流氷1
話し合いが始まる。
火は消え、煙が残る地下空間だ。列席者はがれきに腰掛けたり、地べたに直接座ったりしている。その数は100にも満たない。南極都市そのものを左右するにもかかわらず。
「まずは情報共有をしよう」
玉髄は言った。
彼とマリアは、探偵事務所の名コンビとして知られる。大きい方と小さい方。肉体労働と頭脳労働。知る人ぞ知る南極都市三大勢力のひとつ。
「なら、まず能力について解説をどうぞ」
柘榴は割れたサングラスをかけ直す。
ルイを中心とした「組織」はアウトローな雰囲気を持つ。破壊の超能力でシステムから解放された亡霊と銃は、対人戦で大きな脅威となる。
「分かんねーのか、まだまだだなぁ」
煽ったのは不撓である。
最も大きな集団「軍」を率いている。技術屋のケントによる実弾銃、精鋭による大盾部隊、そしてこれらを支える生産性こそが最大の強みだといえる。
不撓を柘榴が睨む。
しかし実際的な行動には出ない。そんなことをしても無駄だからだ。
殺し合いの最中、誰も動けなくなった。
強制的に終わらせられた。
今動いても二の舞である。
「琥珀は喋りませんでした、あなたの能力を」
不満げに柘榴は言った。
「へぇ……ありがとう」
戦いが終わった後、琥珀や蛍といった非戦闘員もこの場に来た。
帰還計画との関わりが大きい者は全員呼び寄せたのだ。
「言いたくなかっただけだよ、玉髄さん」
琥珀は少年らしく笑った。
玉髄は、黒曜の言葉を思い出す。俺が死ねばお前に協力するだろう――そもそも死ぬ前から敵対的ではなかったようだ。琥珀は黒曜に肩入れしていたのであって、「組織」には思い入れがない。
玉髄が話始める。
「僕の能力はシールドって呼んでる。その名の通り、空間に盾を出すことができる。およそ板状であれば、形を変えられる。数や面積に制限はない。僕の知覚範囲であることは絶対条件になる。イメージ力にも左右される……と言ってもコンピュータ処理だから、実際的な負担はないけどね」
「動きを止める能力とは思えませんが」
柘榴の疑問に、玉髄は答える。
「言っただろう、数も面積も制限はない。人をちょうど覆うようにシールドを作り、絶対座標で固定すれば動けなくなる。それだけのことだよ」
そしてなにより、
「南極都市で一番パワーのあるものはプレス機なんだけど――それでもシールドは割れなかった」
壊せない強度なのだ。
「……えげつねぇな、実弾銃でも無理なんじゃねぇ?」
「だ、だ、だと思う。インパクトを集中させれば、あるいは、でも」
「南極都市では無理、だよなぁ」
「う、う、うん。実弾銃みたいにはいかない」
ケントが不撓に言った。
その内容はこの場の全員に聞こえており、誰もが呆れた。
「ま、そんだけ強いなら……確かに制圧担当になるわな」
列席者の思いを、大盾部隊の隊長が明言した。
亡霊のひとりが手を挙げる。
玉髄が促すとハキハキと質問した。
「前に瑠璃の家を壊したじゃないですか、あれはどうやったんですか?」
「相対座標でシールドを固定した。ちょっと見て」
玉髄が右の人差し指を上に向ける。
「この指の先、1メートルに縦横10センチ、厚さ1センチのシールドを作って――」
人差し指を石ころに向ける。
ひょいっと指を動かすと、石ころが少し転がった。
「――こんな感じ。指じゃなくて、もっとパワーのあるものを起点にすればサイボーグも真っ二つにできるよ。例えばワイヤーの巻き取り装置とか。すごいんだよ、これが」
懐からワイヤー銃を取り出して、玉髄は見せびらかす。
琥珀は思いついたように言う。
「じゃあその気になれば、指一本動かさずに俺たちを輪切りにできるの?」
「ああ、そうだよ」
玉髄は爽やかに笑った。
「これ、話し合いって言えるのか……?」
鷹目にとって玉髄は上司ともいえる立場だ。
それでも言わずにはいられなかった。それほどの不条理であった。




