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三、少女の記憶

    三、少女の記憶


 黒い壁は終わることなく、永遠と続くかのように広がっていて、この道を進もうと思う気力を喪失させていく。白い道は、黒い壁とは対照的に明るく、歩くことを頑張ろうと思わせてくれる。。

 その道を、ただただ先に辿り着くために三十代の男と、十四歳くらいの少女がひたすらと歩いていた。

 歩いてもう二時間くらいは経っただろうか。二人は会話もせず、ただ黙々と進んでいた。いや、正確には会話はしていた。少しではあるが、男は自分が覚えていることを少女に話した。どのような仕事をしてきたか、職場での人間関係、同僚の愚痴など、少女には関係の無い話をした。今思えば、何故話したのか分からない。とても無意味なことだった。

 しかし、少女は嫌がる顔もせず、ただただ話を聞いてくれた。そのせいもあるのか、男は少女にとても多くのことを話してしまった。

 男はたくさんのことを少女に話したが、一時間後には話す内容が思いつかなくなり、ただ進むだけの状況になり、今に至る。

 この道には本当に何もなく、とても退屈する。退屈凌ぎでもあればいいのにと思うほどである。

 しかし、少女は退屈でもないのか鼻歌をしながらスキップをしていた。

 本当に退屈じゃないかは分からない。

 顔を見ることができないからだ。顔を見れば分かることなのにそれができない。彼女を見つけてから顔を一度も見ていない。彼女に最初に出会ったときは、顔以外の姿しか見ることができなかった。それでも、呼吸が困難になるほどだったのだ。

 (それなら、顔を見たら自分は死ぬのではないのか?)

 冗談で思ったことだったが、本当にそうだったらどうしようと少し不安になってきた。実際、彼女の顔を見ることができない理由が全く理解できなかった。彼女はメデューサなのではないかと思うほど顔を見ることを拒んでいた。

 (何故なんだ?)

 男はそう思った。いや、本当は何か感じていた。心の奥底で本当に小さい声で叫んでいるかのような小ささで感じるものがある。

 ”彼女の顔を見ることが怖い”と。

 怖がることでもないのだが、何故かそう思うのである。

 彼女の顔を見ると、良かったことも悪かったことも全てを思い出してしまいそうで…。

 彼女の顔を見ると、自分の愚かさを思い出してしまいそうで…。

 記憶を思い出すことはとても嬉しいことなのに、それが何故かとても嫌なのだ。自分を責任で押しつぶしてしまうかのような罪悪感に見舞われる気がする。

 だから、彼女の…少女の顔を見ることが出来ない。

 少女に複雑な感情を抱きながら、男は少女の横を歩いていた。

 さらに一時間くらい歩き、少女も歌うのに飽きたのか鼻歌を止め、ただ黙々と歩いていた。本当にこの先には何かあるのだろうかと不安になってきた。

 その時、少女は本当に何となく思いついたことを聞いてきた。

 「そういえば、あなたの名前は何て言うの?」

 しかし、男はその問いを聞いた瞬間、体中に緊張が走った。彼女に名前を聞かれただけなのに、何故こんなことになるのか全く分からない。

 (いや、それ以上に…)

 彼女の行動やしぐさだけで、自分の体が崩れてしまいそうな感覚に陥っていることに気づいた。

 (一体、彼女は何者なんだ?)

 男は、また同じ疑問を抱いていた。だが、そのたびに考えても、結局彼女のことを分かることはできないのだ。

 (なら、せめて名前だけでも彼女のことを知っておくべきなのか?)

 男は、自分の名前を答えるかわりに、少女の名前を聞こうと思った。そうすれば、彼女のことを少しでも分かることができると思ったからだ。

 そして、自分の名前を言おうとした。しかし、口をぱくぱくさせるだけで、言葉が音として出てこない。

 (もしかして、少女に名前を言うのが怖いのか?)

 少女に名前を言うと、少女が自分のことを全て知ってしまいそうで…。

 少女に名前を言うと、少女が自分から離れてしまいそうで…。

 ”とても怖くなる”と。

 (それでも…)

 男は覚悟を決めて、自分の名前を言うことにした。少女に名前を言わなければ、少女の名前も分からないままになってしまうと思い、男は少女に名前を告げた。

 「和羅わら 利太とした。」

 男は、少女の返答を待った。少女がどう思ったかは分からないが、自分が思ったことにならなければいいと願った。

 「へぇ、そうなんだ。いい名前だね。」

 しかし、少女から帰ってきた答えは、とても嬉しい言葉だった。

 利太は、少しっほっとして、緊張がほぐれていった。自分が思ったことにはならなくて良かったと思った。

 今度はこっちが少女に名前を聞く番だと思い、少女に名前を聞いてみることにした。

 「君の名前は何て言うんだい?」

 しかし、少女からの返答はなかなか帰ってこなかった。

 少女は、顎に右手をあてて考え込んでいた。頭の中にある記憶を、目的のものを見つけだすために探していた。

 「……分からない。…自分の…名前が……思い出せない…。」

 少女は少し混乱した。今まで嫌になるほど言ってきただろう名前を思い出すことが出来なかったのだ。

 利太は、混乱するのも無理はないだろうと思った。いや、それよりも、少ししか混乱しないのが不思議なくらいなのだ。

 訳も分からずこの空間に来て、名前も記憶も忘れた状態にいたら、混乱しないほうがどうかしている。


  ・・・


 利太は道中、自分の仕事の話ばかりしていることに気づき、彼女に話題を振ろうと思って聞いてみた。

 「君は、今までどんな人生を送ってきたんだい?」

 あまりにも人生を振り返るには早すぎる質問に、自分は一体何を言っているんだと思った。

 少女は、そんな質問に真面目に考えていた。自分の変な質問にも真面目に回答しようとしてくれていることに、利太は申し訳ない気持ちになった。

 しかし、少女から帰ってきた答えは、意外な答えだった。

 「……分からないわ。自分がどんな人生を送ってきたか、全く覚えていないの。…ごめんなさい。」

 少女は利太に向かって頭を下げて謝罪をしてきた。いきなり頭を下げられたことに、利太は少女に向かって言った。

 「頭を下げなくてもいいんだよ。…実は、僕も記憶がないんだ。今まで僕は会社でのことを言ってきただろう?でも、生活面のことは一言も言ってない。別に、生活面で嫌なことがあったとかそういうことではないんだよ。いや、どうだろう。本当はあったのかもしれないけど、覚えていないから何とも言えないな…。でも、生活面のことを言っていないのはそういう理由じゃなくて、単純に覚えていないだけなんだよ。だから、思い出せないことを悪いと思わなくてもいいよ。覚えていないのが悪い訳ではないだろう?だから、記憶がないことに対して謝罪する必要なんてないのさ。」

 慌てて言ってしまったせいか、考えがまとまらずにとても長く喋ってしまった。

 しかし、少女は顔を上げると笑い出した。

 「ごめんなさい。別にあなたの言っていることがおかしいってわけじゃないのよ。ただ、私のために頑張って慰めようとしてくれたことがとても嬉しかったのよ。記憶がないから分からないけど、多分こんなに慰めようとしてくれた人は初めてだと思うわ。本当にありがとう。」

 利太は、顔が熱くなっていくのを感じた。少女のためだったとはいえ、とても恥ずかしいことを言ってしまったと後々気づいたのだ。でも、少女から”ありがとう”と言われたことに、利太は嬉しくなった。

 「あと、あなた自分のことを僕って言うのね。なんか、その年で僕って言うの可愛い気がするわ。」

 少女はくすっと笑いながら、利太を少しいじるように言った。

 利太は、また顔が熱くなった。まさか、少女に自分の口調をいじられるとは思わなかった。しかし、今更これまで言い続けてきた口調を変えることもしたくなかったので、このままにすることにした。

 しかし利太は、記憶が少しある自分が混乱したのに、彼女は少しも混乱することもなく、むしろ利太をいじることさえ出来ることに驚いていた。


  ・・・


 記憶も、名前も思い出せない少女は、まだ混乱しているのだろう、両手で頭を押さえてその場に立ち尽くしていた。

 そして、少女は利太に疑問を問いかけてきた。

 「こんな私は、どうすればいいの?」

 利太は、少女がこれからどうすればいいのかを考えた。記憶が完全にないということを経験したことがない利太は、何と答えればいいのかが分からなかった。

 「とりあえず、この道の先に進んでみよう。そしたら、何か思い出すことが出来るかもしれないし。」

 「……そうね。」

 少女は、混乱から少し立ち直った。利太の言う通り、分からないままただ立ち尽くしているよりも、この道の先に行ったほうが、何か分かるかもしれないと感じたからだ。

 この道の果てにはいつ着くのかは分からないが、それでも歩き続けないと何も分からない状況のままになってしまう。でも、先に進めば何か手掛かりがあるかもしれないと思った。

 そして、利太と少女はまた歩き出した。

 しかし、その足は十分ほど歩いて止められた。

 そこにある横の黒い壁には、何も描かれていない絵画があったからだ。大きさは縦一メートル、横一メートルの正方形ぐらいで、前にあった公園の絵画と同じ大きさだった。

 「何も描かれていないわね。」

 少女はとても不思議そうに見ている。確かに、絵画に何も描かないで壁に掛けるというのは不思議なことだ。普通は、完成した絵を壁に掛けたりして観賞をするものだが、この絵は白紙の状態だ。観賞するのにも適してはいないだろう。それなのに何故、この絵画は壁に掛けてあるのだろうか。

 不思議な絵画を二人はずっと眺めていた。しかし、いくら眺めても絵が出てくるわけでもなく、ただの白紙の状態を保ち続けていた。まるで、誰かに描かれるのを待っているかのようだった。利太は、この絵画に絵が描かれたらどうなるのだろうかと思った。少女にも聞いてみよう。この絵画にもし絵が描かれたら、どういう絵だと思うかを。

 「ねえ、この絵画にもしも絵が描かれたら、どんな絵だと思う?」

 しかし、利太よりも早く彼女が自分に向かって聞いてきた。利太は少し迷って、少女の疑問に答えた。

 「どんな絵になるだろうね?」

 利太は、疑問に疑問で答えた。あまりいい回答ではなかったかもしれないが、彼女がこの絵画に描かれるものをどう想像するかを知りたかったので、あまりいい回答ではなくても別にいいと思った。

 「…どういう絵になるでしょうね。」

 彼女は疑問で返されたことに対して、真面目に考えた。

 利太もまた、少女の疑問に対して、真面目に考えた。

 そして、二人は思ったことを言った。


「「この絵に何が描かれるのか見てみたい。」」


 利太と少女は同じ言葉を同じタイミングで言った。とても偶然過ぎることだった。

 しかし、その言葉を待っていたかのように、絵画が突然カタカタと揺れ始めた。二人は絵画をじっと見つめた。その時、絵画がブラックホールのように、この空間ごと吸い込み始めた。二人は吸い込みに耐えることもできず、絵画の中に吸い込まれた。

どうも、お元気ですか?これも第一章を投稿するときに書き終わっていた部分です。ここからはまだ書けていないので、ゆっくりストーリー構成を考えていきたいと思います。よろしくお願いします!

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