、展開された魔法陣から出てくるのは、手のひらサイズの炎の球。
その中にはうっすらと小人の影が映るけれど、おそらく魔力の弱い者にはただの火球にしか見えないでしょうね。それがこの街を数秒で焼き払える力を持つものだとも知らずに……。
「なんだ? ファイアーボールか?」
「いや、あれこそが炎の精霊だ……。まさかお目にかかれるなんてな……」
どうやら観客の中にも魔導に精通している人がいるようね。見かけはガッチリとした体力馬鹿っぽい人だけれど。冒険者でも飛び込み試験で資格を取ったような、本当に腕っぷしだけの脳筋では存在さえ感知できないものを知っているのだから、彼はそれなりに学ぶ機会があったか、もしくは魔導もかじっているタイプの冒険者かしらね。
どちらにしろ私にとって”強い味方”になってくれるのは確かね。さて、彼の解説を聞かせてもらいましょうか。
「そんなすごいもんなのか?」
「あぁ。精霊を使役できるなんて、試験ナシで魔導ギルドに特別待遇で入れるくらいさ。
けどな……相手が悪い。炎の上級魔法、ヘルファイアを打ち消すほどの相手だぞ?
相手だってその程度できるだろうし、炎神と契約してたって驚きゃしねえよ」
「お前が苦労して入れなかった魔導ギルドに特別待遇か……。地味だがすごいってのはわかった」
「お前ってホントに一言余計だよな……」
どうやらその二人は冒険者仲間のようね。会話の様子から普段どういったやりとりをしているか、何となく察する所があるわ。それにしても魔導ギルドに入りたがったなんて……とんだ物好きも居たものね。
ともかく、彼が十分に素質のある人なのは分かったから、存分に利用させてもらいましょう。
彼に視線をやり、にっこりとほほ笑む。すれば彼と周囲に居たおじ様たちは、力なく膝を折る。先ほどの何も知らない彼を除いて。
「おい、どうした? まさかあんな小娘に骨抜きにされたか?」
「いや……力が入らない……。魔力に中てられたみたいだ……」
からかうように言われても、反論らしい反論もできずぐったりとしている。
魔力に中てられた、近からず遠からずね。さて、ファンの期待に応えて反撃しないとね。
「あらあら、かわいい精霊さんね。ほら、こっちへいらっしゃいな」
「なっ……バカにすんじゃないわよ! モート、行きなさい!」
へぇ、精霊にモートっていう名前を付けてるのね。なんだか微笑ましいわ。
でも当の本人? 本精霊と言うべきかしら。ともかくモートは、ふわふわと私のもとへやってきて、手のひらに小鳥のようにちょこんと座ってみせたの。
「ふふふ、甘えん坊ね」
「なんでっ! どうして!?」
「どうしてって、当然でしょう? より強い者に付く、それが精霊というものよ。
そうね、モートちゃんを見せてもらったし、私の方も紹介しようかしら。
姿を見せていただけるかしら、炎神ヴァルカン様」
次の瞬間目にしたのは、炎の赤を背景に大地に焼きつけられた私の影。そして驚愕と恐怖に震え、涙を流すモートを召還した少女。
その瞳に映るのは、私の背に立つ巨人の姿をした炎の塊。この場にいるすべての人々が、それこそが炎神ヴァルカンだと強制的に認識させられ、中には手を合わせ祈りをささげる者さえいた。
「あら、今日はご機嫌ですのね。誰も消し炭になってませんもの」
「嘘……あぁ……」
彼女から絞り出された言葉はたったそれだけ。目前で起こっている事が理解できないわけではない。けれど到底受け入れられないのでしょうね。
私はゆっくりと彼女の前へと歩み寄る。じりじりと後ろにのけぞろうとしているが、それすらも体がいう事を聞かず、ギクシャクした動きとなっている。
「ねぇ、何をそんなに怯えているの? あなたもこれくらいできるでしょう?
それとも……相手の力量も測れないのに挑んできたの?」
「ごめん……なさい……」
「私は全て見えているわよ? あなたの力も、あなたの未来も……」
そう、私には見えているのだ。昔からずっと……。
はじめましての方ははじめまして。
そうじゃない方は毎度ありがとうございます。カズモリです。
やってしまいましたね、同時並行連載。ガンバリマス。
と言っても、もう片方はもうすぐ完結するんですけどね。
どうかそちらもよろしくお願いしま~す。露骨な誘導。
「私、クソラノベに召喚されたのであるある展開を制覇します!」
→https://ncode.syosetu.com/n3295fy/
過去作などはこちらをどうぞ
→https://ncode.syosetu.com/s4130f/
え? 「それよりも一話目から最弱じゃないじゃないか」だって?
はて、何の事でしょうね? なろうではよくある事ですよ。たぶん。
さて、次回更新は、1/29(水)の予定です!
一気に5話進めますので、よろしくお願いしま~す!
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