文化と暗号3
玉髄と画竜は車に乗り込み、スカイビル(あくまでレプリカ)方面に向かう。
白色の小さくて丸っこい車だ。とても玉髄には似合わない。彼の趣味ではなく、マリアが選んだものだ。加えて言うならば、彼女が好きそうだと周囲に思われているデザインである。
玉髄がハンドルを握っているが、それは紛れもない自動操縦だ。彼の行動権利によって車は動いている。内蔵プログラムに従って走行しているのだ。車の動きを指図することはできるが、特に修正がないなら無意識のまま、目的地に着く。
「どうして直接観に行かなくちゃいけないんだ?」
玉髄は画竜に聞く。画像や音声はデータとして受け渡しできる。自称アーティストならば作品のデータ化もしていると予想した。機械の体では、受け渡しもデータ化も簡単で、精密だ。
「バーカ。アナログの絵ってのは三次元のものなんだよ。場所も重要だしな。美術館だって照明の当て方や額縁にこだわったりするだろ? あれと同じだ」
「へぇ。本格的なことを言う」
画竜が舌打ちする。
「確かにおれが素人同然なのは認めるがな。……だがそれを言い出したら終わりだぜ?」
橋の上を車が走る。蛍光灯のついた鳥居が立ち並ぶ。赤い門をどんどんくぐり抜けていく。玉髄が何も言わないのを横目に見て、画竜は続ける。
「考えてもみろ。この世界に来たプレイヤーはもれなく記憶喪失だ。自分が誰かも分かっちゃいない。笑うときに頼るのはプログラム、運転するときに使うのもプログラム。行動権利、行動権利だ」
「ふむ」
「つまり全て薄っぺらのテクスチャなのさ。このゲームの舞台が南極じゃなく、砂漠でもN.Y.でも同じだろ? 使う武器が銃だろうが魔法の杖だろうが変わらない。だからおれはグラフィティをやる。グラフィティじゃなくてもいいが、それでもやりさえすれば、たとえ下手でも、おれってやつを目に見えるものにできる」
画竜の言葉を聞いて、玉髄は感心したように頷く。賢明そうには見えなかった男が、それなりに的を射たことを言い出したからだ。
(確かに表面がどうあれ、僕もマリアも本質は変わらない。テクスチャが無愛想だろうと、天真爛漫だろうと、僕は僕みたいなやつだし、マリアもあんな感じだ)
橋の上に沿うように並べられた鳥居、この情景は誰によるデザインだろうか。これがもし凱旋門だったすると――、どちらにせよ多くの人がセンスを疑うだろう。まさしく表面しか見ていない。薄っぺらのデザインだ。
「へっ、記憶がないってことは経験がないのと似たようなもんさ。どいつもこいつも人間の素人なのさ」
玉髄は、隣に座る男の評価を改めた。もっとも、マリアの方針によりあまり彼を褒めることはできない。ある程度、玉髄に対してけんか腰でいてもらう必要がある。
「話が長い」
「うっせぇ」
言いたいことを言って、画竜は満足げだ。玉髄のクレームを聞いても、それは変わらない。にやつきながら、玉髄に聞く。
「それで? 見るのか、見ないのか」
「百聞は一見にしかず。キミを黙らせるにはそうした方がよさそうだ」
「うっせぇ」
画竜は、にやついたまま言った。
二人は路地裏に着いた。
車は少し離れた場所に駐められた。この辺りは治安が良くないので、それなりに信頼できる場所にしておかないと、壊されたり盗まれたりするリスクがある。
「どーよ」
画竜が壁を叩く。意地悪げに笑い、グラフィティを玉髄に見せつける。
「ダセェだろ?」
描かれているのは花魁だろう。豪奢な着物、重そうな髪飾り、のっぺりとした顔の描き方は日本画風と言えば聞こえはいいが……技巧のようなものはない。着物の柄はおそらくは植物だろうが、ごちゃごちゃとしている。桜や紅葉は分かるが、しかしそれでは季節感もあったものじゃない。
「上手くはないな」
「ダセェんだよ、これは。分かるだろ?」
「キミが昨日描いて、それを上塗りされたものだな」
「そうだ」
これが今日の遺体、その殺害予告だったとしたなら。他の二件と合わせて何らかの法則性が分かる。マリアはそう考えて玉髄を動かした。グラフィティの上塗りがあった次の日に、死体が見つかる――もしかすると、と思わせるには十分だ。
(でも、偶然の一致に過ぎないかも)
絵には詳しくない玉髄だが、眼前の絵が酷いことは分かる。それにそのまとまりの無さは何かを読み解くような鍵があるとは思えない
玉髄はため息をつく。
「他のは? それも観に行こう」
「いや、もう上塗り仕返した」
あっけからんと、画竜は言った。
(もしかすると――)
玉髄は、画竜を冷めた目で見る。
(こいつは、ただの馬鹿かもしれない)




