秘密が終わるとき2
カジノ・イリドスミンに玉髄は向かう。「組織」の考えを聞くため、否、読むためである。琥珀がいれば、それがかなう。
玉髄が琥珀少年に問う。
「心が読めるってどんな感じ?」
「不快さにつながることが多いかな」
琥珀は大きく腕を振りながら、雪道を歩く。子どもらしい無邪気さに思える。だが通説では、南極都市における外見年齢はアテにならない。
機械の体が、そのまま実存する物なのか、電子的なデータに過ぎないのか、あるいは誰かの夢なのか、依然として玉髄には分からない。だが、いずれにせよ本当の体とは呼べない。アイデンティティを担保するものではない。
「精神こそが自分である、と玉髄さんは感じるわけだ」
「……違うのかい?」
「俺の超能力は読心だけどさ、ネーミングは分かりやすさ重視なんだよ。俺が感じ取れるのは思考であって、本能的な、反射的な、無意識的なものじゃない」
脳内のひとりごとを感じるのが琥珀だ。
「思考は上澄みだと言えるかもね。だってさ、考えた通りに動くときって、あんまりないでしょう」
考えるだけ考えて、何もしない。そこに意味はあるのだろうか。考えた結果が、いずれ行動に影響を与えると、なぜ言い切れる。
心そのものは観察できない。
観察できないのは、人間が愚かだから?
あるいは、そもそも存在しないから?
「上澄みかぁ、なんか嫌になってくるね」
「裏を返せば、上澄みだけで多様性が表れるってことだから。やっぱ思考ってスゲー、みたいな感想でもいいと思うよ」
表面模様のバリエーションが豊富で、その差異が心であるとする。遺伝子について論ずるまでもない。究極的には人間であるという合致があり、表面的には見え方が違うという差異がある。
琥珀が積もった雪を蹴り上げる。雪の下もまた雪で、白いままだった。
「玉髄さんは、自分をどんな人間なんだと思う?」
「マリアにも聞かれたなぁ」
忘れた記憶があるはずだ。時代は21世紀で、場所はおそらく日本だろう。歴史の記憶、使える言語、価値観や文化……などから推測はできる。
自己に関する記憶はない。性別、年齢、家族、職業、住居、思い出、信念……何も思い出せない。
「あったんだろうな、と思うだけさ」
「一国一城の主だったかも」
「いやいや……」
「ありえる話だろう?」
「なら、もっとクレバーじゃないと」
玉髄は理解していた。
子どもを見捨てられない、という性質はあまりにも愚かだ。南極都市の子どもは、子どもじゃないかもしれない。だと言うのに「琥珀少年は脅されているのかもしれない」と考え、あまつさえ「なら彼に従おう」と行動した。
琥珀がいたずらっぽく笑う。
「ひとつだけアドバイス」
玉髄の耳元でささやく。
「マリアだけは冤罪だった」
玉髄が身にまとう「鎧」はすでに消えている。脳内では警告アナウンスが無数に響く。銃で狙われてる、銃で狙われている。だが死をもたらす銃には、警告なんてない。
死なないという自信は、少し前に消えた。
自分がいつ死ぬか分からない、というのは彼にとって人間的なことだった。
「どういう意味か、最期に聞いても?」
「……いずれ分かる」
死は遠い。
長く生きるからか、ずっと前に死んだからか。




