秘密が終わるとき5
「扉の向こうには街があるわ。街と言っても、住民は私たちが初のはずだけど。そこでは機械による労働力の代行が行われているわ。でも動かすには住民、私たちプレイヤーの命令が必要。そして私たちが機械に命令するには行動権利が必要よ」
「待ってくれ」
雪の中、扉に向かって男と少女は歩いている。
後方を見れば、二人分の足跡が並んでいる。まっすぐに、つかず離れず、一定の距離の平行線だ。
「嫌よ。一人が取得できる行動権利には限りがあるわ。それにその命令を下すのは自分であるパターンもある」
「僕は機械じゃない」
「……少なくとも、この世界では機械よ。人工の皮質や脊髄、神経で動いてる」
「恐怖は理解するし、想像力は評価しよう」
「頭の熱に集中しなさい。目にデータを焼き付けるイメージ」
少女の表現は適切だった。
男の目にはいくつかの情報が表示されている。目に直接ではない。視覚に直接表示されている。彼の視覚野そのものに対する干渉の結果だ。
彼にとって重要な情報は一つだけ。
「僕の名前は玉随だ」
「あらそう、私は……マリア」
「ああ、良い名前だね。マリア。僕は玉随だ、マリア」
玉随は何度も繰り返す。自分の名前、他者の名前。
「はぁ、まるで赤ん坊ね」
「そうかも。キミの肌は乾きとは縁がない」
「……教育が必要だわ」
「キミの言う街に、学校はないのかい?」
マリアは玉随を信じられないような目で見る。成績の悪い実験用のネズミを見るような目つきである。彼女にとっての彼は、そういう存在だ。
「帰りたい?」
だが、どんな感情がこもっていても、彼女の眼は美しい。
「元の世界に帰りたい?」
マリアの青紫色の瞳と、玉髄の深い茶色の眼が向き合う。
「この寒々しい仮想世界から抜け出したい?」
玉随の口角がつり上がる。
「もちろんだ」
「そう、なら私に従いなさい。このゲームをクリアする戦術を教えてあげる」
玉随は手を差し出した。
「……握手」
「嫌よ」
「いやいや」
「握手は対等じゃないとできない」
「僕か、あるいはキミが嘘つきかも知れないぞ」
「私がそうじゃないことは知ってるし、あなたがそうじゃないことはバレてるわ」
「いやでも」
「証明は簡単。扉に行くまで私は話す。そして扉の向こうを知れば――、私の偉大さも理解できるでしょう。疑われるのは不愉快だけど」
玉随のこれ見よがしのため息を、マリアは知らぬ振りをした。
だから玉随は跪いた。そして、マリアの手を取る。彼女の手の甲を自分の額に近づける。
「事実であれば――忠誠を」
「あなたは私の奴隷よ。忘れないで、私の利益はあなたの利益」
そう言うとマリアは、次々と南極都市について語り始めた。
雪の上の足跡が、少しだけ交わった。
平行線ではなくなった。




