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三文芝居6

 雪道を同じく白い車が走る。

 白い車を走らせながら、玉髄(ぎょくずい)が言う。発話ではなく、思念通話で行うのはマリアや玉髄たちが隠してきたことを語るからだ。そして今後も秘密は秘密のままである。

〈マリアの他にも記憶保持者がいる〉

 たった一人の少女が主張するだけでは帰還計画に人材は集まらなかっただろう。複数人が同じことを情報共有する間もなく言ったのが最大の証明だった。

〈始まりの日に僕はマリアと出会った……そのときに聞いたんだよ、南極都市のシステムに関することを。周囲の状況なんて誰も知らなかっただろう。彼女の予言は――いや予告はすべて当たってた。それこそ銃の安全装置(セーフティ)がどうの、配給率(クレジット)がどうの、換気がどうのって具合にね〉

 瑠璃(るり)はずっと正面を見ている。会話をしているそぶりを見せれば、せっかくの警戒も無駄になることを理解している。玉髄の愛車が雪をものともせず進む中で、瑠璃の疑問も晴れていった。

〈だから信じたんですね〉

〈うん。もしかしたら予知能力者かもと思ったときもあった。でもまぁ、それならそれで上手く導いてくれそうだろう?〉

 マリアの予告が記憶や知識によるのものなのか、あるいは洞察力や超能力(サイキック)によるものなのか。玉髄はどちらでもいいと考えているのだ。自分が享受するものは変わらない。アイデンティティの埋め合わせ。高度かつ人間的な意思決定。新しい人間関係。どれも玉髄が心から欲するものであった。

〈今でも信じてるんですか、嘘つきなのに〉

〈多少の嘘は仕方ないだろう、彼女も被害者なんだし。それに信じてもらえないのは僕の落ち度でもある〉

〈どういう意味ですか〉

〈僕はね、帰還計画における武力制圧を担当してるんだ〉

 玉髄の超能力は戦いに適している。現在確認されている超能力の中でも戦闘向きだとされているのだ。工夫さえすれば南極都市の壊滅さえ可能だとされている。もっとも、そのようなことをすれば帰還計画も甚大なダメージを被るだろう。

〈マリアを僕は殺せる。同居していればチャンスは無数にある。危険な状況下で、彼女を見殺しにすることもできる。単純な生殺与奪において圧倒的に僕が有利だ〉

〈だから許すんですか? 彼女もあなたを殺せたんですよ〉

〈でも殺さなかったろう。だから、まぁいいかなって〉

 玉髄にすれば「お互いに殺せる状況」はむしろ正常だった。そうすることで相棒の不安が取り除かれるのであれば正しい環境であると考える。

〈不思議な価値観です〉

 そう言うと瑠璃は深く座り直した。

 玉髄は怒らせてしまったかと不安を覚える。帰還計画への勧誘を含んでの会話で、瑠璃の機嫌を損ねてしまうのは不味い。嘘をついてでも軌道修正を図るべきだ。

〈正しいとは思ってない〉

〈正しいってなんですか?〉

 そんな斜に構えた学生みたいなことを言われても、と玉髄は戸惑う。

〈子どもを助ける、とか〉

 ギリギリで疑問系にはならず、例示の口調になった。

 瑠璃は玉髄の気も知らずに質問を続ける。

〈マリアを助けるのも?〉

〈最初に会ったときさ、鉱石生物に襲われそうになってたんだよ。叫び声が聞こえたから何事かと思って行ったら彼女だった〉

〈戦闘プログラムどころか、銃もなかったんじゃ〉

〈その通り〉

 記憶も武器もなかったが、子どもの叫び声が聞こえたから助けに行った。そうして出会ったのがマリアだった。以後も玉髄がマリアを守るという関係はずっと続いている。

〈ヒーローみたいですね〉

〈そうかな〉

〈ええ、本当にヒーローみたいです。映画に出てくるような……〉

 瑠璃の表情は変わらない。同じ表情を選んで、固定している。儚げとも表現できるが、虚ろとも表現できる。ヒーローという言葉からポジティブな印象がないのはそのせいだ。どうにも皮肉のような意図を感じる。

〈映画は好きかな?〉

 玉髄はどうでもいい話をしようと思った。一足飛びに友人や同志にはなれない。せめて悪印象を持って欲しくないのだ。俗な部分を見せようと考えての話題であった。

〈はい、人並みには〉

〈最近、気に入ったものは?〉

〈……リンカーンが吸血鬼ハンターの話〉

 予想だにしなかった返答に、

(そんな無茶な)

 と思わずにはいられなかった。好奇心に押し巻けてあれこれと質問を続けてしまう。

〈公務はどうするんだい?〉

〈両立してます〉

〈銀の杭で戦うのかな〉

〈斧です〉

〈そりゃすごい、すごいことだね……気になってきた〉

 気になってきて()()()()というのが本音だが、それを言わない程度の分別が残っていた。なけなしの抑制である。

〈お気に入りのシーンは?〉

〈最初の方のシーンです。主人公がバーで飲んでいると――〉

 玉髄と瑠璃は、走行中ずっと喋っていた。

 ただの友人のように映画の話を。

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