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文化と暗号4

 画竜(がりょう)にくれぐれも次の上塗りが見つかったら即座に画像ファイルを送るように言い、玉髄(ぎょくずい)は彼と別れて車を走らせた。


 玉髄が新たに受けた命令は、被害者共通の知人への聞き込みだった。マリアの調査によれば被害者たちは金閣寺(もちろん、レプリカ)の近くにあるブックカフェに来たことがある。

 ブックカフェはシックな造りで、いかにも教養人向けの内装だった。ドレスコードとまでは言わないまでも、客に品を求めるのが見てとれる。客同士でもそうなのだろう。店内では小さい音のBGMがかかるだけで、話し声はほとんどない。

「知っている人はいますか?」

 玉髄は被害者の顔データを見せて言う。カフェの店長は愛嬌のある青年で、ともすれば店の雰囲気にそぐわない。それが返ってここの客にウケるのだ。彼は客の話をじっくりと、なにより素直に聞くことができる。

「この人とこの人は常連さんでした。でも……こっちのお姉さんは知らないっス」

 玉髄はマリアにこのことを思念通話で伝える。

〈だってさ〉

〈もめ事はなかったの?〉

「最近、変わったことはありませんでしたか? その、喧嘩とか」

「そんなのないっスよ」

 青年店長は首を勢いよく横に振る。

「おおい、店長。嘘はよくねぇぞ」

 だが、近くの客が声を上げる。ぎょっとした店長がその口を押さえようとする。

「この間の自作小説の発表会、あれを喧嘩と呼ばずになんとする」

「発表会?」

「ああ、お互いの小説を読み合う会だ。まぁ読むだけも可だけどな」

 店長はうなだれる。嘘はよくないだの何だのと言って、客は店を出て行った。そして店長は洗いざらいのことを玉髄に話す。


〈と、いうわけで自作のことで大立ち回りした人物が、羽袖(はそで)氏だ〉

〈著書が暗号の鍵になってるでしょうね。絵で文字を指定するのが分かりやすいわ〉

〈暗号とは厄介だね〉

〈本人に聞けばいいでしょう? 自称作家の〉

〈しかし作品を酷評されたからって殺し屋を雇うかね〉

〈動機に共感できない犯罪なんていくらでもあるわ。いいから突撃なさい〉

〈はいはい〉

 玉髄の前には薄いドアがある。「羽袖」の表札が出ている。家主が部屋から出ていないのもマンションの大家に確認済みだ。マスターキーを差し込むと、アナログとデジタル両方で解錠される。小型の飛行偵察機(ドローン)を先行させる。

 偵察機(ドローン)が静かに中をチェックしていく。中にいるプレイヤーはたった一人。大家によると人づきあいは少ない人物だそうで、おそらく本人だろう。

 懐から銃とナイフを取り出し、一気に部屋の中に入る。

 音を立てないように廊下を歩く。

 椅子に座ったままの羽袖の首に電磁ナイフを突きつける。

「動くな――、この距離なら即殺できる」

 羽袖は何も喋らない。

〈……マリア〉

〈何かしら〉

〈羽袖は死んでる。自殺だ〉

 遺体の胸にはナイフが深々と刺さっていたし、それを死後も握り続けていた。偽装でないことは解析ソフトが早々と証明した。

〈外れだったのかな〉

〈分からないわ。ブックカフェ以外に共通項はなかったけど……〉

 遺体のある部屋は書斎なのだろう。大きな机に、書きかけの原稿用紙。本棚には隙間が少しもない。足元のゴミ箱には丸められた紙が詰まっていた。足元にはスプレー缶が転がっている。

〈画竜の言を借りるなら、作品は自分自身らしいね〉

〈プロファイリングでもする気かしら。映画の見過ぎよ〉

〈暗号解読の助けになるのでは?〉

〈もう死んだ人から辿るのは難しいでしょう。壁の落書きは悪くないアイデアだったけど、だからこそもう使わない。依頼人が死んだ今、連絡手段は更新されたはず〉

 書きかけの原稿用紙を玉髄は眺める。

(『私という存在が問題なのか、世界という環境が問題なのか。どちらにせよ救いはない。どちらにせよ変化は緩やかで、それが私を絞め殺しにくる――』それらしいと言えばそれらしいな。いかにも死を選んだ人間って感じだ)




 玉髄のもとに、画竜から一通のメッセージが届く。

〈今日のも上塗りされたぞ! くそったれ〉

 添付された画像には、あの下手くそな日本画風グラフィティが映っていた。


 事件はまだ終わっていない。

 きっと明日も人が死ぬ。

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