テレパスデビュー5
不撓という男は南極都市においてカリスマ的存在である。
この作り物の世界に来た当初、人々は混乱していた。パーソナリティを証明する記憶はなく、ここがどこかも分からず、目の前には明らかに21世紀のテクノロジーではない機械があった。なによりも自分自身の体が機械化されていたことにショックを受けた。そういった人々は、この世界を仮想のもの、VRによる世界だと仮定した。全感覚をジャックし、仮想世界に閉じ込めたのだと。
それに反発する声もある。ここは現実世界であり、宇宙人が実験のために自分たちを攫ったとする意見、あるいは攫ったのは国だという意見もある。
だが結論が出るわけがない。
システムによるアナウンスは限定的で、状況理解の助けになる文言はあまりに少ない。
プレイヤーが頼れるのは隣人しかいなかった。だが、その隣人もまた一人のゲーム参加者あるいは実験参加者に過ぎないのだ。
人々はカリスマを求めた。
その一人は少女であった。銀色の髪に青紫色の眼を持つ。聖母のような慈愛、無垢な笑顔は救いだった。彼女の隠し持つ才能……深い思考力、知識を一部の者は知っている。
その一人はある女性であった。荒々しくも情に厚く、義を重んずる彼女は、はぐれ者たちをまとめ上げた。いずれ「組織」とだけ呼ばれる集団を率いて、裏の社会の秩序を築き上げた。
その一人はある男性であった。迷わずに決断を下す能力は、人々がもっとも求めていたものだった。彼は自信だけでなく、確かな根拠を持って指示を出す。
ゆえに不撓は「軍」と呼ばれる最大にして最重要の集団を指揮している。
その不撓と――マリアは今、思念通話で会話をしている。
〈私は報告を受けていないわ〉
〈常にあんたに連絡を入れる必要があるってぇのか? ずいぶん偉いんだな、賢者様〉
〈意図的にストレスを与えて超能力者にするなんて……そっちの賢者様の方がよっぽど偉そうだわ〉
蛍を含む二十人以上のプレイヤーの監禁は、軍が主導したものだった。超能力を得るきっかけは強いストレスである。電波暗室に一人きりで閉じ込められれば、相当なストレスにはなるだろう。事実、蛍は超能力に目覚めた。十分なストレスだったといえる。
もっとも倫理的な問題は残るが。
〈おいおい、あんたらの殺人はいいのか。相手が悪人とはいえ裁く権利があるのか〉
〈話をすり替えないで〉
〈帰還計画を早く進めたい。だから適格者を「待つ」のではなく「育てる」という方針だ。建設的なやり方だと思うが〉
〈超能力者が協力するとは限らない。信頼関係がなければ、あなたは「敵を育てた」ことになるのよ。まして誘拐、監禁という手法が忠誠心につながるとは思えないわ〉
〈圧力があればいい〉
マリアは不撓の言葉を図りかね、黙る。
不撓は続ける。まるで当然の考えであるかのようにだ。
〈玉髄がいれば無力化は容易なんだろ?〉
マリアは言う。
〈それは私の部下に押しつけるということかしら?〉
彼女は怒りを覚えていた。適格者たちには役割があり、玉髄のそれは武力そのものである。よって、その仕事には敵対者の無力化も含まれる。
〈俺たちは協力関係にあるはずだぜ〉
〈でも共同体ではないわ。私たちはあなたの指揮下にはないのよ、将軍〉
不撓は笑い、そして言う。
〈かしこまりましたとも、幼き聖母。育成計画は中止する。が、蛍は俺の指揮下に入れる〉
〈強気ね〉
〈ああ、だって俺たちが一番弱いからな。バランスを考えろ、お前は武力、あいつらは自由――じゃあ俺たちは? 俺たちはなんだ? 何の強みがあるってんだ〉
〈技術がある。あなたたちはそれを活かす人手も持っている〉
〈技術も人手も蹴散らせる。あんたらなら〉
〈でも……〉
〈ところで、告解はしたのか、賢者様〉
マリアは沈黙する。
それが答えだった。




