流氷4
瑠璃が生きていることを玉髄は知らなかった。が、思い当たる節はある。死体を確認したわけでなし、柘榴による亡霊化は、死ではないことは身をもって知っている。
むしろ驚いていたのはルイだった。
「大丈夫なのかい?」
瑠璃は外の世界を見た。終わった世界を見た。そのショックで言葉を話さなくなった。心理的外傷は深く、面会謝絶の状態だった。
マリアが言う。
「部屋には無理やり入ったけど……ここには自分の意思で来てもらえたわ」
瑠璃は頷く。
「で、何が聞きたいの?」
「あなたの千里眼は、座標を言ったら、そこを見ることはできるかしら」
「イメージの問題だから。数字だけ言われてもちょっと」
マリアは自分の口元に手を当てる。そして鷹目に目配せをする。
「これならどう?」
鷹目は小さな装置を取り出した。装置からは地球の立体映像が浮かび上がる。
赤い点がいくつか示されている。
南極には緑の点が一つだけある。
「……赤い点の場所? 多分見えるけど、ここが何なの」
「シェルターがあった場所」
マリアが言うと、ルイは立ち上がった。
「たかがシェルターで――」
「あら、案外すごいのよ。シェルターの建築、その位置や機能は機密情報だから、知らなくても無理はないけど」
「ま、テロリストが知ってたらヤバイわな」
「不撓、口を慎みなさい」
柘榴が腰を浮かす。が、玉髄に微笑まれる。
その玉髄が気軽に言う。
「試してもみてもいいんじゃない?」
「瑠璃の負担を考えてないのか。地獄はもうフィクションじゃなくなったんだ」
瑠璃が辛そうに顔を伏せる。
マリアは瑠璃をかばうよう、彼女の前に立つ。からかうように笑みを浮かべる。
「あらあら、ずいぶんと詩的な表現ね」
「ボクが警告してきた戦争なら、取りこぼしはない。人類は丁寧に丁寧に殺しあったはずだ」
ルイは可能性を認めない。
「み、み、見れば分かるんじゃない? こ、こ、この時間は何の意味があるの?」
ケントにすれば、この話し合いは無駄だ。
確かな方法があるのにそれを選ばない理由が分からない。
「相変わらずだね、ドクター……。そんなだから倫理委員会に殺されそうになる」
ルイが吐き捨てるように言った。
不撓はケントの頭を小突く。そしてルイに言う。
「まぁそう言ってやるな。前よりは我慢するようになった」
「……ふ、ふ、不撓、説得して。時間の無駄」
「分かってるが、悩むことは大事なんだよ」
ケントは不満げだが、口を閉じた。
「しかし、さっさと済ませたいのは事実だな」
「同感ね。ルイ、あなたに瑠璃を縛る権利はあるの?」
「ないさ、そんなものは。それでも――」
ルイは瑠璃を見つめる。瑠璃も視線を返す。
「いいの?」
「はっきりさせたいの」
そう言って瑠璃は立体映像を見る。
青い星のホログラム。
千里眼を持つサイボーグの羅針盤である。
地球を映す濃褐色の瞳。
衛星よりもはるかに見通すことができる千里眼。
彼女が見たのは。
荒れ果てた平原。草木の一部が根を張っていることが、慰めになる。
文明の残りカス。背の高い建物はないが、その基礎はまだある。
道路を通る動物。ものを運ぶのは、風や波だけではない。
人間の骨がかろうじて一つ。
人間の血の跡と思われるペイントがいくつか。
銃声。
獣の断末魔。
皮を剥ぐ。
服にする。
火で焼く。
その生き物を、ヒトと呼ぶ。
まだ、ヒトは滅んではいなかった。
大抵の場合、ヒトは想像ほど賢くない。
そして想像ほど――愚かではない。




