天蓋崩落5
玉髄とマリアは吹雪に眼を細める。
「うわぁ、換気の日だっけ」
四方八方を壁に囲まれた南極都市が、外界への扉を開く日だ。扉に近づけば、いずれ死に至る。玉髄たちの造物主が決めたルールだ。
雪で視界が悪い。逃げるには良い条件だが、「軍」と「組織」の双方を全員制圧するには悪い。玉髄の知覚範囲が制限されてしまう。灰色の建物に、雪の帳が重なっている。
「どちらまで?」
事務所の陰から、鷹目が顔を出す。
「……「軍」と「組織」を止める」
マリアの発言に鷹目は驚きもしない。ただ命令を待つのみだ。
「場所は把握してるかしら?」
「もちろん。現在は13倉庫付近で衝突しています」
南極都市には地下道が張り巡らされている。事故や犯罪防止の観点から「軍」が出入りを規制しているが、実際には「軍」や「組織」が活用するためだ。どちらも帰還計画のために大きくされた集団である。秘密裏に動くことも少なくない。
「事務所は放棄するわ。猟犬部隊は警戒をしながら先導を、ルートは任せます」
マリアが玉髄のコートをつまむ。まだらのコートは、相変わらず汚れかデザインか分からない。だが今は雪が吹き付けられ、付着し、白く染まっている。
「玉髄は……私の側にいて」
「了解」
雪の積もった道を、一行は進む。マリアを中心に陣を作り、彼女の側には玉髄がいる。玉髄は一部の天敵を除けば、最強の盾だ。そのことは猟犬部隊も分かっている。
悪天候の中で、どちらが先に敵を見つけられるかが勝負だ。
「マリア――、黒曜の居場所は分かる?」
「いいえ。彼はセンサー類で捕らえにくいもの。多分、諸機能を破壊してあるのね」
玉髄が眉を上げて、問う。
「それでそんなに変わるものかい?」
「対人のセンサーは、本来はコミュニケーションに用いられるものよ。実際には通信系でお互いのデータのやりとりをしてるの。それこそ脳部位の活性率とかも実は知ってる――人間のコミュニケーションの再現は難しいから、無意識下で補正してるわけ。だから通信系の一部を破壊すれば、センサーに認識できなくなる」
玉髄にはない知識だった。
つまり、どれだけ真面目に戦っていても、データをお互いに送り合ってるわけだ。感覚、場所、感情を知っている。知っていることを自覚するために、機械のグレードアップをする。
ゲームみたいだと玉髄は思う。
本当は全知全能の存在がいて、権利の許しを請うために、プレイヤーは努力する。
「透明になるわけじゃないんだよね?」
「あくまで通信系のセンサーには引っかからないだけよ」
「――なら戦える」
玉髄は笑う。
確信しているのだ。必ず自分たちの前に現れることを。マリアや自分に、黒曜は固執していた。個人的な関心が向けられている。
そしてなにより、
「僕を殺せるのは、マリアと黒曜ぐらいだ」
マリアは玉髄に命じれば良い。黒曜は「鎧」をはぎ取れる。
「――ヤツです」
鷹目の報告を、玉髄はただ受け入れた。
「僕がやる」
マリアが、コートの裾を手放した。
「良いところだなぁ」
黒曜の声が反響する。
玉髄は近くにあった工場に入った。ここでは車の部品製造をしている。吹雪に加え、爆発まであったため、現在は無人である。
否、玉髄と黒曜がいる。
人が変われば、場所の役割も変わるものだ。今やここは決闘場である。機械が並び、射線を遮る。互いの位置は分からない。
黒曜が唸るように言う。
「なぁ、まだ外に出たいと思ってるのか?」
「マリアがそう望んでる」
「外に希望があると思ってるのか? 本気で? 変化できる喜びを捨ててまで、なぜ外に出ようとする。壁があるからなんだ。ここだけが楽園だ。外が地獄、外が見捨てられた、外がクソの渦巻く世界だ」
玉髄は言う。
「難しい話は分からないね」
そして、にやりと笑った。
「なんせマリアが言うには――僕たちはまだ五歳児だからさ」
破壊信号が放たれる。
二発、互いの死を祈って。




