文化と暗号7
「申し訳ないことをした」
「自業自得でしょ」
赤れんが探偵事務所で、玉髄とマリアは話す。椅子に座って向かい合い、暖炉の前で今回の事件について話している。
「キミが意地悪するから」
「どうして、わざわざ彼のグラフィティを上塗りする暗号だったと思う?」
「さぁね、なんでだい」
「小説の小道具としてグラフィティを扱うと決めて、羽袖は自分でやってみたようね。何日もかけて。それを画竜が上塗りした、と行動のログから推測できる」
「――そういう文化なんだろ」
玉髄はそう言って、暖炉の中のランプを見る。丸みを帯びた光、熱を感じさせようとして調整された色合い。これを造った人をぼんやりと思い出す。
「僕には分からないな、何かをつくる人のことは」
「派手に鉄塔を解体するぐらいですものね」
マリアが面白がるように言った。玉髄は肩をすくめる。
「いい手だっただろう」
「ロボットに信号を送ったのはあなたでも、解体の計算をしたのは私よ」
「助かりました」
「ええ、どういたしまして」
建築・解体用のロボット、通称はゾウリムシ。玉髄はあらかじめ信号を送り、鉄塔を解体させていた。解体の所要時間、規模、順序などの計算は全てマリアが代行した。念のためであったが、結果的に役に立った。玉髄もまさか依頼人が捕まるとは思っていなかったが。
「絵でも描いてみようかな」
「やめて」
「そんなに嫌そうな顔をしないでよ」
「服が汚れるし、そもそも間に合ってるわ」
玉髄は首をかしげる。マリアがため息交じりに言う。
「事務所の外を一周してきなさい」
玉髄が言われたとおりにすると、絵を見つけた。
事務所の壁に描かれているのは、銀髪の少女とまだらのコートを着た男だった。少女は美しく、鮮やかな光を放っている。男はもやをまとっていて全体が見えない。その目だけは爛々と光っている。男は少女を守るように、その光を際立たせるように彼女の後ろに立っている。
玉髄はこのグラフィティをデータにはせず、消しもせず、上塗りもせず、事務所に戻っていった。ほんの少し、にやつきながら。




