文化と暗号2
革のジャケットに、ロン毛。そして塗料のこびり付いたニッカボッカが目立つ。座っている来訪者の風体を見て、玉髄は呟く。
「とび職か?」
「違う、アーティストだ」
南極都市において、工事と名のつくものは全てロボットが行うといっても過言ではない。行動権利を持っているプレイヤーは、要するに建築家であって、職人そのものではない。
「アーティストって言っても、建築家じゃない。おれがやるのはグラフィティだ」
〈マリア、知ってる?〉
〈壁面アート……みたいなものよ〉
思念通話で、玉髄とマリアは手早く話した。そして玉髄は、具体的なイメージのないままに、知識を披露する。さも最初から知っていたように。
「壁面アート、のようなものだったか」
来訪者の男は、へたくそな口笛を吹く。
「あんたが知ってるとは意外だ。お嬢ちゃんは知らんだろうが」
「えっと壁に直接、絵を書くってことですか。楽しそうです」
マリアはきょとんと小首をかしげる。その眼は尊敬に満ちていて、来訪者の気分を良くした。
「なんなら教えてやろうか?」
「変なことを吹き込むな」
「変なことだと。今、変なことって言ったのか?」
「喧嘩はダメです!」
マリアが二人の間に割り込むように手を伸ばす。
「いいか、あんたのようなのには分からんだろうが、グラフィティは競い合いの中で成長したアートだ。お上品で高尚な自称アートとは歴史が違うんだよ」
「ああ、そう」
「今日はどうして来られたんですかっ」
来訪者と相対するとき、玉髄はあくまでも無感動に、高圧的に接する。そしてマリアが情緒豊かに、そして友好的に接する。内面的な特性とは逆といえるが、外見的な特性としては分かりやすい。相手をコントロールするための役割分担だ。
「……ああ、ここ数日、おれの作品がいちいち上塗りされてる」
玉髄の右眉が上がる。そして興味もないように促す。
「……で」
「上塗りするならオリジナルよりもハイ・クオリティじゃなきゃいけねぇ」
玉髄は黙って発言の続きを待つ。
「七日前も三日前もクソみてぇな作品だった。しかも今日も見つけたんだ! 書いたのは昨日の朝だぜ? おれに喧嘩売ってるだろ」
「上塗りした人物を見つけろと」
「そうだ」
来訪者はふんぞり返ったまま、玉髄にすごむ。
〈……だいたい分かったわ〉
マリアがつなぎっ放し思念通話上で呟く。
〈何がだい〉
〈この男の弱点。復唱しなさい。いかに――〉
「いかに伝統が素晴らしくとも、キミ自身の歴史は浅いね」
「あ?」
来訪者は今一度、玉髄にすごむ。
「あんたに何が」
「分かるとも。塗料の付き方から見て、始めたばかりだろう」
「は、はぁ?」
「手形がべったりだ。仕上げのあと、乾燥してないのに触ったんだろう。それだけじゃない。ニッカズボンに直接スプレーを使ったな? おしゃれのつもりだろうが、センスが良いとは思わないな。第一に布用のスプレーじゃない。第二に偶然付いたならもっと不均一で薄くなる」
来訪者の男は、プログラム通りの完璧な真顔を作る。そうしなければ平静を保てない心中だからだ。
「つまり、素人なのはお互い様なんだ。そう偉ぶらないで欲しいね」
来訪者は勢いよく立ち上がり、事務所を出て行った。
〈かわいそうじゃないか〉
〈私はああいう西洋かぶれが嫌いなの〉
〈そうかい。僕は調査してもいいと思ったんだけどなぁ〉
〈殺人事件の調査よりも切実だとは思わないわ〉
〈ごもっとも〉
二人の間に沈黙が続く。が、
〈……追いかけて〉
〈え〉
マリアが興奮したように言った。そして叫ぶ。
〈さっきの男を追いかけて!〉
〈了解〉
かばんからコートを引っ張り出して、玉髄は走る。すぐに男を見つける。
「やぁどうも。依頼の話の続きをしよう」
声をかけるが無視される。
〈復唱して。キミは――〉
「キミは誤解している」
男は歩く速度を上げた。玉髄もそれについていく。雪を踏みしめる音が徐々に大きくなっていく。
「マリアに興味を持たせたくなかったんだ。グラフィティは、反社会的な側面もあるだろう? それに主な活動場所は組織の影響が強い」
「知ってんのか?」
「もちろん。この世界では芸術ぐらいしか人間的な活動ができない」
男の足が止まる。
「分かってんじゃねーか。よし、いいぜ。依頼してやる。あんた個人にな」
「感謝する」
玉髄と、画竜と名乗った男は握手をする。
〈で、マリア。なんで急に?〉
〈今日も死体が見つかった〉
〈それが?〉
〈彼の作品が上塗りされた次の日に、プレイヤーが殺されてる〉
七日前に上塗りされ、六日前に遺体。
三日前に上塗りされ、二日前に遺体。
昨日上塗りされ、今日遺体。
〈気をつけて。殺し屋と戦うことになるかも〉




