文化と暗号6
その鉄塔は工事中だ。ロボットがいくつも張りついている。背の低い豆腐に、短いブラシをつけたような形状で、俗にゾウリムシと呼ばれる。部品を取り付けるだけでなく、部品の取り外しも出来る。
建築用ロボットはせわしなく働く、人の気も知らないで。
(台無しだ)
玉髄は心からそう思った。
数分の間で、玉髄はターゲットの女性を助け、兇手を追跡し、ついには鉄塔の上にまで追い詰めたのだった。そして銃を鉄塔の下へと投げ捨てた。素人の同行者である画竜があろうことか人質になったのである。
(本当に申し訳ないな)
鉄塔からは辺りの建物がよく見える。迷路のように入り組んだ道路を、いくつもの影が蠢いている。一面の雪が踏まれ、泥にまみれて濁っている。それでも俯瞰すれば間違いなく白色の世界が広がっている。
熱センサーが外気の冷たさを玉髄に伝えてくる。もっとも冷え込んでいることが分かってても、それを感じることはない。
鉄塔の腹の部分に三人はいた。まだらのコートがはためく玉髄、ナイフを突きつけられている革ジャンの画竜、そして、緑のスーツを着た兇手。
「飛び降りろ」
兇手の男は低くそう命令した。
「それはできない」
「こいつは素人だろ? 生かしてもいい。だがお前はダメだ。明らかに殺し慣れている」
断定的な口調で兇手は主張した。玉髄という男は危険である。殺すことができるなら、そうすべきであると考えている。
気丈にも画竜がその主張を否定する。
「おいおい、そいつは探偵助手の、あの玉髄だぞ? リトル・マリアの保護者が殺しなんてするわけないだろ」
「行動権利を利用しない部分を見れば分かる。対人戦の経験値はごまかせない。こいつは人殺しだ。システムの抜け道を知ってやがる、そして戦闘プログラム自体へのだまし討ち・・・・・・いいか、こいつは殺し屋だ」
「僕は探偵助手だよ。キミなんかと一緒にしないでくれ」
そう言って、玉髄は銃を捨てた。鉄骨を避けるように、銃はまっすぐに地面に落ちていった。彼はズボンのポケットを裏返してからっぽであることを見せびらかす。最後にコートも投げ捨てた。空気でコートが膨らみ、枯れ葉のように揺らめきながら下へ行く。
「丸腰だ」
それを聞いた兇手が玉髄に銃を向ける。
〈警告:銃口を向けられています。12時の方向〉
玉髄の中で、警告のアナウンスが表示される。この不安定な足場では、緊急停止信号を受けることは落下に、つまり死につながる。
「画竜くんを解放しろ」
「この世界の死が、本当の死かどうか考えたことはあるか」
兇手が訊ねた。玉髄は鬱陶しそうに答える。
「どうなるか分からないという点において、本当の死と同じだろう」
「なるほど、なるほど。では私は正しく殺し屋だ」
引き金に力が籠もる。
「一足先に、死ぬとどうなるか見てきてくれ」
「――残念ながら、そうもいかない」
甲高い金属音が響く。なにかが軋む音がする。三人の足場が徐々に傾いていく。
「何だ、これは」
鉄塔が崩壊を始める。自重を数学的に分散していた巨大建築物はいともたやすく分解され、何本ものバラバラの鉄骨になり果てる。
玉髄も、画竜も、兇手も等しく足場を失い、落下する。地面まであと数秒だ。
こうなっては駆け引きどころではない。そう考えた兇手は落ちていく鉄骨を踏みつけ、上へと跳んでいき、なんとか落下の衝撃を和らげようとする。
〈警告:銃口を向けられています。4時の方向〉
兇手は身をひねって、反撃の銃口を向ける。
そこには銃を構えた画竜がいた。
とたんに兇手の体が重くなり、落下が加速する。玉髄が組み付いたのだ。
「お先にどうぞ」
「ふざけるな、誰が」
それが兇手の最後の言葉となった。雪混じりの砂塵が舞い上がる。風がそれを散らしてく。
地面に二本足で立つ玉髄。そして画竜は宙ぶらりんになっている。彼は鉄塔の無事な部分にワイヤーでくくりつけられていた。
「ところで」
玉髄が気まずそうに言う。
「作品のいいアイデアは出たか?」
画竜は銃を天高く放り投げた。




