二、少女
二、少女
黒い壁には何もない。少しの汚れもなく、ただ闇のように暗く道の先まで続いている。道は白く、何にも染まらないような純白の色をしている。
「これはどこまで続くのだろうか…。」
どれくらい歩いただろうか。おそらく一時間くらいは歩いただろう。しかし、何故だか腹は減らない。また、疲れも感じない。
自分は死んだのだろうかと思えてくる。もしかしたら、この先には違う世界が広がっているのかもしれない。そこが天国か地獄かは分からないが、天国であることを願おうと思った。
自分の人生を振り返って、天国に行けるような行動をしてきたかを思い出してみた。しかし、どんな行動をしてきたか男は思い出すことができなかった。すると、男は立ち止まって思い出せない理由を考えてみた。
(自分の人生を思い出すことが何故できない。いや、違う。少しではあるが、記憶はある程度覚えている。しかし何故だろうか。大事であるような記憶は思い出せない。いや、そもそも大事な記憶とは何だ。)
男の記憶は、生活面よりも会社で働いていた記憶のほうが覚えていた。どこに働いていたか、どのような作業をしていたか、どういう立場だったかなど、会社のことはすらすらと思い出すことができる。それなのに、何故か生活面の方だけ思い出すことができないことに違和感を感じた。
「立ち止まっていても仕方ないな。」
そのうち分かることだろうと考え、男は止まっていた足を動かした。
しばらく歩くと、なにやら人影のようなものが遠くに見えた。
(もし、本当に人であればこの場所のことを何か知っているかもしれない。)
男はそう思うと、足の動かす速度を上げ、人と思われる影の方へ走った。疲れは感じないため、途中で止まることもなく辿り着くことができた。
そこには、一人の少女がいた。
男は、いきなり息が詰まった。息が出来ない、苦しい、死んでしまいそうだ。こうなった理由は分からないが、確かなことが一つだけあった。
”彼女を見てからだ”。
少女は、白いワンピースを着ていた。髪は長く、腰の近くまで伸びていて、髪を結ぶのは面倒そうだった。年齢は十四歳くらいだろうか、顔や体型などが全て幼く感じた。
だからこそ分からないのだ。なぜ息が詰まるのかが。そしてこの男の中にはあらゆる感情が湧いてきた。不安、恐怖、喜び、悲しみ…。様々な感情に心が支配されていった。その時、
「なぜあなたはここにいるの?」
少女が男に疑問を問いかけてきた。
いきなりの質問に、男は戸惑った。しかし、少女が声を出しただけで、男の呼吸が正常に戻っていった。
不思議なことばかりが起こる。この少女は何者なのかが全く分からない。
「…分からない。」
少女の問いに男はこう答えるしかなかった。実際、何も知らないのだ。この空間のことも。この少女のことも。そして、自分のことも…。
だが何故だろうか。この空間のことを知っているわけでもないのに、何か感じるものがある。
”懐かしい”と。
この空間で見るもの全ては初めてのはずなのに、何故かそう感じてしまうのである。本当に分からないことだらけだ。
少女は、考えている男をじっと見ていた。それに気づいた男は、少女を見ずに疑問に思ったことを聞いた。
「君こそ、何故ここにいるんだい?」
少女を見ることができないため、何をしているのかは分からないのだが、どうやら少女はその問いについて考えているようだ。
「…私も、分からないわ。」
「…そうか。」
分かってはいた。むしろ、この空間のことを知っている人がいれば教えて欲しいくらいだ。いや、そもそもの話この空間にはこの二人以外に人はいるのだろうか。疑問は次々と浮かんでくる。しかし、解決されることのない疑問はどんどん溜まっていく。
そんな男を知るよしもない少女は、何かを思い出したかのように「でも」と話した。
「でも、この空間は何故か……”懐かしい”…気がするわ。」
男の頭は、少女の”懐かしい”という言葉を聞いた瞬間、疑問が無限に湧いていたのがぴたりと止まったのを感じた。そして、一つの疑問が湧いてきた。
「…懐かしい?」
男は、少女の言葉を不思議に思って聞いてみた。
「懐かしい…という言葉であっているのかは分からないけれど、私はこの状況を懐かしいと思ったのよ。」
少女は少し考えながらそう言った。しかし、男は驚いていた。
自分と彼女の感じるものが一緒だったからということもあるが、それ以上に男はこう感じていた。
”彼女に会ったのは初めてではない”と。
何でそう思ったのかなど分かるはずもない。そう感じたからとしか言いようがない。ただ、彼女のことは前から知っていたような気がした。何か特別な、忘れてはいけないような…。しかし、それ以上は出てこなかった。
少女は、男に対して聞いてきた。
「あなたはこれからどうするの?」
男は白い道の先を見て、こう言った。
「この道の先へ行く。どうなっているかを確かめたい。」
少女は、少し驚いた様子で答えてきた。
「私もこの道の先へ行こうと思っていたのよ。」
「そうなのかい?」
「…うん。」
「どうしたんだい?」
「…いや、何でもないのよ。でも、何故でしょうね。私はこの道の先に行かなきゃいけないような気がするの。」
「…そうなんだ。」
男には、少女のことは分からない。だからこそ、道の先に行かなきゃいけないと思うことに対してとても不思議に思った。
「…それと、もう一つ感じることがあるの。」
「何だい?」
「…一人ではこの道の先には進んではいけない気がするの。もう一人、一緒に進む人がいなければこの先には行けない気がするのよ。」
男にはその意味があまり理解できなかった。とりあえず、なんとなく分かったことを少女に確認した。
「一人がだめなら、一緒にこの道の先に向かうかい?」
よくよく考えたら、男は変なことを言ったと思った。三十代のおっさんが十四歳くらいの少女に向かって一緒に道を歩こうと言っているのだ。少女は絶対嫌な顔をして断るであろうと考えた。
しかし、少女から帰ってきた答えは意外な答えだった。
「いいの?やったー!」
「え、いいのかい?こんなおっさんと一緒に行動するんだよ?」
「別にいいわよ。そんなこといちいち気にしていたらこの空間を進むことができないじゃない。ほかに人が来る気もしないしね。」
確かに、人は男以外には来ないだろう。少なくとも男が来た方向からは来ない。男は片方の道の端から来たのだ。その道には人どころか、ごみも落ちていなかった。もし来るとしたら、この道の先から来る人だろうが、男の方向は行き止まりだったことから人は来ないだろうと思った。
「それと……何故だかは分からないけれど、あなたと一緒に進まなければいけない気がするの。」
少女のその言葉は男には分からなかったが、とりあえず少女が良いのであれば、一緒に行動しようと思った。
「本当に一緒に行動するんだね?」
「そうよ。もう、そんな気にすることないわよ。ほら、先に行くわよ。」
少女は男を置いてすたすたと歩いて行った。男は、慌てて追いかけようとしたが、あるものを見つけて、眺めていた。
黒い壁に油絵で描いたような絵画があったのだ。大きさは縦一メートル、横一メートルの正方形ぐらいで、どうやら暗闇の公園に少年と少女の二人の子供が描かれているものだった。
男はその絵にくぎ付けされていた。そこまで情熱的な場面を描いたわけでもなく、神秘的な情景を描いたわけでもないこの絵に、男は見たまま動けなくなった。
何故ならその絵は、”少年の顔が自分の少年時代の時の顔と同じだったからだ”。
男は動揺した。当然だろう。自分の顔が訳も分からず絵に描いてあったら誰でも動揺するに決まっている。
(なぜ自分の顔が描いてある?顔を絵に描いていいと許可をしたことはないぞ?ならばなぜ、この絵に自分が描いてあるんだ?)
自分の顔を見ながら、男は思考した。あらゆる疑問が頭に浮かび上がってくるなか、一つ不思議なことを見つけた。
「この少女はいったい誰なんだ?」
少年に話しかけている様子の少女は、どこか見たことのある顔だった。どこで見たかは思い出せないが、この空間と同じく、何故か懐かしい感覚になった。
「何してるの?早く行きましょうよ。」
少女は早く行きたいのか、足を左右に小刻みに動かしている。
男はその少女の様子を見て、絵画から目を離した。そして、少女の方へと歩き出した。
ただ、少女が少し成長しているような気がするのには気付かないふりをして…………。
第一章から早い投稿ですが、お元気ですか?第一章を投稿しようとしたときにもう書いていたので、すぐに投稿しちゃいました。まだ続きを書いていくので、よろしくお願いします!




