ネズミの王5
その工場では、ベルトコンベアーに乗せられた物を流れ作業で解体していく。
乗せられるのは、鉱石生物だったりプレイヤーだったりする。共通するのは生き物ではないということだ。もう死んでいるから。
黒ずくめの男は、流れ作業のスタート地点に立つ。右手に遠人を引きずっている。遠人はワイヤーで縛られていて身動きが取れない。工場内に明かりはなく、南極都市は今は夜で、疑似太陽も点灯していない。
遠人は思念通話で呼びかける。
〈マリア、彼を、玉髄を呼べ。襲われてるんだ〉
〈えーどうしましょう。今、ちょっと立て込んでて〉
〈そんなこと言ってる場合か!〉
〈きゃー〉
マリアを介して通信を聞いている黒ずくめの男――玉髄は遠人を哀れに思う。だが同情の余地はない。
〈いいから早く助けろ〉
〈ギャンブル中毒者にそんなに偉そうに言われても困るわ〉
マリアの声色が嘲るようなものに変わった。
遠人もまた怒りを含んだ声で応答する。
〈……賭け事の何が悪い〉
〈別に悪くないわよ? 悪いのはあなたの頭ですもの〉
〈……何だと〉
〈つまらないリアクションね〉
〈俺はこの工場を支配している〉
〈あーはいはい。人間関係が断絶している人たちを隔離して、厳しいルールを課して、ときおりアメを与えて反抗の意思を削ぎつつ行動を促進、でしょ〉
〈そうだ、これは学術的な知見に基づいた――〉
〈ギャンブルと同じね〉
遠人が沈黙する。
〈だってそうでしょう? あなたはメガラニカの黎明期に集団になじめなかった人たちの一人。そして工場の支配者になったらなったで、秘密を守るために誰とも親しくならない。趣味はギャンブルで、全体としては負けてるのに稀な勝利を喜ぶ〉
マリアは続ける。
〈ギャンブルはね、運営側が儲かるようにできてるの。そうじゃなかったらとっくに廃業してるわよね。あなたみたいな人から巻き上げるために、学術的な知見に基づいた経営戦略を実践してるの〉
〈違う〉
遠人はこらえきれずに言う。
〈俺はコントロールする側だ〉
〈錯覚よ、それ。……だいたい不法侵入者を見て「もしかしたら借金取りかも、命乞いしなきゃ」って思う時点で自分をコントロールしきれてないじゃない〉
〈俺はおまえらとは違う〉
〈そうね。私たちは戦うもの。あなたは箱の中で勘違いしちゃった、ただの鼠〉
〈俺は〉
〈もういいわ。分相応のサイズになりなさい〉
玉髄がベルトコンベアーに遠人を乗せる。そして壁にあるスイッチを押した。けたたましいベルの音が工場に響き渡る。
「ふざけるな、それは、それは」
遠人が必死にもがく。ワイヤーは適切に体を拘束していて、彼はほとんど動けない。身じろぎするのが精一杯だ。
「早いな」
玉髄が呟いた。
ベルが鳴って、十数秒で全作業員が揃っている。夜中でこれとは、日頃の勤務態度がうかがえる。
〈俺はここの支配者だ〉
わめく遠人にマリアが言う。
〈真のカリスマ事業主は、自分がいなくても回る組織を作るものよ。では、お手並み拝見といこうかしら〉
ベルトコンベアーが動き出す。
「嫌だ……」
遠人がまず最初の作業員の前に行く。
プレイヤーの――サイボーグの解体においては、まず外側の部分を引きはがすことになる。その後、中身に移っていくわけだ。
この工場では鉱石生物やプレイヤーの死骸を解体してきた。
ゆえに、麻酔を使うような工程はない。
作業は淡々と行われる。




